未来を創る技術 Xiborg/スポーツ義足のランナーを/運動靴のような感覚で
2025年01月01日 (水曜日)
スポーツ義足を装着するランナーの普及・育成・強化――。そのプロジェクトに国内外で取り組んでいる企業がある。ソニーコンピュータサイエンス研究所の研究員、遠藤謙さんが2014年に立ち上げたXiborg(東京都江東区、サイボーグ)だ。炭素繊維メーカーなどの協力を得て製品を完成させた遠藤さん。「特別ではなく、運動靴を履く感覚で装着し、走れるようにしたい」と語る。
元陸上選手のオスカー・ピストリウスさん。両足が義足のピストリウスさんは2008年に世界で注目を集める。義足での北京五輪出場を訴え、スポーツ仲裁裁判所がこれを認めたからだ。参加標準記録に届かず北京での出場はかなわなかったが、12年のロンドン五輪で出場を果たす。
両足義足の陸上選手がオリンピックに出場するのは初めてであり、オリンピックとパラリンピックの双方に出場するのも初めてだった(北京パラリンピック、ロンドンパラリンピックに出場した)。オリンピックでのメダル獲得はならなかったが、障害者スポーツの印象を変える出来事の一つとなった。
遠藤さんもスポーツ義足に可能性を感じる。慶應義塾大学を卒業後に渡米し、米大学のラボで人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事した。ソニーコンピュータサイエンス研究所でも義足の研究を行っていたが、ピストリウスさんの五輪出場をきっかけにスポーツ義足に目を向け始めた。
その中で14年5月に立ち上がったのが、スポーツ義足の開発・販売などを事業とするXiborgだった。一緒に取り組める協力者を探す中、元陸上選手で、400メートルハードル日本記録保持者の為末大さんと知り合い、共同で起業する。為末さんは現在も同社の役員を務めている。
目指したのは、スポーツ義足(ブレード)技術・義肢製作技術・コーチングスキルを生かして、陸上100メートル走の世界記録よりも速く走れる世界最速の義足ランナーを生み出すこと(ブレード・フォー・ザ・ワン)。そして義足でもスポーツを気軽に楽しめる社会をつくること(ブレード・フォー・オール)も目標に掲げた。
〈企業、人との出会い〉
ただ、最初からうまくいくはずはなく、モノ作りでつまずいた。耐久性などが課題だった。転換点は、ソニーコンピュータサイエンス研究所の所長から東レの役員の紹介を受けたこと。あるイベントに来場していた同社の社長(当時)にプレゼンテーションも行い、全面的な協力が得られることなった。
炭素繊維や炭素繊維複合材料に関する知識が全くないと指摘され、東レからレクチャーを受ける。繊維の方向によって強度が異なる異方性を持っていることなどを知ったほか、成形法も学んだ。「材料の提供もあって義足が壊れるという問題が解決できた」と遠藤さんは振り返る。
第1号が完成したのは16年で、4月に販売が始まる。この製品を装着してリオデジャネイロパラリンピックに出場したのが陸上の佐藤圭太選手で、4×100メートルリレー(T42―47)で銅メダルを獲得する。佐藤選手の活躍は多くのパラアスリートの目に止まり、Xiborgへの問い合わせも増える。
スポーツ義足の世界では、ドイツとアイスランドに本社を構える企業が2大メーカーと呼ばれている。この2社と比べてXiborgには販売拡大のための人員が足りなかった。製品は選手と一緒になって製作・販売するが、「利益確保はスポンサービジネスをメインとすることにした」と言う。
いつしかスポーツ義足はさまざまなタイプが開発され、自分の走りに合わせた義足を使えるようになっていた。ブレード・フォー・ザ・ワンには継続して力を入れるが、アスリート向けで培った技術を一般にも応用して、スポーツ義足の“民主化”を目指すブレード・フォー・オールの取り組みも深めていく。
〈ビジネスのイノベーションを〉
アスリートではない義足使用者が、カーボン製のスポーツ義足を装着して日常的に運動を楽しむケースはまだまだ少ない。特に経済的に貧しい国では、障害のある人がスポーツを楽しむことすら困難と言える。理由はカーボン製のブレードを使った義足が高額であること、義肢装具士の技術が不足していることなどがある。
Xiborgは、障害があってもなくても当たり前のように走ることができる社会、「走りへの解放」をコンセプトとしたブレード・フォープロジェクトを国内外で取り組んできた。海外での活動では、19年のラオス訪問を皮切りに、ブータン、インド、フィリピン、ブラジルなどを訪ねた。
国によってスポーツ義足の普及はさまざまで、例えばラオスでは「ブレードのスポーツ義足で走る選手はおらず、義肢装具士もスポーツ義足を作った経験がなかった」と言う。現地で使用されている材料や加工機を使ってスポーツ義足が作れるよう指導し、その結果、スポーツ義足ランナー第1号が誕生した。
ブータンもラオスと同様にブレードを使う選手はゼロ。ただ義肢装具製作の施設は充実していたようだ。ブータンパラリンピック委員会と現地病院の義肢装具士にスポーツ義足製作のレクチャーを行い、同国で初めてのスポーツ義足ランナーが2人生まれた。
日本国内では月に1回ランニングクリニックを実施している。少しずつ浸透してきたが、認知度は十分とは言えない。「公園で義足の人が走っているとパラアスリートという目で見られる。運動靴と同じような感覚になることが理想。それにはやはり価格が大きな課題になる」と話す。
一般的なスポーツ義足の価格は数十万円。Xiborgでは10万円程度に抑えているが、それでも高いとする。公的補助が理想だが、現状ではスポーツ義足に保険は適用されない(日常用義足は保険適用)。「ビジネスのイノベーションで価格をさらに抑えることがこれからの課題」とした。