新植物繊維原料特集/新植物繊維 飛躍の時代へ

2006年05月29日 (月曜日)

 ふつう植物原料繊維といえば綿、麻を多くの人は想像する。また、一般人でも少し繊維に詳しい人ならレーヨンや「テンセル」(リヨセル)も木材パルプから作られた植物原料繊維だと知っているだろう。しかし、植物原料繊維はそれだけではない。沖縄の伝統工芸品にはイトバショウの繊維を用いた芭蕉布があり、さらに古いところではエジプトで発見された6000年前のミイラを包んでいたのはケナフ繊維の布だ。

 そんな植物原料繊維が注目を集めている。紡績各社は竹、バナナ、月桃などの繊維を商品化している。合繊メーカーもトウモロコシを原料としたポリ乳酸(PLA)繊維の開発と販売が加速している。そんな古くて新しい植物原料繊維の可能性を探る。

日本の紡績技術の象徴/環境問題も後押し

 有史以来、長い歴史を持つ天然植物繊維だが、その中でもとくに綿と麻が中心になったのは理由がある。適当な繊維長があり、紡績が容易だったからだ。

 新植物原料の多くは綿花のように初めから綿状になっていないためまず開繊する必要がある。そのうえ、繊維長が短いものが多く、それだけで紡績することはほとんどできない。多くの場合、綿との混紡となるのだが、それでも高い紡績技術や加工技術が必要になる。現在、それだけの紡績技術力を持っているのは日本だけ。つまり、新植物原料繊維は、「日本の紡績や加工技術の高さを発揮する場」(日清紡繊維事業本部商品開発センターの丹羽由樹所長)と言える。

 環境問題への関心の高まりも新植物繊維が注目される要因のひとつ。月桃、バナナ、サトウキビなど多くの新植物原料繊維は、本来は廃棄されてきたものをバイオマス原料として活用している。「・地球環境に優しい、人に優しい・そんな姿勢を各企業がアピールするマーケティング商材」(クラボウ繊維事業部繊維第一部門営業統括部マーケティンググループの内田淳主任部員)としての役割もある。

 一方、化石資源を原料とする合繊メーカーにとって環境問題はより深刻な意味を持つ。製造段階でのエネルギー消費量や二酸化炭素排出量の低減は、メーカーにとって避けては通れない課題であり、「石油に替わる繊維原料の開発は時代の趨勢となっている」(藤原久ユニチカテキスタイル開発部長兼山崎開発センター長)。

 トウモロコシのでんぷんを原料とするポリ乳酸(PLA)繊維が注目される理由がここにある。生分解性を持ち、製造段階でのエネルギー消費量が少なく、燃焼しても二酸化炭素の排出量が少ないなど、「カーボンニュートラル(大気中の二酸化炭素量に影響を与えない)」に最適の素材として期待は大きい。既存の合繊と比べ、「やや強度が劣るといった物性面や割高のコストといった課題も改善が進んでいる。既存の合成繊維に替わる基盤事業に育てる」(東レ、橋本和司取締役ファイバー部門長兼産業資材・機能資材事業部門長兼繊維リサイクル事業室長)と、取り組む合繊メーカーは開発と拡販に力を入れている

新植物原料時代は来るか?/市場環境から見る可能性

 消費者の環境問題への意識や健康志向の高まりなど、新植物繊維の市場が拡大する社会的条件は徐々に高まりつつある。では、現実の市場環境からはどう見ることができるだろうか。

 通常、新素材が開発されても消費者がまだ既存素材を求めているうちは新素材の拡大は難しい。新しい素材の需要が拡大するのは、消費者が既存の素材に飽き、より新奇なものや新しい物性を求めるときだ。それは、統計的には市場全体での消費量の推移に見ることができる。

 かつて日本の繊維市場では、1955年頃からナイロンやビニロン、ポリエステルといった合成繊維が爆発的に消費量を増やした。天然繊維織物でも画期的な後加工技術による新素材の消費が拡大した。そのとき、綿やレーヨンといった既存繊維は、その消費量が頭打ちの状態が長く続いている。つまり、既存繊維の消費量が飽和状態になっているとき、新素材の需要爆発の環境が整うといえる。

 では、現在の市場環境はどうだろうか。日本化学繊維協会の統計を見ると、過去15年間の日本国内での最終使用量(輸入も含む)は、綿も化学繊維も減少することはあっても増加することはなく、ほぼ横ばい。つまり、現在の繊維市場では既存繊維はすでに飽和状態にあることが分かる。新しい素材が伸びるのは、こういうときだ。

 もっとも、紡績と合繊では状況が少し異なるのも事実。紡績各社が取り組む新植物繊維の多くは、原料確保の面からも大量生産が難しい商材が多いため、爆発的な消費拡大は物理的に不可能だろう。しかし、これらの素材は日本国内でしか生産できないものがほとんどだ。つまり、絶対量は少なくとも、市場が拡大すれば、それはそのまま国内の工場稼動につながる。このメリットは、日本の紡績業にとって、限りなく大きいと紡績各社は口をそろえて言う。

 一方、合繊メーカーにとっては現在の市場環境は極めて大きな意味を持つ。なぜなら、かつて合繊メーカーがナイロンやポリエステルの爆発的拡大を経験したときと、似たような状況が生まれつつあるからだ。PLAのような新素材が、飛躍する条件は、確実に高まりつつあると言えよう。

“誰も賛成しない仕事”/素材開発の難しさに挑む

 現在の繊維市場の動向からは、新植物原料繊維などの新素材が飛躍する条件は確実に整いつつある。しかし、現実に爆発的な消費拡大が起こるのが、1年後なのか、5年後なのか、はたまた10年後なのかは分からない。なぜなら、既存素材の消費量が飽和状態にあることは、新素材躍進の必要条件ではあるけれども、絶対条件ではないからだ。ここに新素材開発の難しさがある。それでも、その難しさに挑まないことには、新しい可能性も生まれない。

 かつて、倉敷レイヨン(現クラレ)がビニロンの事業化に取り組んでいた頃、その成績ははかばかしくなかった。レーヨン部門があげた利益のほとんどをビニロン事業に投入するような事態が続き、社内のみならず世間の批判も厳しかった。これに対し、当時の大原總一郎社長は、「新しい仕事をするときは、10人のうち1人か2人が賛成するうちに始めるべきだ。7、8人も賛成すれば、もう手遅れになった仕事だ」と言って、不退転の決意を貫いた。やがてポバールの新重合法が開発される。その後、ビニロンはクラレの基幹事業となった。新素材開発とは、そういうものだろう。

 新植物繊維原料もまた発展途上の素材であり、その開発は・1人か2人が賛成する仕事・かもしれない。だが、その取り組みこそが、日本の繊維産業の未来を切り開く可能性は大きい。