特集 差別化ヤーン/糸からひらめく新たなモノ作り

2024年09月05日 (木曜日)

 大量生産、大量消費の時代が終わり、人々の趣味や嗜好(しこう)が多様化する中、衣料品を選ぶ基準も値段の安さより、個性に合うかどうかで判断するケースが増えてきた。インターネットによって衣料品を購入する仕方も、以前とは異なり、他者となるべく被らない商品を選ぶ傾向が強まっている。いつの時代も“売れる商品”を開発するのは難しい。しかし、そんな売れる商品開発へのひらめきを与えてくれるのが差別化ヤーンである。

〈シキボウ/高付加価値糸の販売と試紡増加/「フィスコ」は輸出も視野〉

 シキボウの原糸販売は第1四半期(4~6月)、高付加価値糸の販売拡大で前年同期に比べ増収だった。特に毛羽コントロール糸「ふわポップ」や連続シルケット糸「フィスコ」、2層構造糸「ツーエース」など独自性の高い糸の販売が伸びている。

 ふわポップは、特殊紡績によって糸の360度に起毛。起毛長を短くすることで毛羽落ちや糸抜けを抑える。糸そのものを起毛していることから定着力があるほか、膨らみがあり、見掛け以上の太さを出せる。基本的に別注対応となり、タオルや靴下、インナー、アウターの裏地などさまざまな用途へ提案できる。

 フィスコは富山工場(富山市)で紡績し、糸加工を染色加工子会社のシキボウ江南(愛知県江南市)で加工する、日本で唯一の連続シルケット糸となる。シルクのような艶やかな光沢感に加え、染着性が高いため、洗濯後の色落ちが少なく、生地の奇麗な表面感が長く続く。海外へはフィスコ使いのタオル製品でクラウドファンディングに挑戦するなど、将来的には輸出も視野に入れる。

 芯鞘とも短繊維や、芯に長繊維、鞘に短繊維を使うなどさまざまな2層構造糸に対するニーズも拡大。中でも芯にポリエステル短繊維、鞘に綿を包み込んだツーエースは、高い吸水速乾性や肌触りの良さ、洗濯による形崩れの低減、抗ピリング性に優れる点から、ユニフォームやリネン分野などさまざまな用途へ広がる。生分解性ポリエステル繊維「ビオグランデ」や、フェアトレード綿糸「コットン∞」(コットンエイト)などを組み合わせた提案もできる。

 別注対応も年初から増えており、試紡案件が前年に比べ1~2割増加。差別化糸の比率を高めながら、製品で糸からこだわりたいニーズを捉える。

〈新内外綿/未利用繊維から開発/カキ殻糸も販売スタート〉

 新内外綿は、“環境”を考えた糸の需要拡大に合わせ、未利用繊維を原料とした糸の開発に力を入れている。これまで竹、ヘンプ、葦(ヨシ)といった通常なら利用されずに廃棄されてきたセルロース繊維を、綿と混ぜることにより衣料品に使える紡績糸にしている。

 現在、パイナップルの葉脈繊維を使った糸の開発が最終段階にある。量産するための課題として、一定の均質なパイナップル葉脈繊維(わた)を作る技術を持つ生産者が必要だったが、その供給元のめどが立ちつつある。綿混で10~40番単糸で展開する予定。

 パイナップル綿混糸の用途はカットソーなどの編み物でもシャツなどの織物でも可能。インディゴで染めにしてデニムでも使用することができる。早ければ11月に金沢市で開催される糸総合展「北陸ヤーンフェア2024」で披露できる可能性もあり、25春夏シーズンの素材として販売することを目標にしている。

 親会社のシキボウと共同開発した新たな機能糸も注目を集めている。台湾繊維メーカーが供給する保温機能ポリエステル繊維「シーウール」を使った2種類の糸だ。

 この糸は紡糸前のリサイクルポリエステルに通常は廃棄されるカキ殻の粉末を練り込んだ“環境”も考えた保温素材だ。シーウール30~40%混で保温機能が発揮されるそう。綿混の2層構造糸をシキボウが、「テンセル」リヨセル(レーヨンの一種)混の糸を新内外綿が開発した。開発は別々だが、販売では連携し今夏から糸、生地、縫製品で提案をスタートしている。

〈豊島/サステや機能性など多彩/さまざまな用途へ採用も〉

 豊島は環境配慮などのサステイナビリティーに加えて、多彩な機能性を持たせた素材を展開しており、天然繊維から合繊まで幅広くそろえる。近年ではさまざまな用途に採用が進んでいる。

 同社のサステ素材は多岐にわたる。天然繊維など原料自体がエコなものから、繊維関連や食品などの廃棄品をリサイクルしたもの、トレーサビリティーにこだわったものまで豊富なバリエーションで展開する。

 トルコ産のオーガニック綿糸「トゥルーコットン」は綿花の生産農場から紡績までの流れを追跡できるトレーサブルな素材。生産者やその手法、土地などを大切にするという価値観をファッションの世界に広げることを目指す。

 トレーサビリティーの高度化を図るため海外企業との協業で、土壌や気候、標高、降雨状況などの環境要因から産地の詳細を明らかにしていく手法を導入した。より厳正化することでトレーサビリティーの信用性や安心感を高めている。

 トゥルーコットンは多様なブランドとのコラボレーションも増加。表参道ヒルズ(東京都渋谷区)などに出店しているフラワーショップ「ディリジェンスパーラー」との共同企画も始まり、フーディ、Tシャツ、バッグなどをオンラインで16日まで販売している。

 同社はここ数年合繊素材の拡充を進めており、合繊を軸とした機能素材を充実させてきた。親水性のナイロン冷却糸「オプティマクール」やモダクリル繊維を使用した難燃素材「アグニノ」のほか、一般的なポリエステルの約2倍の強度を持つ超高強力素材「グランボンド」などをそろえ提案を進めている。

〈東洋紡せんい/新方式開繊システム実現/「さいくるこっと」全面提案〉

 東洋紡せんいのマテリアル事業部原糸販売グループは、新方式の開繊システムによって実現したリサイクル綿糸「さいくるこっと」を全面的に打ち出す。世界的にリサイクル素材への要求が高まる中、従来の主力販売先である丸編み分野に加え、織物分野など新規取引の開拓に積極的に取り組む。

 リサイクル綿糸は、廃棄綿布などを金属針で物理的に引き裂くことで開繊した反毛を原料とするのが一般的だが、このやり方では繊維長が短くなり、リサイクル原料高混率や細番手の紡績が難しく、糸の品位も落ちる。

 これに対してさいくるこっとは、廃棄綿布を裁断後、特殊なオイリングとエアーブローによって開繊する。このため繊維長が維持され、リサイクル原料高混率、細番手糸の生産が可能だ。高品位のリサイクル綿糸を生産することができる。

 従来の反毛原料による紡績糸とは全く異なるリサイクル綿糸として注目されており、引き合いも多い。同社はこれまでインナー用を中心とした丸編み用途への糸販売を得意としてきたが、さいくるこっとはデニムやシャツ地、パンツ地など織物用途への提案にも力を入れる。スポーツ分野も視野に入れ、ナイロン長繊維との交織高密度織物といった提案にも取り組む。

 10月に東京ビッグサイトで開かれるエコ・エシカル専門展示会「サステナブルファッションEXPO秋」や11月に金沢市で開催される糸総合展「北陸ヤーンフェア2024」にも出展し、さいくるこっとを重点提案することで認知度向上と採用拡大を目指す。

〈泉工業/機能ラメ糸のラインアップ拡充/放射冷却素材を糸に〉

 ラメ糸製造卸の泉工業(京都府城陽市)は、意匠性だけでなく機能性も備えたラメ糸のラインアップを拡充している。その一つとして、このほど放射冷却素材「スペースクール」を原料としたスリット糸を開発した。

 スペースクールは、大阪ガス発ベンチャー企業のSPACECOOL(東京都港区)が開発した特殊な光学フィルム。放射冷却現象(熱を光エネルギーとして放出することで入熱量より出熱量が多くなる現象)を応用したもので、既にフィルムや膜材で実用化が進められている。

 泉工業は、これを特殊な方法でスリットすることに成功し、放射冷却性能を持つ糸「スペクル」を開発した。フィルムや膜材では通気性がないため衣料品などでの利用が難しいが、スペクルを織・編み物にすることで放射冷却機能と通気性を両立した生地となることが期待できる。既に取り組み先である織布企業で試織も始まった。

 そのほか、再帰反射ストレッチ糸にパール調ラメを撚糸した新タイプのラメ糸も開発している。一般的に再帰反射材は光が反射していない状態では無味乾燥なグレーのため意匠性に乏しいが、再帰反射材にパール調ラメを撚糸することで光沢も両立した。光が反射していない状態でも意匠性が高い。再帰反射機能と意匠性を併せ持つ。

 これらユニークな糸は11月に金沢市で開催される糸総合展「北陸ヤーンフェア2024」でも披露する。意匠性だけでなく機能性も併せ持つ糸のラインアップを拡充することで、ラメ糸の可能性を広げることに取り組む。