秋季総合特集Ⅱ(1)/業界・社会を変える/特別扱いをしない世界/インクルーシブウエア参入の意義/着脱しやすいアパレルを/ZOZO

2024年10月22日 (火曜日)

 ファッション通販サイト「ゾゾタウン」を運営するZOZOは今夏、同社の生産支援プラットフォーム「メイドバイゾゾ」を活用し、インクルーシブ(包括的)ウエアの受注販売を始めた。服のお直しサービス「キヤスク」を展開するコワードローブ(千葉県習志野市)と協業。スタートは車椅子ユーザーの悩みに応える服を提案している。障害の有無や体形の違い、性別などに関係なく、誰もが便利に使える「インクルーシブデザイン」の考え方を取り入れた。担当者への取材では、障害者も楽しめるファッションに重点を置き、社会や「ファッション業界を変えたい」との考えもにじむ。

〈障害者の声に応えて〉

 プロジェクト名を「キヤスク with ZOZO」とした。担当するのはZOZOの生産プラットフォーム本部DX推進部生産管理ブロックの長田富男氏。インタビューの冒頭、「娘が8歳になりますが、重度の障害があります。実際に着用する服で困ることもありました。以前から制作アイデアもありました」と述べた。

 しかし、インクルーシブウエアと言っても、障害の特性によって求められるサイズ、デザイン、商品バリエーションも必要だ。デザインだけでも相当難しい作業になる。SKU(商品の最少管理単位)も増え、在庫を持つことも必要になってくる。そこで「単発の慈善事業にしたくなかったので、持続可能な形でベネフィット(利益)を出したかった」。

 長田氏は昨年5月に入社、メイドバイゾゾに配属された。マルチサイズで1枚から受注生産するZOZO独自の仕組みを深耕する中で、インクルーシブウエアを制作できると確信した。そもそも在庫を持つ必要がなく、マルチサイズは最大56通りで展開できる。ウエストはXLだが、丈はXSというフォルムにも対応できる。

 市場ニーズは小さいと思われそうだが「障害のある方にとってはニーズがあります。インクルーシブウエアをやりたくてZOZOに入社したわけではないのですが、服に困っている娘の状況やメイドバイゾゾで働くうちにアイデアが合致しましたね」と笑う。同社には「世界中をカッコよく、世界中を笑顔に」という企業理念がある。上長に相談したところ、「ぜひやろう」との回答があった。

〈困り事のデータがない〉

 厚生労働省の調査(令和4年・生活のしづらさなどに関する調査)によると、日本の障害者総数(推計値)は1164万人とされ、国民の約9・3%に相当する。障害当事者は、障害の種類や程度により一人一人異なるファッションの悩みを抱えており、毎日着る服を選ぶ際には「着やすさ」を優先せざるを得ず、その結果として服の選択肢が限られている。

 ところが(障害者の)困り事をまとめたデータはない。「娘の場合は分かるのですが、障害には多様性があります。集まってもらい、個人の生の声を聞くのも難しい。それぞれに寄り添うためにはどうしたらいいか。この部分からリサーチを進めました」と話す。

 リサーチは苦心した。ZOZOとして特別支援学校を訪問し「障害のある当事者と親御さん、介助の方に話を聞いています。その後、服のお直しサービス『キヤスク』を運営するコワードローブと協業することが決まりました」。

 キヤスクでは800人を超える当事者へヒアリングを実施し、延べ300人以上の障害や病気のある人に、既製服のお直しサービスを提供している。

 キヤスクの知見を生かしながら、ZOZOも施設訪問で地道に“草の根活動”をしている。苦心したが「一番大切な部分でもあります。ここを継続したい」とした。

〈ブランドを巻き込む〉

 事業化に向けて、ファッションのインフラ化を目指す。ファッションブランドとの協業を行いながら、悩みを解決するインクルーシブウエアのバリエーションを増やすイメージだ。キヤスクの知見とファッションブランドの企画をベースに、生産支援はZOZOが担当する。

 集約した20型をベースとし「無限にファッションアイテムが広がりそうです。理想は障害当事者を含めた全ての人々がファッションを楽しめる世界を実現すること。もちろん親子コーディネートやリンクコーデもできます」と意気込む。

 初回は少し高くなったものの、今後の平均単価は8千~1万円程度を見込む。ファッションアイテムとして購入できる現実的なプライスに設定。普通の服と比べて工数は増えるが、座っている人が奇麗に見えるシルエットを打ち出した。

 パンツのサイド部分は大きくファスナーで開けることが可能、シルエットは立体的だ。床ずれを防ぐため、ウエスト裏に縫い目、ゴムのギャザーを寄せない工夫もしている。皮膚が触れる部分もフラットにした。今後も標準化したデザインパターンを増やし、ファッションブランドとの協業を進める。

〈デザイン集約に成功〉

 2006年の国連総会で「障害者の権利に関する条約」が採択され、障害当事者による「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」というスローガンに注目が集まった。

 過去に障害当事者抜きで決められた事案も少なからずあった。長田氏も企業優先で商品化をせず、当事者の困り事を反映させる考えだ。

 キヤスクの知見を生かして、ディテールなど仕様の集約を進めている。日々のお直し実績は「とても参考になります。実は、ほぼ8割方カバーできる仕様のタイプを絞りました。おおむね20型になります。これをベースにして商品を企画する」。

 今回は全てストレッチ素材を採用した。洗濯しても形崩れをしない堅ろうな素材で、ストレッチ系のジーンズもある。はきやすく、はかせやすい。生地は漂着ペットボトルなどを原料として再資源化した繊維「アップドリフト」(豊島)を採用している。

〈健常者と一緒に楽しむ〉

 高齢者向けの服や介護ウエアは多数あるが、ファッション性を加味したものは少ない。大手や有力なブランドではほとんど見掛けない。「在庫の壁やデザイン、ディテール的に難しいと思います。ニッチな市場ですが、SKUが多くなる。参入障壁が高くなります」と分析。打ち出す服はノンエージで展開し、性別、人種、体形を問わず着用できる。ここがインクルーシブウエアの核になる。

 健常者はカジュアルファッションを楽しめるが、障害者は、その特性によって着用できる服が限られる。結果として伸縮性のあるジャージー系のウエアが多くなってしまう。気軽にカジュアルファッションを楽しめない。長田氏は「健常者と一緒にファッションを楽しんでほしい。この状態をインクルーシブと考えています」と話す。

 障害があってもなくても着られる機能的なアイテム。分かりやすい例では「眼鏡」がある。「私も眼鏡をかけていますが、世に眼鏡がなかったら、視力の弱い障害者と言われていたと思います。眼鏡はファッションアイテムになっていますし、だて眼鏡をかける人もいる。(障害があっても)特別扱いをしない社会を目指したい」。

 ZOZOでは同事業の予算を立てていない。事業として確立させるため、共感を呼び込む段階とみている。