2024年春季総合特集(6)/Topインタビュー/東洋紡/社長 竹内 郁夫 氏/複数視点で変化捉える/積極投資の成果を具体化
2024年04月22日 (月曜日)
東洋紡は2022年4月に三菱商事と合弁で東洋紡エムシーを設立し、機能材事業を移管するなど他社との共創・協働に積極的に取り組んできた。竹内郁夫社長は「変換激しい現在、1社だけでは対応できない。さらに先の変化を捉えるためにも複数の視点が必要になる」と共創・協働の意義を指摘する。メーカーは従来、目の前のユーザーのニーズに応えることを重視してきたが現在はさらにその先、最終製品ユーザーのニーズまで捉えることが求められる。その領域は衣料だけでなく産業資材、バイオ、メディカルへと拡大した。「従来の考え方だけでは付加価値を創造できない」と強調する。
――東洋紡エムシーの設立など企業の枠を超えた共創・協働に積極的に取り組んでいます。どのような考えが背景にあるのでしょうか。
元来、ビジネスは1社では不可能なものです。繊維事業も従来から産地企業などと協業しながら今日まで続いてきました。そして、現在のように変化が激しい時代になると、ますます1社では対応できなくなっています。目の前の変化だけでなく、さらに先の変化も捉えるためには複数の視点が必要です。
当社は現在、「私たちは、素材+サイエンスで人と地球に求められるソリューションを創造し続けるグループになります」というビジョンを掲げています。90年代までは自社が生産販売する商品にこだわっていればよかったのですが、事業領域が衣料から産業資材、バイオ、メディカルなどへと広がる中で、直接の取引先だけでなく最終ユーザーのニーズに応えるソリューションを提案することが求められるようになっています。そうなると従来のやり方では付加価値を獲得することが難しくなります。
例えば自動車分野はティア1と呼ばれる部品メーカーだけでなく完成車メーカーと取り組む必要性が高まりました。さらに今後、自動車は移動空間であると同時に情報ネットワークハブといった存在になっていくでしょうから、プラットフォーマーとの取り組みも必要でしょう。そういったコラボレーションからクリエーションが生まれる時代になっています。
こうした試みは以前からありました。例えばスーパー繊維はオランダのDSM社との共同研究から始まりました。また、大学などと連携するオープンイノベーションにも取り組んでおり、神戸大学とは包括連携協定を結び、バイオプラスチックなどに関する研究を進めています。
ただ、当社はゼロを1にする、あるいは1を10にするのは得意になのですが、10を100や500にするのが不得意。そこで三菱商事との合弁で東洋紡エムシーを立ち上げたわけです。商社と組むことで、これまで線で存在していたビジネスを面に広げていくことが狙いです。異なる文化が合わさることで相乗効果も生まれるなど手応えを感じています。
日本は作り込みや量産化の技術が強みですから、これを共創や協働でも生かさなければなりません。キーワードはやはり「環境」や「ウェルビーイング」でしょう。課題に対して最終ユーザーのニーズに応えるソリューションを提供するようにビジネスモデルを変える必要があります。
――23年度(24年3月期)も終わりました。
21年度に連結で約280億円あった営業利益が22年度は約100億円まで落ち込んだわけですから、23年度はまず150億円まで回復させる計画でした。ところが実際は80億円にまで業績予想を下方修正せざるを得なかった。というのもこの2年間で原料費が約200億円、燃料費が約100億円の計300億円のコストアップに見舞われています。加えて急激な円安による海外調達コスト増もあります。このため価格転嫁を進めていますが、同時に安全・防災対策を実施したことによるコストアップもあります。こうした中、フィルム事業が流通在庫の調整など市況低迷で販売数量の回復が遅れています。また、樹脂などは中国経済の低迷によって行き場をなくした安価な中国品がアジア市場に流入していることも打撃になっています。
一方、バイオ関連はPCR検査関連の特需こそなくなりましたが、そのほかは輸出が堅調です。診断試薬や人工透析膜などの需要が高まりました。エアバッグ事業も火災事故の影響を徐々に脱しており、赤字が減少しました。東洋紡エムシーは中国関連で機能樹脂が振るわず、不織布も原燃料高騰で苦戦していますが、環境関連は好調です。衣料繊維も東洋紡せんいとして一体感が高まり、中東民族衣装用織物やスクール素材を中心に順調でした。良い方向に向かっていると思います。
――24年度の重点方針は。
国際情勢が混沌とし、分断の時代といわれるわけですが、日本に関しては賃上げ効果もあって景気は徐々に良くなるのでは。ただ、欧米はやや鈍化するとみられています。23年後半の状況が今年も続くとみるべきでしょう。そうした中、環境配慮への意識が一段と加速し、カーボンニュートラルや人権といった課題がますます問われます。
ですから、基本的に今期も23年度の方針の継続となります。現在の事業規模なら営業利益は200億円から250億円がベース水準ですから早期にそこまで戻す。もちろん安全、防災、品質、コンプライアンスなどの向上のための取り組みは大前提。その上で価格転嫁を進めなければなりません。やはり価値に見合う価格設定が重要です。現在の局面で値上げができないとなると、もうその商品には競争力がないわけですから、当然ながら生産設備を持ち続けるべきなのかを考えざるを得なくなります。そして、フィルムなど安定収益事業だったもので業績が悪化している事業の立て直しを進めます。衣料繊維も国内工場を再編した効果を出します。
この2年間、約1000億円の設備投資をしています。これは更新だけでなくフィルムやバイオ関連の新規案件や増強のためでした。その成果を具体化し、マネタイズ(収益化)することも今期は大切になります。
〈最近のプチ贅沢/音楽に触れる時間〉
「最近、ボーズのポータブルブルートゥーススピーカーを買ったのがプチ贅沢かな。以前に音を聞いてなかなか良かったので。でも、そんなに高級なものではないですよ」。クラシック音楽ファンらしい答え。聴くだけでなく、学生時代からオーケストラ部でファゴット奏者として活躍し、現在も神戸市に拠点を置くアマチュア交響楽団に参加して演奏を続けている。「聴くにしても演奏するにしても、音楽に触れている時間がいちばんの贅沢ですね」と笑う。
【略歴】
たけうち・いくお 1985年東洋紡績(現東洋紡)入社、経営企画室長、東洋紡チャイナ董事長などを経て2018年執行役員機能膜・環境本部長、20年常務執行役員、同年取締役兼常務執行役員企画部門の統括、カエルプロジェクト推進部の担当、21年から代表取締役社長