トークとーく/伊藤忠商事専務繊維カンパニープレジデント・岡藤正広氏
2006年08月18日 (金曜日)
ブランドビジネスの秘訣とは?
伊藤忠商事繊維カンパニーの抜群の収益力が、他社にまねのできない同社のブランドビジネスにあることは業界の“常識”だ。では、同社のブランドビジネスの強さの秘訣はどこにあるのか。その核心部分を「ブランドマーケティング」発想の生みの親、岡藤正広専務繊維カンパニープレジデントが語った。同時に同氏はブランドビジネスだけが繊維カンパニーの“専売特許”ではなく、国内の気概ある産地企業とともにあくまでも繊維ビジネスで世界を目指すことも強調した。
長続きするか」が第一
――欧州ブランドの再編も一段落したようですが、昨今のM&A(企業の合併・買収)市場をどうみていますか。
世界的に投資ファンドなどが余剰資金をファッションブランドや繊維企業に投資しようと目を向けています。こういう状況では商社が手を出すのは難しいといえるでしょう。1件当たりの投資金額が大きくなるため、慎重に吟味する必要があります。とくにわれわれはブランドや企業を投機の対象として見るのではなく、事業としてじっくり育てて長く続けていくことを基本にしていますから、なおさらです。
――誰もが知りたがっていると思いますが、伊藤忠のブランドビジネスの強さの秘密、成功の秘訣はどこにありますか。
ひと言で言えば、リーズナブルな価格で契約して、じっくり日本で育てること。伊藤忠にはブランドや企業買収の際に徹底している3つの原則があります。
(1)日本市場に限定し、日本で実績のあるブランド(2)リーズナブルな価格で契約できること(3)良いパートナーと役割分担を明確にする――の3つを基本的な条件として徹底的に吟味しています。
海外ブランドにはそのブランドが育まれた独自の文化的な背景があります。日本の商社がよく知らない他国の市場で展開しようとすれば無理が生じ、うまくいかないことが多い。最もよく知る日本市場で育てることが大切です。そのためには日本である程度実績を持っていることが不可欠です。海外で有名でも日本で知られていないようでは、マーケットに根付かせる時間と労力がかかりすぎます。
――リーズナブルな価格での契約は誰もが望むことですが、なかなか難しい。
伊藤忠のブランドビジネスは、投資ファンドのように短期での利益回収は考えず、長期的な収益事業として育てることに主眼をおいています。しかし、リーズナブルな価格で契約できなければ、基本的な部分で構想が狂います。社内でも「競り合って買うようなことはするな」と言い聞かせています。伊藤忠の場合、長い繊維ビジネスの歴史があり、優良な取引先も多い。そういう関係から「伊藤忠なら」ということで案件が進むこともあります。
3つめの良いパートナーと組み、役割分担を明確にすることも非常に重要なことです。海外ブランドが日本市場での新たな展開を考える場合、本体の業績が低迷していることがよくあります。力のある海外のパートナーと提携し、本体の業績向上を任せることで、その後の事業展開がスムーズに進みます。
――今後、ターゲットとして有力なのは、どのような分野の商品ですか。
ファッション衣料のブランドは毎年トレンドが変化し、その影響を受けます。また、デザイナーが変わることで商品の良しあしがガラリと変わるなど、商社組織として安定した収益という面からは非常にリスクが大きい。長続きすることを第一にボラティリティ(変動率)が低い、比較的安定した投資ということを考えるなら、今後は天候やトレンドに左右されにくい雑貨などが有力でしょう。市場での展開を考えれば、ブランドは商品力に左右される側面が大いにあるため、「クロムハーツ」のようなオンリーワンの商品力を持った収益力のある商品がターゲットになります。
気概ある産地企業と世界へ
――ブランドマーケティング部門以外の部門もM&Aを進めています。
社内では、ブランドマーケティング部門など一部の部門だけがM&Aに関係があるのではない、と言っています。極端に言えば原料や資材部門こそ、川下の視点に立ってブランドなど事業ビジネスを進めるべきです。20億~30億円レベルの案件から具体的に進めるように指示しています。初めは小さな扱いが徐々に大きなビジネスになり、自信がつきます。
こういう言い方をすると誤解する人もいて、すぐに「伊藤忠はブランドばかり力を入れる」と言われますが、それは違います。原料や素材のビジネスを新たな視点からより膨らませていくためにも、M&Aなど事業ビジネスでより川下に近づいていくことは不可欠です。あくまでも繊維に立脚し、さらにそれを発展させるためのものです。実際、われわれは国内産地のビジネスにも、これまでとは違うビジネスモデルで従来以上に力を入れています。
――具体的には。
最近の例では、北陸産地の企業が開発した特殊な編み技術に特殊糸を組み合わせて、レディースインナー分野のランジェリー、ファンデーション製品を開発しました。ベトナム縫製とのオペレーションで北米市場を開拓、米大手アパレルの世界的に有名なブランドへの採用が決まりました。初年度から小売価格で30億円規模のビジネスになります。すでにそこから新しいビジネスも生まれました。
伊藤忠がこれまでに培ってきた産地との深い関係があるからこそできることなのですが、日本の産地が持つ技術力やノウハウを見極めて引き出し、世界に発信することも、海外に拠点とルートを持つわれわれだからこそできる商社的なビジネスです。
独自の技術を持ち、世界に挑む気概を持って努力を続けている産地企業の期待に応えて、世界に向けた取り組みを進めていくことは、ブランドビジネスと並ぶ重要な柱として、今後も力を入れていくつもりです。
おかふじ・まさひろ
1974年東大・経済卒、伊藤忠商事入社。2002年ブランドマーケティング事業部長、同年執行役員、繊維カンパニープレジデント補佐。04年常務執行役員繊維カンパニープレジデント、同年常務。06年代表取締役専務に就任。
記者メモ
人間、裸で砂漠に放り出されるような極限状況に陥った場合、オアシスがどちらの方向にあるかを決める最終的な能力は“勘の力”だと言われる。岡藤さんは自身のブランド選びについて「どのブランドが長続きするかは、いろいろな要素を検討しながらも、最終的には勘で決めて、ほとんど間違ったことはなかった」と言う。「なんとなく分かるってことがあるだろう」と苦笑いする岡藤さんに、長い経験と数々の実績に裏打ちされた商社マンとしての凄みを感じた。