ごえんぼう

2024年01月31日 (水曜日)

 筆者が記者として働き始めた1990年代後半、アパレル企業の社長たちは手広くビジネスをしていた。ホテルやギャラリー、飲食店の経営のほか、ゴルフ場、ディスコ(今はクラブ)なども展開していた▼インタビュー時には「遊びを知らない社長なんて、肝っ玉の小さいヤツだろう」と話す人もいた。バブル期にスーパーお立ち台で有名になった狂乱の某ディスコも、繊維を発祥とする総合商社が経営していた。2000年代に入ると、経営の選択と集中を進める中でこうしたビジネスを手放す経営者が続出した▼この頃、破天荒で豪快な人物はアパレル業界から退場する。外部からプロ経営者を招き入れたり、銀行出身者が役員に名を連ねるなど、顔ぶれが一変した▼経営は正常化に向かい、営業黒字に転換する企業も増えた。しかし、アパレルの新規事業を開発する上で、何か物足りない印象を持つのは筆者だけではないはずだ。