秋季総合特集Ⅲ(1)/座談会“産官学福”で繊維リサイクル TC―Net/社会ニーズに合った価値創造

2024年10月23日 (水曜日)

〈出席者〉

理事長 京都工芸繊維大学 名誉教授 木村 照夫 氏

副理事長 大津毛織 社長 臼谷 喜世彦 氏

副理事長 ファイバーシーディーエム 会長 泉谷 康成 氏

理事 泉大津みなと会 理事 川西 佳慶 氏

 近年、繊維産業における世界的な課題となっているのがリサイクルだ。大量生産・大量消費・大量廃棄を前提として発展してきた繊維産業だが、サステイナビリティーの確立が求められる中、回収から分別・異物除去も含めたリサイクルのシステム構築が不可欠になる。

 この課題に対して、企業、大学、行政、そして福祉団体の“産官学福”ネットワークで取り組むのが2022年に設立された一般社団法人、テキスタイルサーキュラーネットワーク(TC―Net)だ。大津毛織(大阪府泉大津市)、故繊維卸・輸出入と古着販売のファイバーシーディーエム(堺市)、日本通運、帝人フロンティア、上田安子服飾専門学校、障害者作業施設を運営する社会福祉法人泉大津みなと会(泉大津市)、協同組合関西ファッション連合(KanFA)、クリーニングのフランス屋本部(大阪府岸和田市)、ディスプレー用品企画・制作のエー・ディー(東京都中央区)が参画する。大学や自治体との連携にも力を入れるなど、その活動に注目が集まる。

 TC―Netの理事長、副理事長、理事を務める4氏が集まって、繊維リサイクルの社会実装に向けた現状と課題、“産官学福”連携の可能性などについて語り合った。

〈廃棄製品の出口がない〉

――TC―Netが設立された経緯は。

 臼谷喜世彦氏(以下敬称略) 近年、繊維リサイクルの必要性が叫ばれているわけですが、実際の仕組みは非常に脆弱(ぜいじゃく)です。現実にこれまでリサイクルが普及していたのは、ウールの反毛を紡毛糸に再利用するものと、綿などの反毛を紡績した糸を軍手などに利用するか故繊維(古着などを含む廃棄繊維製品)をウエス(工業用雑巾)などに利用するぐらいでした。繊維リサイクルは回収した廃棄繊維製品を人手で分別し、異物を除去しなければならず、非常にコストがかかるわけです。そのためウールのような高級素材でしか本格的には普及しませんでした。ところが近年、環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)への対応が不可欠となり、欧州では繊維製品の廃棄が規制・禁止されるようになっています。ところが廃棄繊維製品を回収しても、その出口がない。結局ほとんどが焼却処分されています。

 泉谷康成氏(同) 故繊維の用途は従来、ウエス、反毛、製紙原料が中心です。昔から古着として販売はされていましたが、ほとんど利益が出ませんでした。ところが50年ほど前から、中古衣料をアジアやアフリカの途上国に輸出する動きが拡大していきます。そのために国内での反毛生産・消費が減少していきました。その後、円高で輸出が難しくなるなど紆余(うよ)曲折がありますが、大きな流れは現在まで続いています。

 臼谷 結局、日本国内は人件費が高くなり、手作業による分別などが必要なリサイクルが難しくなったわけです。しかも円高によって海外から安い繊維製品が輸入されるようになり、ますます繊維リサイクルが忘れられたという歴史的経緯があります。そんな中、もう一度、繊維リサイクルを成立させるために長年にわたって繊維リサイクルを研究している木村先生に声を掛けTC―Netを立ち上げました。ポイントは選別工程にあると考え、泉谷さんにも参加をお願いしました。

 泉谷 当社は約10年前から海外にも古着の選別・輸出入の子会社を展開していますが、海外勢は早くからこの分野に進出しています。その動きに遅れないために5、6年前から方法を模索していたところでした。

 木村照夫氏(同) 元来、物不足・資金不足の時代なら繊維リサイクルは自然と成立します。日本もかつてそうだったわけですから。ところが現在は、そういう時代ではありません。そこで繊維リサイクルを成立させるためにはどうしたらいいのかを考えないといけません。

 臼谷 また、現在は社会福祉の世界で“ノーマライゼーション”を目指すことが主流となり、障害者や高齢者の雇用促進が求められています。実際に現在は人手不足の時代ですから、繊維リサイクルの分野でなんとか障害者の方のご協力が得られないかと考え、社会福祉法人を運営している川西さんにも参加していただいたわけです。

 川西佳慶氏(同) 就労継続支援B型施設(一般的な就労が難しい障害者などに就労の支援や場所を提供する施設)を運営していますが、加工料を引き上げて障害者の収入を高める方法をずっと考えてきました。従来は低価格の商品に係る作業が、しかも下請け、孫請けからの受注が主流だったからです。繊維リサイクルの場合、大手企業から直接に受注できるため、加工料も高水準になります。

〈障害者就労支援にも貢献〉

――設立から3年目に入りましたが、成果は。

 泉谷 順調に取り組みができているのではないでしょうか。環境配慮の取り組みが収益事業になりつつあります。やはりSDGsの登場がゲーム・チェンジャーです。例えば現在、H&M(へネス・アンド・マウリッツ)ジャパンの仕事を受注していますが、異物除去工程の一部などを川西さんの施設にお願いしています。もちろん、障害者が作業するからといって加工料は値切らせませんでした。適正な価格で受注しています。

 川西 繊維リサイクルの仕事をやるようになってから、施設の障害者の収入も確実に上がっています。現在、就労継続支援B型施設で働く障害者の収入は全国平均で月額約1万7千円ですが、当法人の施設では22年の平均収入が約2万5千円になっています。これは県別平均収入月額トップの徳島県に迫る数字です。23年は3万円を超える水準で推移しています。また、加工料アップ以外の効果もありました。H&Mジャパンの関係者が当施設を見学しました。こうした取り組みを発信してもらうことで、障害者の就労に向けた社会的な理解が深まることも期待できます。

 臼谷 当社も泉谷さんのところからリサイクル原料を調達し、紡毛紡績で活用しています。近年、複合素材の普及によって単一素材のリサイクル原料を確保することが非常に難しくなっていますから、やはり規模の大きい企業と組むことが重要でしょう。

 木村 自治体との連携も進みました。現在、東京都葛飾区、埼玉県和光市と提携を結び、区役所や市役所に繊維製品の回収ボックスを置いています。自治体が開催する環境関連イベントにも積極的に参加しました。そのほかの自治体とも現在、話し合いを進めています。また、立命館大学や関西大学などとキャンパス内に回収ボックスを置く取り組みを進めています。

〈インフラが決定的に不足〉

――一方で課題も浮き彫りになってきたのでは。

 泉谷 課題だらけですよ。やはり上水道があるなら下水道が必要なように、繊維の循環には回収、分別、再資源化の工程が不可欠ですが、そのためのインフラが決定的に不足しています。例えば、経済産業省が掲げる「繊維製品における資源循環ロードマップ」では、30年までに家庭から廃棄される衣料品の量を25%削減すると掲げています。現在、家庭からの廃棄衣料品は年間約50万㌧ですから、その25%なら約12万5千㌧になります。国内に廃棄される衣料品が年間約80万㌧あり、そのうちの30万㌧は何らかの形でリユース・リサイクル処理されているのですが、実態は60~70%が海外への輸出です。そこに新たに12万5千㌧を処理しようとすれば、国内のインフラが圧倒的に不足しています。結局は海外に丸投げするしかなくなるのですが、それではトレーサビリティーが確立できません。

 木村 やはり新しい出口をどうやって探していくかでしょうね。もっとはっきり言うと、そのためにきちんと資金を投じることが必要です。

 臼谷 リサイクルすれば、それだけコストが増えるという現実を世の中全体が受け入れる必要がありますね。また、リサイクル原料を使った商品でも、バージン原料を使った商品と同等の品質が求められるという問題もあります。はたしてそれが繊維リサイクルの普及において現実的なのか。もしかしたら過剰な品質要求になっているのではないかということも考えるべきでは。そして根本的な問題として、そもそも廃棄される繊維製品が多すぎること。作りすぎの問題です。

 木村 リサイクルに対する考え方を変えないといけませんね。これまでリサイクルと言えば消費者も「廃棄物を原料にしているのだから安いはず」と考えられがちでした。そうではなくて、リサイクルされた繊維製品は「少し割高だけれども、それを使うのが格好いい」というふうに変わっていかないといけないでしょう。それと、欧州などでは法規制が進められており、リサイクル原料の使用が義務付けられる方向にあります。極論としては、結局は法規制によって繊維リサイクルも本格的に普及するというのが現実でしょう。

 泉谷 大手企業がどのように考えるかでしょうね。これまでリサイクル関連企業に対して“仕事をやる”という感覚でした。ところが今後は“仕事をしてもらう”という考え方になるのでは。法規制によって処理が義務付けられれば、そうならざるを得ません。それと、TC―Netには日本通運さんが参加してます。サプライチェーンの動脈を担う物流企業が参加していることも大手企業からすれば注目なのではないでしょうか。

 木村 “リバース・サプライチェーン”を作ることの重要性を世の中に知らしめることが必要と言うことですね。

 川西 地域と連携することも必要でしょう。臼谷さんたちの提唱で泉大津商工会議所にノーマライゼーション推進委員会ができ、その委員長を拝命しています。地域と連携することで、老人福祉施設などと協力することができます。例えばリハビリを兼ねた軽作業としてリサイクルの工程を担っていただくといったことも可能でしょう。そうすれば障害者だけでなく高齢者も“生産力”として見てもらうことができます。

 臼谷 商工業にとっても、福祉分野は無視できない存在になっていますからね。

〈ネットワークで“新結合”〉

――今後、繊維リサイクルを社会実装するためには、繊維業界そして社会がどのように変わっていく必要があるのでしょうか。

  木村 価値観が変わる必要があります。“良いもの”とは何かということを問い直す必要があります。そうすることで世の中全体がリサイクルされた商品を“良いもの”と認識するようにならないといけないでしょう。そのためには教育の役割が重要になります。

  川西 いまのうちに福祉分野の“生産力”あるいは“付加価値力”を戦える水準にまで高めることが必要です。それが障害者の就労や自立につながるからです。それがないと、繊維リサイクルの分野でも生き残れません。その意味でSDGsが重視される現在の流れはプラスに作用しています。

 泉谷 マネージメントが大切でしょうね。環境配慮も経済原則が関係します。環境一本やりでは成り立たないのです。環境配慮と経済性、両者の間でうまくバランスを取りながら、少しずつ変えていくことが重要です。それと、“グリーンウオッシュ”を排除していくことも重要です。その点でマスメディアの役割は大きい。言葉は悪いですが、企業が発信する内容をそのまま流しているだけでは、場合によってはグリーンウオッシュに加担するケースも散見されますから。それと、リサイクルのサプライチェーンの中で発生する無駄なコストを削減していくことも重要でしょう。無駄なコスト負担がなくなれば、それだけで相当うまく回るはずです。

  臼谷 TC―Netの取り組みは、ある意味で現在求められている状況に対応していると言えます。社会のニーズに合致している。社会と自分の両方にとって良いことをやるという考え方が大切でしょう。社会のニーズに合っていなければ、それは付加価値とはなりません。そして、TC―Netは実際のプレーヤーが参加していることが強みです。異なる業種・立場の企業・団体・人がネットワークを作ることで、それこそ(経済学者の)シュンペーターが言ったように“新結合”によるイノベーションを起こし、新しい付加価値を創造できると思います。

――ありがとうございました。