寄稿/PFAS規制の最新動向/一般財団法人ボーケン品質評価機構 大阪認証・分析センター 木村英司・中西梓・松田麻理
2025年02月28日 (金曜日)
1.はじめに
現代において、化学物質は私たちの生活や製造現場に欠かせない存在であるが、その一部は人体にとっての有害性や危険性、環境下における難分解性といった性質を持つことから規制の対象となっている。一説によると、世界中には1億種類を超える数の化学物質が存在すると言われている。繊維産業においても、さまざまな製造プロセスで化学物質は使用されており、実際に欧州の繊維産業では、年間約930万トンもの化学物質が使用されており、この数は世界中で生産された化学物質の1/4に相当するといったデータもある。PFASといったフッ素化合物も、繊維産業で使用される化学物質の代表的な一種である。安定かつ比較的安価であり、その有用な特性から、半導体や泡消火剤、繊維産業であれば生地または皮革における撥水(はっすい)、撥油、防汚加工といった加工剤として古くから使用されてきた。だが近年、一部の物質において環境への高蓄積性や人体への有害性が指摘され、世界中で使用を制限する動きが加速している。これら化学物質の規制は、世界各国で対象物質や規制値など、規制内容がそれぞれ異なる点に留意する必要がある。
2.各国における化学物質の法規制
化学物質の法規制を考える上で、規制の流れを理解する必要がある。PFASといった環境中での残留性や生物蓄積性があり、また人体や生物への毒性が高く、長距離移動性が懸念される化学物質においては、国際条約であるPOPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)で規制が審議され、その後日本など条約を締結している加盟国では、対象となる物質について、国内法令などで規制される。国内での化学物質の取り扱いに関する法規制は化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)が該当し、EUではREACH、米国ではTSCAといった米国連邦法に加えて州ごとに独自の州法が存在する。
3.各国におけるPFAS規制
健康や環境への影響が指摘され、使用規制が進んでいることから、関心が高まっている「PFAS」。「PFAS」は「有機フッ素化合物」に属する物質で、「Per-andPolyfluoroalkylSubstances」の略である。PFASの共通定義は、「炭素原子とフッ素原子が結合した構造を有する有機フッ素化合物」だが、細かな定義が世界各国で異なるため、PFASとして定義される物質の種類や数は地域ごとに異なる。たとえばEUでは、OECDの定義である「少なくとも一つの完全フッ素化メチル(CF3)またはメチレン(CF2)炭素原子を含むフッ素化メチル(CF3)またはメチレン(CF2)炭素原子(H/Cl/Br/Iが結合していない)を少なくとも一つ含む物質」と定義している。PFASに含まれる個々の物質は性質にそれぞれ違いがあり、現在確認されている健康上への懸念についても全てのPFASに当てはまるわけではない点に留意する必要がある。
4.日本のPFAS規制
国内の化学物質に関する規制としては、化審法が該当する。POPs条約での追加を受け、現在わが国では化審法の第一種特定化学物質にてPFASに関する規制が行われている。2010年4月1日に「PFOS及びその塩」が追加となり、21年10月22日には「PFOA及びその塩」、また23年12月1日には「PFHxS若しくはその異性体又はこれらの塩」の規制が始まった。化審法は本来、国内で化学物質を使用する際の使用や管理を行うための法律であるが、PFASの対象物質に関しては「輸入禁止対象製品」の区分が設けられており、この区分に該当する製品は、対象のPFASが含有している場合、国内への輸入が認められていない。物質よっては、この輸入禁止対象製品に特定の繊維製品も含まれているため、繊維製品を海外で製造し国内に輸入する場合は、輸入者に対してPFAS含有の確認が求められる。24年7月5日には化審法の施行令の一部を改正する政令が閣議決定され、これにより、現行の化審法での規制範囲である「PFOA(ペルフルオロオクタン酸)又はその塩」の区分が拡張され、「PFOAの分枝異性体又はその塩」、「PFOA関連物質」を第一種特定化学物質に変更された。併せて、「輸入禁止対象製品」の区分が新たに設けられ、例外的に使用が認められる用途への指定や取扱い等に係る技術上の基準を設ける製品の指定についても導入されている。今後国内でもPFASの規制は改定や範囲が拡大していく可能性がある為注意が必要である。
5.EUのPFAS規制
EUではREACHにおいてPFASが規制されている。REACHは『Registration,Evaluation,AuthorisationandRestrictionofChemicals』の略で、07年6月1日からスタートした欧州の化学物質管理における法規制である。EU域内で製造・使用される化学物質はRegistration(登録)、Evaluation(評価)、Authorisation(認可)、Restriction(制限)の義務が課される。REACHは化学物質をSVHC、認可対象物質、制限対象物質の三つのグループに分けて規制している。SVHCとは、高懸念物質(substancesofveryhighconcern)のことで、REACHの附属書ⅩⅣに収載される認可対象物質の候補になる物質を指す。また、物質の難分解性・移動性・毒性に基づき、環境(飲料水を含む)を通して暴露された場合、人の健康や野生生物に脅威をもたらすと考えられる物質がSVHCとして指定される。指定されているPFASは、発がん性物質、変異原性物質、生殖毒性物質(CMRs)および難分解性、生物蓄積性、毒性/超難分解性、超生物蓄積性(PBTs/vPvBs)の化学物質と同等の懸念があると特定されている。認可対象物質は認可を受けないと上市できない物質、制限対象物質は個々の制限条件に合致しない場合には製造・上市・使用ができない物質である。
PFOA、PFHxSなどのPFASがREACHの高懸念物質(SVHC)候補リストに掲載されている。PFCAsとその塩および関連物質は、ドイツおよびスウェーデン当局の提案に基づく欧州委員会の決定を受け、2023年2月より制限対象物質の対象となっている。また、PFHxAとその塩および関連物質は、2026年4月から制限対象物質の対象となる。
6.EUにおけるPFASグループとしての規制
EU諸国、ECHA、欧州委員会の非公式団体は、14年以降、ECHAの登録データベースに含まれるPFASのデータをスクリーニングし、グループベースの規制作業を調整している。物質ごとに規制するよりも効率的なアプローチであるにもかかわらず、PFASの数が非常に多いため、緊急性の高いPFASグループしかカバーできていない。ECHAのデータベースには、EU市場で流通している数千種類のPFASの情報が含まれており、これらはさまざまなサブグループに属している。サブグループごとにリスクを評価し、必要に応じて管理するには、かなりの時間が必要である。
したがってECHAは、規制評価とリスク管理に対する全体的なグループアプローチを検討する必要があると考えている。EUの持続可能性のための化学物質戦略は、PFAS政策を最重要課題として位置付けている。欧州委員会は、全てのPFASを段階的に廃止し、社会に不可欠なものであることが証明された場合にのみ、使用を許可するとしている。
23年2月にECHAがPFASの製造、使用、上市(輸入を含む)を禁止する提案(REACH AnnexXV制限報告書)を公表した(表3)。製造、使用、上市は、適用除外が適用されない限り、発効後18カ月から制限されることが提案されている。各国産業界等から6000件近いパブリックコメントが寄せられるなど、フッ素化学物質の生産・使用のあり方の再考が進められている。現時点では、PFASの物質の同定は構造的基準のみに基づいており、物質リストやCAS番号への言及はなく、対象となる製品の範囲がどのようなものかについても、十分に明確ではない。
24年11月20日、欧州化学物質庁(ECHA)とデンマーク、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの当局は、欧州におけるPFASの規制プロセスの進捗状況を発表した。ECHAのリスク評価(RAC)および社会経済分析(SEAC)は、協議中に第三者から寄せられた5600件を超えるコメントを引き続き検討している。この協議の意見により、最初の提案では特に名前が挙げられていなかった用途の特定が進んでおり、当初予想していなかった用途分野があった。例えば、シーリング用途、テクニカルテキスタイル、印刷用途、医薬品の包装や賦形剤などの医療用途などがある。また、全面禁止や期限付き免除を伴う禁止以外の代替オプションも検討されている。代替オプションには、例えば、禁止ではなく、PFASの製造、上市、使用の継続を認める条件が含まれる可能性がある。
この検討は、禁止すると社会経済的影響をもたらす可能性があることを示す証拠がある用途や分野に特に関連する。これらの代替オプションは、バッテリー、燃料電池や電解槽といった用途について検討されているが、これらに限定されるものではない。まだ不明確な部分が多く、検討されている最中のため今後の動向を追っていく必要がある。
7.米国各州のPFAS規制
カリフォルニア州、ニューヨーク州およびコロラド州では、パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質(PFAS)を含む、繊維製品および衣料品の使用を25年1月1日から禁止する。また、メーン州においても26年から繊維製品に対する規制が始まる予定である。繊維製品や衣料品に含まれるPFASに対処する法律や規制を検討する州は増えているが、それが製品の禁止であれ、報告や情報開示の義務であれ、カリフォルニア州とニューヨーク州の市場規模は、この種の製品に関する市場戦略に影響を与える可能性が高いと言える。少なくとも、繊維製品や衣料品を製造、流通、販売する企業は、多種多様な禁止事項や要求事項の増加を注意深く監視することが必要となる。
①カリフォルニア州
カリフォルニア州議会法案(AB)No.1817は、25年1月1日から、州内で規制対象PFASを含む新規の繊維製品の製造、流通、販売を禁止している。繊維製品は、天然、人工または合成繊維、糸、またはそれらの織物から全部または一部が製造され、一般消費用や業務用で通常使用される繊維製品として広義に定義されている。代表例は以下の通りである。
衣料品(一般衣料、フォーマル衣料、水着、スポーツユニフォーム、アウトドア衣料を含む)、アクセサリー、ハンドバッグ、バックパック、カーテン、シャワーカーテン、家具および椅子張り生地、寝具、タオル、テーブルクロスなど。
「規制対象PFAS」は、製造者が機能的又は技術的効果を狙って意図的に製品に添加したPFAS、または製品中に一定のレベルで存在するPFASとして、法律で定義されている。25年1月1日現在、この基準値は製品中のPFASが100ppm未満と設定されている。この基準値は、27年1月1日に50ppmに下がる予定である。繊維製造業者は、繊維製品から規制対象のPFASを除去する際、最も毒性の低い代替品を使用することが求められる。
カリフォルニア州のPFAS禁止措置の対象となる繊維製品のリストは広範囲にわたるが、以下のような、対象商品の定義から除外されるカテゴリーもある。
カーペットと敷物および繊維処理剤(これらは別の法律でPFASの使用を規制されている)、自動車、船舶、航空機、工業用フィルター製品、実験室での分析・試験に使用される繊維製品、建築用布構造物、米軍のみが使用する衣料品、個人用保護具など。
ただし、25年1月1日以降、PFASを含む過酷な湿潤環境用のアウトドア衣料品には、「PFAS化学物質を使用しています」と記載された、読みやすく見分けやすい情報開示ラベルを添付しなければならない。
また、25年1月1日以降、製造業者は、州内の流通業者または販売業者に対し、繊維製品に規制対象PFASが含まれていないことを示す適合証明書を提供することも義務付けられる。販売業者や小売業者は、この適合証明書を誠実に信頼した場合、当該製品にPFASが含まれていたとしても、法律違反とはみなされない。
カリフォルニア州有害物質管理局(DTSC)は、同州のPFAS含有繊維禁止の解釈と施行を担当する主管機関である。このプログラムに関連し、DTSCは29年1月1日までに、試験所で認められている試験方法のリストと適切な第三者認定を公表し、29年7月1日までに製造業者の登録と報告義務を開始することが義務付けられている。DTSCは30年7月1日から、違反通知と、最初の違反には1万㌦を下回らない民事罰、継続的な違反には毎日課される罰則を含む、強制執行を開始することができる。
②ニューヨーク州
25年1月1日より、ニューヨーク法案S1322/A994は、意図的に添加されたPFASを含む衣料品の州内での販売を禁止する。
この法律で定義される「衣料品」には、下着、シャツ、パンツ、スカート、ドレス、オーバーオール、スーツ、スカーフ、トップス、レギンス、レジャーウエア、フォーマルウエア、アウトドアウエアなどのフォーマルウエアや普段着が含まれる。この規制は、28年1月1日までは過酷な湿潤環境用アウトドアウエアには適用されず、個人用保護具のような職業用ユニフォームは完全に除外される。この法律はまた、ニューヨーク州環境保全局に対し、27年1月1日までに、衣料品に含まれるPFASについて、PFASが意図的に添加されたものであるか、意図せずに添加されたものであるかにかかわらず、強制力のある基準値を設定するよう求めている。
この法律に違反した場合、違反が1日続くごとに最高1000㌦、2回目の違反には最高2500㌦の民事罰が課される。ニューヨーク州法には、製造者側に適合証明書を提供する確約義務は含まれていないが、それでも製造者は、流通業者や販売業者に製品の適合証明書の提供を求められ得る。
③コロラド州
25年1月1日より、コロラド州は、意図的に添加されたPFASを含む繊維製品、衣料品の販売、流通を禁止する(HB22-1345)。この制限は27年1月1日に廃止され、その時点で、意図的に添加されたPFASを含んでいる、過酷な湿潤環境用アウトドア用衣料品、および家庭用・業務用繊維製品(アクセサリー、衣料品、バックパック、ハンドバッグを含む)は全て禁止される。禁止対象は、機能的または技術的な影響を与えるために意図的にPFASを添加された製品に適用される。
④メーン州
メーン州法477において、23年1月1日より、PFASを意図的に添加しているカーペット、ラグおよび繊維用処理剤の製造・販売が禁止された。26年1月1日からは、PFASを意図的に添加している繊維製品についても、一部の例外(例えば過酷な湿潤環境用アウトドア用衣料品など)を除いて、製造・販売が禁止される。29年1月1日以降は、PFASを使用している過酷条件下用アウトドア衣料品については、「PFAS使用」と表示しなければならず、32年1月1日以降は、PFASを意図的に添加した全ての製品の製造・販売が禁止される。
このように米国の州レベルでPFASの規制は、確実に進められている。ただ、PFASの定義や基準値、分析方法が明確に定まっていないという点に留意する必要がある。基本的には、欧州のPFAS規制が最も先進的で厳格な条件(基準)であるため、基準値や分析条件・方法も欧州のそれに合わせておけば、米国の各州の多様な法的要求事項はクリアできると思われる。PFAS含有製品の表示は米国特有であり、州によって異なるため、該当する州法を定期的にモニタリングしておく必要がある。
8.さいごに
利便性も高く汎用的に使用されてきたPFASだが、将来的には世界的にもフッ素フリーの方向へ進んでいくことが推測できる。繊維産業においては、一部の企業では、数年前から国内でもPFASに関する自主規制やPFAS不使用を導入しているケースも存在するが、対してPFAS不使用まで踏み込めていない企業も存在し、その二極化が顕著となっている。サステイナブルなモノ作りが推奨されるこの時代において、世界で生き残っていくためには今後の規制動向を注視し、適切な管理を行っていくことが生き残りの鍵となるかもしれない。
【参考文献】
・POPs条約 Overview
・REACHSVHC CandidateListofsubstancesofveryhighconcernforAuthorisation-ECHA
・REACHPFAS規制 Submittedrestrictionsunderconsideration-ECHA
・PFASについて Per-andpolyfluoroalkylsubstances(PFAS)-ECHA
・ECHA文書 ForumforExchangeofInformationonEnforcement Annex1
・ECHA文書 Progressupdateontheper-andpolyfluoroalkylsubstances(PFAS)restrictionprocess Progressdocument