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新春対談/ダイバーシティ&インクルージョン実現へ/クラボウ 執行役員人事部長 丸毛 浩嗣 氏×帝人 人事戦略部長 原 美奈子 氏

2024年01月01日 (月曜日)

 社会の在り方やシステム、価値観が大きく変化する中、企業も大きく変化することが求められている。その一つが“ダイバーシティ&インクルージョン”(多様性と受容)。企業として多様性を受け入れ、違いを認め合いながら協力する組織の在り方こそがイノベーションと競争力の源泉となる。今回はダイバーシティ&インクルージョンに向けた取り組みを積極的に進めているクラボウと帝人の担当者が「企業ができること、やるべきこと」について語り合った。

〈多様性がイノベーション起こす〉

――そもそも企業にとって、なぜ“ダイバーシティ&インクルージョン”(D&I)が重要になるのでしょうか。

 丸毛浩嗣氏(以下敬称略) D&Iは、なにも国籍や性別などの違いを受け入れることだけではありません。人はそれぞれが多様な考え方を持っているのですから、それらを受け入れ、それぞれの個性を生かし合うという考え方です。

 こうした考え方の背景には、これまでの成功体験にとらわれた考え方では画一化が避けられないという問題意識があります。変化が激しく、予測が難しい現在、従来とは異なる考え方からアプローチできなければ、企業として社会から必要とされる存在になれません。企業にはさまざまな能力を持った人材がいますから、個々の能力を最大限に発揮できるようにしなければならないという考えです。

 原美奈子氏(同)当社もD&Iを経営戦略の一つと位置付けています。2000年に女性活躍のための専任部署を設置し、女性が活躍できる企業風土を作ることに取り組んだのが最初です。目的の一つは、異なる考え方を持つ多様な従業員がディスカッションすることで企業としてのイノベーションが起こるような企業風土を作ることでした。多様性を高めるための経営戦略としてD&Iを推進したわけです。ダイバーシティだけでなくインクルージョンが重要になります。異なる考え方の従業員が集まり、違いを認め合う風土があってこそイノベーションが生まれるからです。そういったインクルーシブな社風は従業員にとっても、あるいは採用活動において当社を希望してくれる人にとっても魅力的なはずです。

 丸毛 現代は、社会の動きが非常に速い時代です。そうした中で新しい考え方ややり方に対して、若い世代はいち早く消化しています。そうした動きを押しつぶしてはいけません。

 原 私自身も06年に中途採用で入社したのですが、当時と比べても大きく変化していますね。当時は人事・総務部門の総合職でも育児休暇を取得する人が非常に少なかったです。今では育休の取得は当たり前になっていますし、周りも当然といった感じで受け入れています。

 丸毛 そうですね。当社も21年度の育休取得率は女性従業員100%、男性従業員4・2%だったのですが、22年度は男性も39・1%まで高まりました。23年度はさらに高まるとみています。

 原 当社も19年度は男性の育休取得率が40%だったものが、23年度は93%となっています。ただ、短期間の取得でもカウントされていますので、次の課題は男性従業員でもしっかりとした日数を取得するようになることです。

〈アンコンシャス・バイアスを自覚しよう〉

――実際にD&I推進としてどのような取り組みを実践しているのでしょうか。

 丸毛 19年から本格的に全社的にD&I推進に取り組んでいますが、ベースとなるのは“アンコンシャス・バイアス”(無意識の偏見)についてしっかりと理解することです。人はだれしも性別や国籍、障害の有無などについて無意識の偏見を持っていますから、それを自覚し、向き合うことがD&I推進には不可欠です。そこで専門家の指導を受けながら、啓発の冊子を制作し、全従業員に配布しています。これを使って役員・管理職向け研修や全従業員向け研修も実施しています。当初は社内でも戸惑いがありましたが、いまでは普通に“アンコンシャス・バイアス”という概念が理解されるようになっています。

 また、その延長として「LGBTQ+」(性的少数者)に対する理解促進にも努めています。そうすることによって心理的安全性の高い職場を作ることが目的です。レインボーパレードに参加する従業員もいて、こうした取り組みによってLGBTQ+が働きやすい職場作りを支援している一般社団法人ワーク・ウィズ・プライドが認定する「PRIDE指標」で帝人さんと同様に最高評価のゴールドを取得しています。

 そのほか、先ほど話に出た男性従業員を対象とした育休制度や、多様な働き方に対応できるようにフレックスタイム制度やテレワーク制度を導入しています。身近なところではオフィスカジュアルなども自律的で自由な発想が生まれる職場作りにつながると考えて導入しています。

 原 20年前から女性従業員を対象としたリーダーシップ育成研修を実施しています。なぜ女性だけを対象とした研修を始めたのかというと、当時は女性従業員をリーダーに登用しようとしても、女性の側が完璧なリーダー像を意識してしまい、自分にはそのような能力がないと自己評価して挑戦できないケースが多かったからです。そこで半年間の研修の中でディスカッションしながら現在の自分の強みを生かす形のリーダー像を持てるようにしようとしたわけです。

 企業にはさまざまなマイノリティーが存在します。ですから、それぞれの必要性に応じた取り組みも実施しています。例えば、若手の営業担当の交流会をやっています。多くの拠点があり、中には若手従業員は1人しかいないような拠点や部署もあり、どうしても孤立しがち。そこで同世代が集まり、ネットワーキングしたり、互いに刺激し合えるような機会を作っています。同じように研究開発の部署には理系の女性従業員が少なく、キャリア形成のロールモデルが身近に見つからないという問題があります。そこでロールモデルとなる先輩従業員との食事会なども実施しています。そうやって自らキャリアを形成できるような環境作りが大切でしょう。

 丸毛 当社は女性総合職を本格的に採用し始めたのが14年です。それから毎年新規採用の30~40%は女性です。それでも女性管理職はまだ全社で5人しかいません。やはり帝人さんのような仕組みが必要だなと思いました。

 原 当社も00年には女性管理職はグループ全体で10人しかいませんでした。それが現在は172人にまで増えましたが、それでも20年以上かかりました。LGBTQ+に関しても非常にセンシティブな問題ですから全従業員がしっかりと勉強して、自然な形で受け入れることのできる会社にならないといけませんね。

 丸毛 正しく理解し、正しく対応することが重要です。そのための教育をしっかり進めていくしかありません。

 原 その際には、アンコンシャス・バイアスにとらわれないことがとても大切だと改めて思いました。

〈企業風土大きく変わった〉

――そういった取り組みの成果をどのように見ていますか。

 原 なかなか数字で表すのは難しい面があります。具体的な数字だと、先ほど話したように女性管理職の数が増えました。男性従業員の育休取得率100%も目指していますが、なかなか難しい面があります。それでも数字には表れない企業風土の面では変化が明確にあります。女性の活躍から始まり、外国籍の従業員も受け入れられるようになりました。障害者の活躍も進んでいます。19年に特定子会社の帝人ソレイユを設立し、障害のある従業員による野菜や胡蝶蘭の栽培など農業事業を行っています。先日、千葉県にある農園を訪問しましたが、みなさん生き生きと働いている様子を見て非常に感激しました。

 丸毛 当社も障害者雇用を増やしています。障害者雇用率は21年度が2・04%でしたが、22年度に2・57%となり法定雇用率を超えています。23年度は2・7%を超える見込みです。人事部にも率先して障害のある従業員を配属し、どういった仕事ができるのか、そのためには組織としてどのような配慮が必要なのかを具体的に見いだせるようにもしています。また、女性総合職の配属比率向上にも目標を掲げて取り組んでいます。女性総合職が配属されている課の割合は、21年度40・4%だったのが23年度には44・8%となりました。23年度から配偶者休職制度も導入しました。従来は配偶者の転勤などで離職せざるを得なかった女性従業員を対象に3年間の休職を認める制度です。そうやって少しでもキャリアを断絶させずに、継続して働いてもらおうということです。

 肌感覚として、こうした取り組みに対して最初は社内に「また、人事部が何か言っているよ」といった空気があったのは事実です。しかし、社長が「トライした上で、賛否をアンケートで調べてみろ」と提案し、実際にアンケートを取ると90%超が賛成ということがありました。そうやって経営陣が率先して取り組みを受け入れていることが成果につながっていると思います。従業員がやる気になる制度を作るためには、組織の上層部から風土を変えていくことが大切ですね。

 原 当社も16年から配偶者海外赴任同行制度を導入しています。配偶者が海外に転勤し、同行するために離職せざるをえなかった従業員を対象に、やはり3年間の休職を認める制度です。制度を利用した従業員の中には休職中に大学に通うなどしてスキルアップして復帰した人も少なくありません。優秀な人材を留め置くことは、人手不足の現在、非常に重要でしょう。一方、課題としてアンコンシャス・バイアスへの取り組みがまだ十分ではないと感じました。例えば仕事の与え方に影響していないか。会社として良かれと思ってやっていることが、かえって従業員のチャンスを奪い、キャリア形成の障壁になっていないかを反省する必要があると思います。

 丸毛 当社も事業部ごとにカラーの違いがあり、取り組みに濃淡がまだありますね。例えば社内で互いを呼び合う際の敬称に「さん」を使うことを提唱しているのですが、まだ役職名で呼び合っている部署があります。そう言った部署は、だいたい上司は部下を呼び捨てにしている。そういう現場ごとの風土をどうやって変えていくかです。また、工場での取り組みをどうするのかも課題です。まずは休日を増やし、福利厚生をさらに充実させるなど職場環境をもっと良くしていくことから取り組まなければならないと思います。

〈企業を従業員の幸福実現の場に〉

――D&Iのために企業の組織や従業員はどのように変わるのか、あるいは変わらないといけないのでしょうか。

 原 意識を変えることがいちばん難しいですね。特に組織のマネジャーの意識を変えることが重要でしょう。管理職の意識・行動が変わることでさまざまな考え方の人に魅力ある企業として認められるようにならないといけません。

 丸毛 現在、D&Iではなくエクイティ(公正性)を加えた「DE&I」という考え方をしようとしています。個人のウェルビーイングを重視し、個々の問題に対応することが必要になってくるでしょう。

 原 従業員がどれだけ活躍できるかが企業の競争力の源泉ですからね。そのための方法の一つがD&Iです。

 丸毛 当社の2代目社長である大原孫三郎は100年も前に「従業員の幸福なくして事業の繁栄はなし」と言いました。それこそ現在のD&Iにつながる考え方です。そのDNAは今後も守っていきたいと思います。

 原 当社もいろいろなことに挑戦するという創業時からの社風は変えないようにしないといけません。企業理念に「社員と共に成長する」と掲げているように、従業員の幸福実現の場であり続けたいと考えています。従来は企業が従業員のキャリアを決めるケースが多かったのですが、今後は従業員が自分でキャリアを作り上げることのできる企業でありたいですね。