大手紡績技術座談会「ITMA」パリに何が見えたのか
1999年07月16日 (金曜日)
【出席者】
日清紡 繊維営業本部商品開発部長 村岡和美氏
クラボウ 綿合繊事業部技術部長 野田和之氏
シキボウ 江南工場織布課長 須曽紀光氏
六月一日から十日間、四年に一度の国際繊維機械ショーの「「ITMA」」がパリで開催された。開催当初は地下鉄ストや降雨にたたられ客の出足は鈍りがちだったが、後半になるにつれ増え始め、締めてみれば二十二万人を突破した。まずまずの盛況ぶりだったが、日本人来場者のまばらさが気になる機械ショーとなった。紡績業界の三氏に「「ITMA」・パリ」の状況を語っていただいた。
--今回の「ITMA」は来場者が多く、その意味ではまずまずの展示会であったと思われます。全体を通してどのような感想を持たれましたか。
村岡 若干の期待を持って見に行ったが、全体的には九七年の「OTEMAS」とあまり変わっておらず見るべきものは意外にないとの感想だった。ただ一つだけ、コンデンス・スピンニングあるいはコンパクト・スピニングが興味深かった。これは毛羽の少ない糸を作る精紡機で、紡機展示場では唯一の出し物だった。
ただ、日本の紡績産業が疲弊化し世界に通じなくなっている中で、我々が欲しがっている設備と今回展示された機種との間に隔たりがあった。その隔たりが大き過ぎて、私には目新しい展示品は何もないのだけれど、あれが諸外国の繊維業界が必要とする設備で、世界ではあれがメジャーなのかなと感じた。それに対して我々の考え方はマイナーなのかも知れないいう感じを持った。
つまり、展示された機種は高速性を徹底的に追求したものだが、我々の場合はそれを求めていない。そのかい離が大きい。
野田 四十カ国千三百社以上の出展で二十二万人の来場というように、「「ITMA」」はまだまだ世界の繊維業界から人を集めることができる。日本の繊維産業にいる我々からすればまったく感覚が違うという感じを受けた。
前回の「ITMA」では多相エアジェット織機の「M8300」という革新的なものが出品されたが、今回に限ってはとくに革新的なものは見当たらなかった。カードの毎分百四十回転だとか、練条機の同千メートルといった繊維機械開発での回転競争や高生産性競争といったものはそこそこ行き尽くしている。今後の開発は、高品質をいかに維持して行くかとかメンテナンスをどう簡易にするかといった方向を志向している。
もう一つの動きは、世界的な傾向として機械メーカーが合併し、不得意分野を補完しようとする動きが活発化していることだ。全体としてこの二つの流れを実感した。
須曽 織布について述べたい。日本では紡績が疲弊しているのに対して、織布は右肩下がりの状況にさらに急ブレーキがかかったような段階にあるといった感じを持っている。アジアを中心に、世界的にもそういう傾向がある。
その意味であまり大した開発は見られないのではないかとの予想に反して、今回の「ITMA」では非常に多くの提案がなされていた。その中のいくつかは次世代機、つまり次世代のために今から開発を進めようといういわばプロトタイプが見られた。欧米の繊維機械メーカーを中心に、今後さらに進歩していくだろうとの印象を持った。
織布機械についても、業界の再編成によって将来の環境によりよく適合していこうという動きが多く見られ、展示会においても将来を見据えた提案がなされていた。
--スルザーのノーボピョーネ、バンデビーレのボーナス、ピカノールのビュネといった吸収合併や買収などの動きをどう捉えていますか。
野田 合併や買収によって新しいものを自社に取り入れようとする動きは、金銭で時間を買うという発想と同じと見られなくもない。開発のスピードを上げるためには、進んだ技術を保有している企業と一緒になった方がいい場合がある。合併などのくわしい事情はよく分からないが、理由は様々で、ほかの要因もありそうだ。
須曽 いわば自然界と同じで、環境に対応していくための布石で、こういうことを繰り返しながら結果的には適者が生存していくのだろうとの見ている。
--「OTEMAS」と「ITMA」を見比べて何か違いを感じましたか。
村岡 昔は、我々見る方も真面目で期間中毎日会場に通った。「ITMA」視察団そのものが本格的なもので、あの大きな規模の展示会でもくまなく見て回った。しかし最近のように駆け足で見て回るのでは、すべてを見てくることはとても無理だ。
「OTEMAS」と違うところは、実演せず展示しているだけの機械が多いことだ。動かせている機械も実演の時間が短か過ぎるので、見る方としてはあっちこっちと忙しくなる。
須曽 私は、織布機器に関しては「OTEMAS」とはまったく異なるという気がした。
それは、欧米メーカーの「ITMA」にかける意気込みの強さで、「OTEMAS」では感じられないものだった。
出展台数だけではなく内容が違う。例えばバンデビーレは絨毯製織機としてダブルレピア数台とトリプルレピア二台を出展していたが、それらが一斉に動き出すと圧巻だった。グランドのビームを最高四本乗せ、後部にパイルのクリールを嵌めてトリプルレピアで動かしていた。こうしたものは「OTEMAS」では見られない。
村岡 織布に関しては門外漢だからよく分からないが、織機に比べ紡績設備は見るべきものが少なかった。
欧米では、紡績は織布の大きな準備工程的発想でいかないという思想が根づいているのかも知れない。華やかなのは織機で、紡機は織布の準備として使いやすい、織布の能率が上がるような、そしてでき上がった織物の品質がよいなどという、そういう糸を供給する任務が重視されている。いい糸を作るためにどうすればよいかという観点で紡機開発が進められるわけだが、所詮は準備機であるという考え方があるのかも知れない。だから、ショーとなるとどうしても織機が表面に出ることになる。
須曽 確かに「ITMA」では織機は華やかです。
村岡 一方、日本では織機は糸で組織を作るものに過ぎず、むしろ糸作りの方に興味が行きがちです。これは日本の特殊性なのかも知れない。できた織物の風合いなどを非常に大切にする。日本には、モノ作りは糸からという思想が強い。
そういう観点からすると、「ITMA」の紡績設備コーナーはつまらないということになる。その辺が思想の違いの表れといえるかも知れない。
--紡績機械で今回、毛羽伏せの紡機やワインダー、単錘駆動の精紡機などが展示されていましたが。
村岡 いくつか取り上げるべきものはあった。例えば異物の除去だ。欧米ではコンタミネーション対策というのはかなり定着しており、我々も遅れてはいけないと感じた。
方向としては、混打綿機でドローイングの段階で除去する、あるいはカード一台一台でスライバーウォッチする装置が出展されていた。あれはカードでも除去できるし、練条機でも除去できる。そして最後のとどめはワインダーでと、どの工程でも異物除去ができ、用途によってあるいは幾つかの組み合せで装備し、使い分けられるようになっている。
精紡機はやはり毛羽伏せでリーターやスッセン、チンザーが同様の原理の設備を出していた。毛色の変ったところでは、村田機械のマッハなどワインダーだけで毛羽を伏せるタイプもあった。
十数年前にワインダーで結び目のない糸ができるようになり、すべてスプライサー糸に切り替えられた時のことを思い出す。すべてが毛羽のない糸になった時、我々はどの商品にその糸を当てはめて行けばよいのか、早急に用途開発をしておかなければならないのではないか。
出品機が世界に設備されてどの国でも毛羽のない糸が生産され始め、日本だけが立ち遅れるという懸念もある。
野田 混打綿はツールがあまり出品されていなかったので参考にならなかった。カードではツルッツラーとリーターが百四十回の高速機を出展していたが、百回そこそこは実機でも出せるようになっているようだ。
メンテナンスフリーとか高品質維持の面では、リーターがワイヤーの自動研磨装置を付けおり、今後のカードの一つの方向かなと思った。また、ツルッツラーがネップコントロール装置を定方向ローラーの下側にカメラを据え付けパソコンに繋いでカードの運転上に生じるネップの数を常にカウントし、ある程度工程が流れて行く中で品質を管理するといった提案をしていた。
日本ではカードマスターの存在が少なくなっているが、それに対応した装置も出ていた。カードのゲージを機械的に見ることができるし、エディターを差し込まなくともハンドルやモーターによってゲージ調整が自動的にできるのも一つの方向といえる。もしこれが実用性を増せば、ウェッブコントローラと合わせやすい武器になる。
毛羽というのが、偶然だろうが今回の「ITMA」のテーマの一つになっていたようだ。コンパクトスピニング、ワインダー、サイジングにしても毛羽を抑える方向が偶然テーマになっていた。
その中で精紡機の毛羽伏せ装置の三種類については、それぞれ長所と短所があるようだ。しかし、どれを採用するかは別として、今後は何らかの形で開発の状況を追跡・研究していかなければならないと思う。
須曽 織機では、各メーカーが付帯設備や制御装置を使って、玄人はだしの織物をとても快適に実演して見せていた。例えば、豊田自動織機はAJLで表裏の番手と組織が異なるツーフェースを十六枚枠の電子開口で実演していた。表裏の組織が違えば縮率も異なるが、それを電子開口の各綜絖枠で制御し、しかも八百回転で製織していた。
津田駒工業は八色のスウィングノズルを使って四幅取りの高級バスタオルを七百回転で織っていた。耳はエアタッカーで付けていた。
このほかではドルニエが四三〇センチ幅のAJLでジャカード織物を製織、これが最も見ごたえがあった。
印象的だったのは、AJL織機のメーカーが各産地が得意とする難易度の高い織物を様々な装置を採用することで製織できるようにしていたことだ。AJLがレピア織機やプロジェクタイルの領域に本格的に踏み込んで来ている。
レピアは逆に生産性を高めてきた。これまで五百回転くらいだったのが、各メーカーとも一九〇センチ幅で七百回転を実現している。バマテックスは一七〇センチ幅で八百三十回転を出していた。
また、ガイドレスの問題だが、ピカノールやバマテックスがガイドレスを出展しており、もうほとんどのメーカーがガイドレス仕様を採用したと見てよい。
開口装置関係では、ストーブリの「ユニバル100」やグロッセの「ユニシェット」など、ジャカードの次世代機種といえそうな新製品を出品していた。いずれもコンパクトで、従来のように天井を高くして糸を引っ張るという概念を超えたものである。今後の開発が楽しみだ。
革新織機の泣き所の一つである耳に関しては、ドルニエがレノ装置で電子制御の新タイプを出していた。プロトタイプで実用機ではないが、扱いやすそうで、これも将来が楽しみだ。
準備機では、プレウエットサイジングを欧米の五社が一斉に展示し話題になっていた。糊付けする直前に、八、九十度の湯通しをして絞り、それから糊付けに入る。これによって糸の内部にウエットコアができ、糊が糸の中心部まで浸透しない。そのため、糊剤の使用量を二〇~五〇%抑えることができる。
あるメーカーは、米国ではすでに実用化されているといっている。開発の方向性としてはとても面白く日本でも一度、試験してみる必要があると考えている。
--今後の技術開発について機械メーカーに望むことは。
野田 日本のメーカーはこれまで高品質、高生産、省エネなど個々のテーマに対し、個々に開発を行なってきた。しかし二〇〇一年に開かれる「OTEMAS」は、同時期にシンガポールで「ITMA」アジアが開かれるので、日本メーカーは否応なしに欧州メーカーとの対決を迫られることになる。
それを勘案すると、日本の繊維機械業界として例えば環境といった大きな開発コンセプトを持つべきではないかと思う。そのテーマに沿って、我々ユーザーも開発途上から取り組んで行くべきだろう。
須曽 環境というテーマに沿えば、プレウエットサイジングが準備機では一つの方向だが、織機でいえばスルザーの「M8300」多相エアジェット織機がいわゆる環境対応機だと思う。
まだ、平織りからツイルへ製織対象が広がった段階で汎用性はないが、生産性が高い割には騒音や振動が少ない上、四つのノズルから糸を飛ばすことで一本の緯糸に対する負荷を低減した糸に優しい製織ができる。
野田 日本の繊維産業が置かれている状況は多様化、多品種化、QRであり、これらへの対応は避けられない問題になっている。生産性の高い機械を使うことによって、コスト要因から手放した定番商品を取り返すこともあり得るだろう。全体的な側面で考えるべきだと思う。
村岡 日本の紡機メーカーは元気がない。ユーザーサイドである紡績業界もぱっとしないが、その我々にとっては地元の紡機メーカーが本当に頼りであり、元気になってもらいたい。主に開発を行なっているのは中小メーカーだが、かれらの開発力には限度がある。開発力を持っているのは体力のある大手メーカーである。ところが紡機メーカーの販売先は九九%が海外であり、プラントを売るという思想が先行しがちだ。
かれらとしても辛い立場だろうが、我々が生き残る上でのより所となるのは国内の機械メーカーなのでぜひとも頑張っていただきたい。
--どうもありがとうございました。