2024秋季総合特集(5)/Topインタビュー/シキボウ 社長 尻家 正博 氏/強み伸ばし価格競争から脱却/目標に向けてやり通す

2024年10月21日 (月曜日)

 今期(2025年3月期)で3カ年の中期経営計画の最終年度となるシキボウ。不安定化する国際情勢など予想外の事業環境の変化によって数値目標の達成が難しくなりつつあるものの、尻家正博社長は各部門とも「基本的な方針はやり通す」と話す。次期中計に向けて、創業150周年に当たる42年を見据えた長期ビジョン「マーメイド2042」に沿いながらも、「まずは30年までにどうするか、次の3カ年に向けて事業の方向性を明確にする」方針。海外戦略、環境に配慮した製品開発・販売強化などを軸に成長軌道に乗せていく。

――この数年で大きく変わったことは。

 “人の動き”がここ数年で変わったように感じます。新卒で採用されれば定年まで働くという考えが変わり、最近は当社でも中途採用が多くなり、他の企業で働いていた経験を生かしてもらうケースが増えています。

 この前、当社を辞めた方が初めて再び入社されました。シキボウが良いと思ったからまた戻ってくるわけで、外での経験を生かしてもらうことは絶対に当社へもプラスとなるはずです。

 新型コロナウイルス禍でデジタル化も大きく進みました。そして、やっぱり大きく変わったのはコストですね。ロシアのウクライナ侵攻などによって、中計策定当初とは全く想像できないくらいのコストアップになっています。円安も進み、これまでのような海外で「品質の良いものを安く」といったモノ作りが難しくなってきました。人権やサステイナビリティーといった要素が重視されるようになってきたことも挙げられます。

――これから変えていくところは。

 ここ数年でユニチカトレーディングさんや、ファッションブランド「アンリアレイジ」といった新たな連携ができてきました。これからは“人を変える”という点に対し、もっと動いていかなくてはいけません。人材が流動化する中、当社で働きたいと思ってもらえるように、制度や規定を時代の流れに合わせたものに変えていく必要があります。

 そして、価格競争からの脱却に挑戦していかなくてはいけません。そのためにも自社の強みは何か、将来の注力事業をしっかり見極めていきます。強みの一つに中東向け民族衣装用生地輸出があります。地域性を把握しながら民族衣装向け以外の分野でも販路開拓を模索しています。

――今期は中計の最終年度となります。

 中計で掲げた目標は、今期の業績予想と数値的に乖離(かいり)し達成が難しい状況にあります。しかし、各部門とも基本的な方針はやり通していきます。

 上半期を振り返ると、繊維セグメントは中東向けに民族衣装用生地輸出が拡大しました。さらに、ユニフォーム地の販売は回復基調にあり、価格改定が進んだことで利益が改善しつつあります。

 糸販売は定番糸の販売が低調でしたが、連続シルケット糸「フィスコ」や特殊紡績法による絶妙な毛羽コントロール糸「ふわポップ」といった差別化糸の販売が伸びています。ニット製品は不採算の見直しが進み、新規取引先の獲得などで利益に貢献してきました。

 生活資材事業は店頭の余剰在庫がさばけておらず受注が低調です。リネン資材分野は、インバウンド需要に沸くホテル向けに販路を広げており、業務用高耐久プリント「アペニノ」の引き合いが増えています。洗濯を繰り返しても色落ちがしにくく、製品寿命が長くなる点が評価されているようです。

 産業材セグメントも、原材料高などコストアップによって利益面で厳しい環境にあります。

 産業資材部門のドライヤーカンバス事業は、国内製紙会社の生産減少が響いていますが、フィルタークロスは湿式を中心に順調です。機能材料部門の中国向けガラス繊維収束材は低調ながらも想定通り。食品用増粘安定剤は増収ですが、利益面で苦戦しています。複合材料は航空機用途向け部品で一時期出荷調整がありましたが、受注が回復しつつあります。

 不動産・サービスセグメントのリネンサプライ事業は、シキボウリネン(和歌山県上富田町)の新工場が昨年12月から順調に稼働しています。ただ、8月の稼ぎ時に地震や台風の影響でホテルの宿泊キャンセルが相次ぎ、その影響を受けたことが残念です。

――下半期の見通しは。

 事業環境が良くなるとは想像しにくいですが、目標に向かってやり通すしかありません。

 繊維セグメントは1月に法人化したシキボウベトナムを通じた海外ビジネスをどれだけ広げられるかです。年内をめどに現地で綿糸の備蓄販売を始めます。

 シキボウ江南(愛知県江南市)では整経機の導入やスチーマー、ベーキング機を更新し、生産量を高めていきます。開発した綿素材を再利用した新素材バイオマスプラスチック「コットレジン」の設備も導入します。ポリプロピレン樹脂と混ぜることで物性を向上させることができ、プラスチックが使われる幅広い用途に提案できます。4月に立ち上げた新事業開発室を通じて異業種への販路開拓に力を入れます。

 需要が増える食品用増粘安定剤では来年1月にシキボウ堺(堺市)の新工場が稼働します。医薬品レベルの衛生的な工場で、取り扱いの難しいアレルゲンを含む原材料も含めた新商品の開発も可能となり、取り扱い品目を増やせます。

――来期から新中計がスタートします。

 創業150周年の42年に向け長期ビジョン「マーメイド2042」を掲げています。ただ、これに沿って計画を組み立てるのは短絡的であり、もう少し長期ビジョンを明確にし、その上で計画を落とし込んでいく必要があります。そのために、まずは30年までにどうするか、議論を重ねながら、次の3年に向けてそれぞれの事業の方向性を明確にしていきます。

〈自身の変化を感じた時/父の死きっかけに日々感謝〉

 「父の死をきっかけに一日一日の大切さを感じるようになった」と尻家さん。2019年の秋以降、父親は病気が悪化し自宅で終末期医療を受けていた。頻繁に父親を見舞うようになり、翌年の桜も一緒に見ることができた。6月19日に父親が突然「天井がぐるぐると回る」と言い出し、数時間後に息を引き取った。その時「初めて死への実感が湧いた」。それからは母親とできるだけ顔を合わせるとともに、毎日仏壇に手を合わせ「無事に過ごせていることを感謝している」。

【略歴】

 しりや・まさひろ 1988年シキボウ入社。2018年総務部長、19年執行役員コーポレート部門経営管理部長、20年執行役員コーポレート部門経営戦略部長兼財務経理部長、21年執行役員コーポレート部門財務経理部長。21年6月から代表取締役兼社長執行役員