秋季総合特集Ⅱ(5)/Topインタビュー/クラレ 取締役兼専務執行役員繊維カンパニー長 佐野 義正 氏/主力製品の市場守る/コスト意識した質のビジネスへ

2024年10月22日 (火曜日)

 クラレは、2026年度(26年12月期)を最終とする中期経営計画の中間点を迎えた。繊維カンパニーは、数量面で一定の水準に到達しているが、修繕費やユーティリティーコスト、物流費上昇などが重しになった。佐野義正取締役兼専務執行役員繊維カンパニー長は、中計後半に向けて「採算性確保のために引き続き適正価格での販売に力を入れる」と同時に、「ビニロンなどの主力製品の市場はしっかりと守っていく」と強調する。また、待っているだけでは成長できないとし、「カンパニー内のポートフォリオの変革にも取り組む」方針だ。

  ――この数年で何が変化しましたか。

 繊維業界は長年デフレが続いていました。初めてインフレを経験している業界人も存在すると思います。これまでは「耐え忍んでいればいずれは良くなる」という考えも通用していたかもしれませんが、それが変化しました。いろいろなモノの価格が上昇し、耐えているだけでは負担が増すばかりです。

 われわれにとって大きな負担が修繕費です。繊維は歴史が長い分、古い設備や古い建屋が残っています。修繕には一定の費用が要ります。当社は50年前から量は求めず、質の世界で生きてきました。ただこの20年間はコストを意識した質のビジネスができていません。これを強化・加速しないと生き残れません。

  ――SDGs(持続可能な開発目標)の考え方も浸透してきました。

 温室効果ガス排出の問題もあり、化学メーカーにとっては厳しい側面もあります。その一方で、これまでは糸にできなかったモノを糸にしてほしいというニーズが出てくるなど、環境に関連する新たな可能性も生まれています。

 SDGs時代の勝者になるための答えは分かっていません。当社は、独自で改造した設備を使いこなしながら製品を作っているのですが、これは今の時代に合っているのではないでしょうか。多様な技術を生かしながら、小回りを利かした取り組みがキーワードの一つと言え、チャンスもあると考えています。

  ――これから変化していくものは。

 世の中の流れに合わせてクラレも変わる必要があります。当社には長年の歴史と先人の経験のデータがあります。そこにデジタル技術で企業を変革するDXを取り入れてデータを解析し、さらにAI(人工知能)と現在の知恵を加えれば“とんがったモノ”が生まれます。そうした製品を世に出したいです。

 その上で今後目指していく領域ですが、中国政府が国を挙げて支援・伸長を図っている素材や用途での競争は難しいと言えます。クラレの繊維事業は、撤退する乾式不織布や汎用メルトブロー不織布(MB)のほか、ビニロンのFRC(繊維補強コンクリート)を除けば、中国企業との競合はほとんどなく、チャンスも多いと思います。

 ただ、修繕費やユーティリティーコストの上昇というマイナス影響からは逃れることはできません。その影響をクリアするためにも高付加価値化や高度化は不可欠です。それでも先々が厳しい事業やビジネスがあります。それが乾式不織布やMBで、撤退という苦渋の決断をしました。

 同じ事業の中でも伸長と縮小は分かれてしまいます。例えば、ビニロンでも伸びていく用途・分野や設備、そうではない用途・分野や設備があります。トータルでは維持しながらポートフォリオを変革することで強みを発揮し、事業を守っていきたいと思っています。

  ――伸びる可能性があるのは。

 MBは、ポリプロピレンが一般的ですが、当社はさまざまな樹脂をMB化できます。言い換えると、耐熱性や強度に優れた樹脂を使ったMBを産業資材用途で拡販を図ります。設備の新しいクラレクラフレックス岡山工場での生産を休止し、クラレ西条事業所に集約するのはそのためです。西条事業所には改造した独自の設備があります。

 ビニロンは、アスベスト代替が伸長しています。中国勢も進出していますが、クラレ品はまだまだ売れています。ただし、安心していては駄目で、差別化品の投入を含めてアジアやインドなどの市場で成長を図ります。難燃ビニロンでは「エコテックススタンダード100」の認証取得を目指しています。

  ――中期経営計画は24年6月が中間点でした。

 5カ年計画の2年半が経過しました。スタート当初は顧客の需要も旺盛だったのですが、その後は買い控えなどから需要が減退しました。新型コロナウイルス禍で海外顧客と商談ができなかったことの影響が昨年に顕在化しました。

 一方で液晶ポリマー繊維「ベクトラン」は安定した動きを見せました。低吸水、伸びにくいといった特徴が評価されて、北米中心に高い評価を獲得しています。それほど大きくはなくとも、幾つもの用途で実績が重なり、収益を支えてくれました。現在は生産増強を図っている段階で、25年度には生産能力が20%増える計画です。

  ――後半はどの辺りに重点を置きますか。

 前半は、数量的には一定の水準を確保しましたが、コストアップの影響を受けました。採算性を確保するため、後半は価格改定を顧客にお願いしていきます。また、SDGsの進展はビジネスチャンスであり、対応製品の開発に力を入れます。身の丈に合った投資を行いながら掲げた施策に沿って進んでいきます。

 ビニロンもクラリーノも海外比率が高く、長年にわたって評価されています。今後はアジアでも需要は拡大するとみています。汎用品に置き換わっていく製品もありますが、汎用品に置き換えることができない製品もあり、当社製品はまだまだ伸ばす余地はあると考えています。当社には製造特許のほか、用途特許、ポリマー特許もあり、さまざまなビジネスが描けるでしょう。

〈自身の変化を感じた時/ホームへ向かう階段で〉

 「脚力が落ちてきたと感じる」と佐野さん。以前は駅の階段を2段飛ばしで駆け上がっても平気だったが、「近頃は最後の方になると段飛ばしができない」のだとか。ジムに行く機会がなかなか作れず、自宅でのスクワットやEMS(電気的筋肉刺激)トレーニングで鍛えている。「メジャーなマラソン大会は無理でも、別のところであればまだ全速力できる」とした上で、「会社も同じこと。建屋や設備は年月を重ねてきたが、種目を選べばまだまだ走れる」と強調した。

【略歴】

 さの・よしまさ 1980年4月クラレ入社、2012年執行役員、16年取締役兼常務執行役員、18年機能材料カンパニー長、20年繊維カンパニー長、大阪事業所担当、20年取締役兼専務執行役員