繊維ニュース

2024年夏季総合特集(4)/座談会/やりたいこととできることにギャップも/連携で活躍領域広げる/高機能素材が学生発ブランドと協業

2024年07月25日 (木曜日)

出席者

大妻女子大学

家政学部被服学科教授  吉井 健 氏

家政学部被服学科4年生 大西 夏鈴 さん

同 大野 鈴夏 さん

同 城所 愛佳 さん

東レ

新流通開拓室横川 美都 氏

スポーツ・衣料資材事業部衣料資材課 長谷川 達郎 氏

同橋本 圭司 氏

 東レの高機能生地「サマーシールド」は、熱や紫外線を遮る機能を持ち、日傘やテント用途で活躍している。そのサマーシールドが大妻女子大学発のファッションブランド「m_r tokyo」(マール トウキョウ)と協業し、独創的な意匠を施した日傘が生まれた。高い機能に、環境配慮やファッション性を加味した日傘は各方面から注目を集める。東レの担当者、大妻女子大学の吉井健教授、吉井ゼミの学生に開発秘話などを語ってもらった。

――マール トウキョウとはどのようなブランドですか。

 吉井氏(以下、敬称略) 2021年にゼミの学生たちが立ち上げたファッションブランドです。循環型の製品の開発・販売を志向するなど、SDGs(持続可能な開発目標)を意識しています。使われなかった生地やリサイクル糸を使用しており、受注生産が基本です。国内生産にこだわっているのも特徴です。アパレル製品からスタートし、雑貨類にも広がっています。

 大西さん(同) 市場調査などを実施した上で製品を作っています。自分が「このようにしたい」と考えたことが思い通りにいかないことが多かったり、洋服を作る工程が多かったり、難しいことばかりです。

 大野さん(同) 自分たちのブランドを通じて、衣料品製造には多くの工程があると知りました。その割には店頭などで売られている商品の価格は安いと改めて驚きます。同時に買い物上手になれた気がします。

 城所さん(同) これまでは衣料品を買う側の立場で見ていました。作る側に立つことで衣料品がいかに安価で売られているかを知り、また、大変な思いをしてモノ作りを行っていることが分かりました。

――そのようなマール トウキョウと東レが協業したいきさつは。

 横川氏(同) 23年5月の生地商談会「プレミアム・テキスタイル・ジャパン(PTJ)」で知り合いました。当社のブースで環境配慮型素材を説明し、7月には大妻女子大学で授業も行いました。その中で環境配慮型素材を使った取り組みが一緒にできないかとの考えに至りました。

 白羽の矢を立てたのが、リサイクル繊維の事業ブランド「&+」(アンドプラス)です。どの生地で協業するのが良いかと社内で検討した結果、リサイクル繊維を使った「サマーシールド」の日傘での取り組みが一番だと判断しました。洋傘製造・販売のオーロラさんのサポートが得られたのも大きかったです。

〈プロにはない切り口〉

――サマーシールドの特徴を改めて。

 橋本氏(同) フルダルポリエステル糸の使用と特殊加工からなる3層構造の生地です。遮光効果は99・99%以上、紫外線カット率も99%以上を誇ります。顔に影ができるほどの日陰効果があり、遮熱性は体感でマイナス4℃以上です。再生ポリエステルを使ったタイプも展開しています。

――大学との協業は初めてですか。

 長谷川氏(同) サマーシールドが誕生したのは10年以上前になります。これまでに自治体などとの取り組みはありましたが、産学連携は今回が初めてです。元々若い世代にも素材認知を広げたいという考えがあり、良い機会になりました。プロが気付かなかった切り口の提案もあり、面白い日傘ができたと思っています。

――実際にどのような製品が出来上がったのですか。

 城所 大学にも毎日日傘を持ってくる人がいるので、女子大学生をターゲットに開発しました。145人の女子大学生を対象に事前調査を行ったところシンプルなデザインを好む人が多いことが分かり、ハート柄のデザインを一面だけに採用しました。ハートは一部が刺しゅうになっているので開いた時に内側から見えるのもポイントです。

 大西 留め具も工夫しました。元々はもっと立体的な高級感のある留め具を使いたかったのですが、コスト面などから厳しいというアドバイスをもらって考え方を変えました。自分たちが考えていたことをたくさん提案したのですが、販売価格(製造コスト)を考えるとできないことが多く、ギャップを感じました。

――完成した商品の感想は。

 大野 市場調査を含めて長い時間をかけ、自分たちが欲しいと思える商品が出来上がりました。祖母と母、妹にプレゼントしたところみんなが気に入ってくれて、3世代で愛用しています。

 アルバイト先の先輩や別の大学の友人も商品に興味を持ってくれました。開発は、女子大学生の需要を取り込むことを念頭に進めましたが、幅広い世代に受け入れられていると実感しています。

 城所 アパレル製品の企画については先輩たちが携わったのを見てきましたのでイメージは持っていたのですが、日傘のデザインは初めてで手探りでした。既製の商品との差別化も困難でした。大西さんが話したように「やりたいこと」と「できること」の差にも戸惑いました。

 大西 毎日持ち歩き、差したいと思ってもらえる日傘を目指しました。自分たちで企画・デザインしたことでモノ作りも学ぶことができました。コストも意識し、販売価格は1万2千円を想定していたのですが、1万円以内(9900円)に抑えることができました。

 吉井 当初は派手でゴージャスな商品ができると予想していました。試作品はハート柄が全面に施されており、私自身はこれで良いと思ったのですが、学生たち自身で一面だけに採用することを決めました。一貫して「抑え気味」で取り組んでいたようで、それが良い結果に結び付きました。

〈互いに満足のいく日傘に〉

――東レから見た印象は。

 横川 ハート柄について最初は「大人の女性にはどうか」「女子大学生向けであれば構わないか」という感想を持っていました。完成した商品を見て、ハート柄を一面だけにしたのは良かったと思います。普段からサマーシールドの日傘を使っているのですが、今回の協業商品は使いやすいと感じます。

 学生さんと東レの担当者が集まってサンプル品の確認や打ち合わせを行ったほか、オーロラさんからさまざまな助言をもらったことも大きかったのではないでしょうか。メールなどのやり取りだけでなく、実際に顔を合わせて取り組むことで、互いに満足のいく商品が出来上がったと言えます。

 橋本 デザインが手元に届いた時、全面にハート柄を配したバージョンもありました。話し合いと試行錯誤を重ねて出来上がったのが今回の商品です。男性ですのでハート柄の日傘を使うにはハードルが高いですが、母親や妹など、周りの人に贈るためにぜひ手に入れたいと思います。

 長谷川 傘業界とは20年関わってきました。1万円以上の日傘も少なくない中、開発商品を最初見た時は「さっぱりしすぎている」という印象でした。プロが作る場合、刺しゅうを増やしたり、パイピングを太くしたり、フリルを加えたりするのですが、それがなく非常にシンプルでした。

 別の言い方をすると、プロにはできない視点で作られており、バランスも良い。親骨には炭素繊維「トレカ」を使用しているので軽く、実用的でおしゃれな日傘が出来上がったと感心しています。今回の商品のアイデアを取り入れたいと考える洋傘メーカーも出てくるかもしれませんね。

〈雑音に負けず感性を大切に〉

――マール トウキョウや皆さんのこれからは。

 吉井 今回の取り組みでは、東レさんが持っている繊維の専門知識とモノ作りを学べたことに感謝しています。マール トウキョウは、企画から販売促進まで学生たちが主体となって動いています。あくまでも教育の一環ですので、今回の協業で終わりではなく、今後もファッション分野を中心にブランドの展開は続いていきます。

 城所 服飾関係の企業に進みます。デザインや価格だけで衣料品を選ぶのではなく、環境対応や長く着用できるかを考えて購入したいです。

 大西 アパレル関係への就職が決まっています。商品企画を担当するときが来たら、ゼミで得られた経験を生かしたいと思います。

 大野 自分で使う物を自分で作れたのが良い経験でした。アパレル業界に就職しますが、良い商品には理由があることを生産者と購入者の両方の視点から伝えたいです。

――3人に贈る言葉はありますか。

 横川 環境への対応は不可欠で、東レも環境対応を重視しています。ただ、東レには生地の製造・販売までしかできません。地球環境保全には消費者を含めて全体で解決する必要があります。そのような意味でも今回、アンドプラスを使ったサマーシールドとマール トウキョウとの協業は意義深かったと思います。

 橋本 皆さんは来春に社会人として羽ばたきますが、世の中にはいろいろな価値観を持つ人がいますので、その中から信じられる人、信じても良い人を見つけてください。仕事を続けていると、ハッピーに感じる時間はありますが、それよりも苦しい時間の方が多いです。そんな時は今の気持ちを思い出して頑張ってください。

 長谷川 ある展覧会に、江戸初期の茶人、小堀遠州の茶道具が展示されていました。遠州は「奇麗さび」で知られた人です。閑寂や枯淡の中に華やかさや麗しさのある風情のことを指します。今回の皆さんのデザインにはこれに通ずるところがあります。社会に出ると雑音が入ってきますが、自分たちの感性を大切にしてください。