トークとーく/伊藤忠商事副会長関西担当役員・加藤 誠氏

2006年05月19日 (金曜日)

 4月1日付で伊藤忠商事の副会長に就任した加藤誠氏。7月以降は2年ぶりに関西に常駐する予定だ。関西財界のリーダーの一人として関西の“にぎわい”を取り戻すために、中小企業の支援や地域の活性化のための地道な活動に積極的に取り組んでいきたいと言う。そのためには「企業の社会的責任が重要」と加藤副会長は強調。日本的経営の利点を見直し、会社、従業員、顧客そして社会全体に貢献できる企業経営のあり方を追求している。関西担当役員としての抱負を聞いた。

関西復権へ中小企業と共に企業の社会的責任が重要

――伊藤忠は関西が発祥の地。加藤さんも長年繊維に携わり、関西とは縁が深い。

 関西が発祥ということで伊藤忠に期待してくれるのはうれしい。わたしは中小企業のモノ作りがもともと好きで、3月にも大阪商工会議所会員の中小企業の人たちも交え中国青島でのジェトロ主催の「日中韓産業交流会」に参加し、山東省を中心に見て回りました。

 商社の場合、出張すると、どうしても特定の案件ありきになってしまうのですが、今回は例えば中国の環境ビジネスに焦点を絞って、測定機器や太陽エネルギー発電装置メーカーの工場を見学したり、省や市の当局者と会って現地の特色を聞くなど、今までとは違った百科事典的勉強ができ非常に有益でした。

 「財界活動」というと硬いイメージですが、今回のように中小企業の人たちと一緒になって取り組むのは勉強になりますし、皆さんも非常に熱心です。

――大阪商工会議所ではどのような取り組みを?

 大阪万博以降、大阪は勢いを落としてきたといわれています。そのにぎわいを取り戻すのが「大阪賑わい創出プラン」です。大阪の持つ強みと競争優位性と効果も考え、一つは新しいモノ作り、次が高齢化社会に向けたライフサイエンスなどの技術や産業、三つ目はツーリズム。これらをエンジン産業として関西を盛り上げようとしています。

 例えばモノ作りでは、国際競争力を備えた高付加価値のモノ作りを目指すとともに、東南アジアとのFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)を活用して、日本独自の先端技術を核に東南アジアで組み立てを行うなどの仕組みを作ることも働きかけています。

 観光振興に関しては、日本は安全だというイメージを大事にしないといけない。そこで繁華街で風俗店を排除するなど浄化運動や、ジュリアーニ前ニューヨーク市長が唱えた“割れ窓理論”を取り入れて、大商会員が塀やシャッターの落書きを消す運動を行っておられ、素晴らしいことだと思います。

 また、「ナイトカルチャー」の充実ということにも取り組んでいます。仕事が終わってからコンサートなどレイトショーに行くと、帰るのが11時を過ぎる。そこでホテルの深夜割引制度を作る。すでに大阪のほとんどのホテルでこの制度が実施されています。こういった地道な活動に非常に熱心に取り組んでおられる。

日本的経営の利点見直そう

――伊藤忠も中小企業育成のファンドを立ち上げていますね。

 現在、当社が中心になって立ち上げた「がんばれ日本!企業ファンド」や中小企業庁などが立ち上げた「AJI新規事業拡大ファンド」、さらに投資地域を限定した「がんばれ関西!ファンド」など地域に根ざしたパラレルファンドなどで中小企業を支援しています。大阪は中小企業中心の街であり、地域に貢献する企業活動を進めたい。

 それと、これは税制の問題もありますが、日本の企業はもっと寄付行為などで利益を社会還元するべきですね。なにしろ日本の財政赤字が約800兆円。借金を作ったのは政府だといっても、その政府を選んだのは国民自身です。ですから、民間企業もできることはしていかないといけない。

――最近、企業は誰のものかが話題になりました。

 企業は株主のものですが、やはり従業員や取引先、顧客がいてはじめて企業が成立します。ですから、株主がすべてというような米国的やり方はおかしい。例えば大きな設備投資をするためにはそれなりの内部留保は必要です。ところが資金が貯まった途端、株主がそれを全部持っていってしまっては、長期的な企業運営などできません。

 そもそも米国の企業経営に疑問を感じるところが少なからずあります。経営危機に陥りながら、経営者はばく大な報酬をもらっているケースもある。これでは企業全体のモチベーションも上がりません。やはり日本的経営の利点を見直さないといけない。伊藤忠でも社員全員がやる気とやり甲斐を感じる制度を常に模索しています。それが社員の情熱をかきたて、顧客からの信頼感につながります。

 最近、CSR(企業の社会的責任)といわれますが、社員一人ひとりへの思いやりや優しい心、企業として業界や地域への貢献を強く意識した日常の活動が大切だと思います。

――団塊世代が退職する「2007年問題」がにわかに注目を浴びています。

 退職金の総額が一説には年間17兆円とも言われており、消費面での影響は大きいでしょう。ただ、製造業などで匠の技術がうまく伝承されず企業の技術力が低下することは心配です。

 今後、人口は減少していくわけですから、経済成長という面では厳しい。やはり日本は低成長でも充実した社会作りを目指すべきです。また、人口が増えるのは社会に希望があるから。最近はそれがなくなってきているのかもしれません。ですから出生率を上げようと思えば、政府も希望のある住みやすい国作りといった根本的なことを考えるべきで、出産費用を無料化したところでそれは小手先の対応に過ぎません。

 小さな政府は間違っていませんが、単にタテ割りで予算を減らすだけではだめですね。どこを減らしてどこを増やすのか、大きな枠組みで考える必要があると思います。

かとう・まこと

 1964年伊藤忠商事入社。毛織物、合繊織物輸出畑を歩き、大阪とニューヨークを往復。89年織物貿易第一部長。95年4月アパレル第一部門長、7月取締役。常務、専務を経て2000年繊維カンパニープレジデント。01年副社長。04年社長補佐、営業分掌。05年4月国内支社・支店管掌兼務、10月関西担当役員兼務。06年4月から副会長関西担当役員。

記者メモ

 「格差社会」批判をよく耳にするようになった。つい最近も岩波書店の雑誌『世界』で伊藤忠の丹羽宇一郎会長が米国型の二極分化に警鐘を鳴らしている。ホリエモンに代表される株式至上主義者の破たんを経て、ようやく世の中の視線も社会全体を視野に入れる健全な企業家の見識に注目するようになった。企業の社会的責任を力説する加藤さんも、そんな経営者の一人だ。とくに地盤沈下が叫ばれる関西経済界にとって、今後の活動に期待が集まる。