特集 アジアの繊維産業(7)/タイ/開発型拠点に転換不可避
2025年03月19日 (水曜日)
ASEAN諸国の中でもタイは日本の繊維産業の海外拠点として中核的役割を占めてきた。しかし近年、中国品の流入や他のASEAN諸国との競争によって厳しい事業環境が続く。タイ国内の経済社会構造にも変化の兆しが見え始めた。このため日系繊維企業にとっても、これまで以上に生産品種を高度化し、ASEAN地域における“開発型”拠点へと転換することが不可避となる。
〈経済社会構造も変化か〉
タイ国家経済社会開発委員会によるとタイの2024年実質GDP成長率は2・5%だった。生産項目別に見るとサービス業が3・9%増とけん引する一方、製造業は0・5%減とマイナス成長だった。
製造業の不振を典型的に表しているのが自動車生産台数だ。タイ工業連盟のまとめによると、24年の自動車生産台数は前年比19・9%減の146万8997台にとどまった。金利上昇によるローン審査厳格化で販売台数が伸び悩んでいることが要因だ。また、タイ中央銀行は自動車産業が少子高齢化による国内市場の飽和、配車サービスやレンタカーの利用を好む若者の消費行動変容など経済社会構造の変化に直面しているとも指摘する。
タイ中央銀行は、現在3・5%前後あるとされるタイの潜在成長率が23年から28年にかけて3%程度にまで低下するとも指摘する。精密機器、繊維、石油化学、鉄鋼など製造業が海外との競合激化で競争力が低下するという構造的問題に直面しているとする。
タイの製造業も構造改革が避けられない。このため日系繊維企業もタイの経済社会構造の変化に合わせて生産品種や事業構造を高度化することが不可避になった。そのための設備投資も積極的に実施し、タイを“開発型”拠点へと転換することが求められる。
〈高度化へ投資も加速〉
流入が続く中国品との競争激化もあって、日系繊維企業の間では衣料用途を中心にタイでの汎用(はんよう)品生産は難しいとの認識が一段と強まった。このため各社とも高付加価値品へのシフトを加速させている。そのための設備投資も進む。
東レは、合繊長繊維製造のタイ・トーレ・シンセティクス(TTS)で新たに複合紡糸設備を導入し、既にテスト稼働もスタートした。紡織加工のトーレ・テキスタイルズ〈タイランド〉(TTT)とも連携しながら、高付加価値糸・生地の開発を強化する。両社は産業資材分野でも品質・生産管理のデジタル化などデジタル技術で企業を変革するDX投資を進めており、エアバッグ原糸・基布の競争力を高めてきた。
帝人フロンティアも合繊糸・わた製造のテイジン・ポリエステル〈タイランド〉(TPL)で定番のSDYやPOYの自販が縮小する一方、再生ポリエステルチップ製造設備を導入するなど環境配慮型素材へのシフトを強める。ショートカットファイバーの生産能力増強も進める。
織布・染色加工のタイ・ナムシリ・インターテックスも環境配慮型素材や快適素材(高通気、ストレッチ、イージーケア)の開発・供給工場としての立ち位置を強める。
クラボウグループのタイ・クラボウも高付加価値品生産を拡大しており、タイと周辺国の富裕層向けビジネスの構築に取り組む。染色加工のタイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)も機能加工のバリエーションを拡充し、商品力の強化に取り組む。設備更新や省エネ投資も積極的に実施し、競争力の強化に取り組む。
〈サプライチェーン最適化〉
タイの日系繊維企業にとって好材料となり得るのが、衣料と産資ともにサプライチェーンの再編・最適化の動きが強まっていることだろう。特に衣料分野は米トランプ政権が中国に対して関税引き上げなど封じ込め政策を進めていることから、アパレルの間で“脱・中国”の動きが強まる。これに対してタイを含むASEAN諸国でどれだけ代替需要を取り込むかが大きなテーマとなる。コスト競争力でタイはベトナムやインドネシアに劣後するだけに、やはり高付加価値素材の開発・供給拠点となることでしか活路は見いだせないというのが関係者の共通した見方だ。
産業資材も自動車関連はタイ内需だけでなく欧米への輸出拠点としての役割があり、その重要性が一段と高まる。例えばタイ蝶理はカーシート原糸・生地のメキシコへの輸出に力を入れる。また、注目が高まるインド市場への橋頭堡(きょとうほ)としてもタイの存在価値は大きい。東レはエアバッグ基布やブレーキホースなどゴム資材でタイからインド市場への参入を進めている。
〈資材分野の拡大に活路/衣料用途は中東向け軸に/タイ蝶理〉
タイ蝶理は、資材分野の拡大に力を入れ、繊維市況が低迷するタイ国内での活路を見いだす戦略だ。衣料用途も中東民族衣装用織物・製品に特化することで業容の維持・拡大を目指す。
2024年度(12月期)は総じて苦戦した。原料販売事業は衛材など資材分野が堅調だったが、カーシート原糸・生地など自動車分野に勢いがない。メキシコへの輸出などは好調だが、タイ国内での自動車生産台数の伸び悩みが影響した。衣料分野も流入が続く中国品との競争激化で単価下落が起こっている。
テキスタイル事業は上半期こそ好調に推移したが、下半期に失速。主力の中東民族衣装用織物が、中東地域の政情悪化の影響を受けている。
25年度も楽観していない。特にタイ国内の衣料用途は劇的な回復は見込めないとする。このため原料販売事業は資材用途の拡大に活路を見いだす戦略。カーシート原糸・生地のタイ国内の市況回復を待ちながらメキシコなど北米への輸出拡大に取り組む。さらに不織布など他のアイテムの提案と拡販を進め、グループ会社であるSTXとも資材分野での連携を強める。
テキスタイル事業は中東民族衣装用織物・製品への特化を進める。こうした取り組みで25年度は24年度を上回る売上高・営業利益を計画する。