誕生物語~モノの裏に人あり(51)/クラレ「ソフィスタ」(上)
2002年08月26日 (月曜日)
「エグゼ」で痛恨の勇み足
「また『エグゼ』ですか」。「ソフィスタ」の記者発表を行った97年当時、こんなぼやきが記者から出てきたという。ミズノ「アイスタッチ」などで知られる「ソフィスタ」も、この当時は「営業としても迂闊(うかつ)には手を出せない素材だった」(クラレトレーディング山本恵一衣料カンパニー企画開発チームリーダー)。理由は「ソフィスタ」の前身「エグゼ」での「勇み足」にあった。
「エグゼ」の開発をスタートしたのは新合繊ブームの88年当時。そのころ同社は、脱ペットを開発テーマに、当時クラレが世界で唯一のプレーヤーだったポリマー、EVOH(エチレンビニルアルコール)を使用する「差別化ポリマーを使った差別化繊維」の開発を目指した。
開発段階で問題となったのは、ポリエステルチップとEVOHチップの融点の差。「エグゼ」はポリエステルをEVOHで包む芯鞘構造を持っていたが、紡糸の際、ポリエステルの融点である255~260℃ではEVOHはゲル化してしまうため、紡糸は困難を極めた。
が、「短時間であればゲル化を防ぐことができるため、両者を合体させる時間を極力短くできるよう紡糸設備を改良することで問題を解決した」(クラレ・クラベラ事業部原料部商品開発グループ秋庭英治リーダー)と言う。
「こんな色見たことない」。山本氏は「エグゼ」の試作品を見て驚嘆したという。
ポリエステルが反射率の高さからギラギラした色の印象があるのに対し、「エグゼ」はブラックフォーマルで最高級といわれる「濡れ羽色」を発現していた。濡れ羽色とは昔の電話器のような若干スモークのかかったような黒。反射率の低さから発現するものだ。
早速、92年春夏向け新商品として当時の婦人総合展で発表。だが独自ポリマーを使った世界初の素材にもかかわらず、当然一から創造すべき織り、染色整理など技術ノウハウを確立していなかった。
「社内があまりにも感動していた」と山本氏は当時を振り返る。当然であろう。新合繊ブームの開発競争の中、独自ポリマーからなる究極の差別化糸を創造したである。
だが「勇み足」のつけはすぐ来た。婦人向けにスムースのプリントワンピースを製品化したが「ハンドバッグを肩にかけると、その部分が白くなる」とのクレームが消費者から来たのだ。「鞘」であるEVOH部分がバッグの肩ひもによる摩擦で「剥離」した結果だった。「エグゼ」は直ちに婦人分野での展開を中止することを余儀なくされた。