繊維ニュース

新春鼎談/アシストスーツ時代の幕開け/裾野拡大と海外展開が鍵/アルケリス/イノフィス/ダイドー

2024年01月04日 (木曜日)

出席者(社名50音順)

アルケリス 取締役COO 飯田 成晃 氏×イノフィス 取締役 依田 大 氏×ダイドー 執行役員営業二部長 近藤 尚也 氏

 多くの産業で人材確保が喫緊の課題となる中、身体的負担を伴う作業では労働安全衛生対策の重要性が改めて高まっている。そのツールの一つとして注目されているのがアシストスーツ(AS)だ。AS業界をけん引するアルケリス(横浜市)の飯田成晃取締役COO、イノフィス(東京都八王子市)の依田大取締役、ダイドー(大阪府河内長野市)の近藤尚也執行役員営業二部長に「AS時代の幕明けなるか」をテーマに鼎談してもらった(文中敬称略)。

〈国内市場規模30億円超〉

――まず各社の事業と製品の特徴を紹介してください。

 飯田 2020年に設立したアルケリスは、立ち姿勢時の負担を軽減するAS「アルケリス」の開発と販売を行っています。開発のきっかけは、長時間立ったままで手術を行う医師からの相談でした。世界的に見ても立ち姿勢を保持するためのASは他にありません。今は医療だけでなく、工場での組み立てライン、物流の梱包(こんぽう)など、さまざまな場面で活用されています。

 依田 イノフィスは東京理科大学発のベンチャー企業として13年に設立したAS専業メーカーです。主力は、中腰での作業や重い物の上げ下げが発生する際に腰を補助する「マッスルスーツ」シリーズで、製造、物流、介護、農業、建設業界で利用されています。昨年は当社最強の補助力を持つ「エクソパワー」や、サポータータイプの「ソフトパワー」などを投入してラインアップの拡充を図っています。

 近藤 ダイドーの主な事業はハウスメーカー向けの建材やキッチンの昇降式機器の製作です。住宅市場が縮小する中、これらの製作技術を施工性の向上に転用できないかという観点から、19年に米国のASメーカーと上向き作業用ASの共同開発を行い参入しました。現在は3代目の「タスクARタイプS」を最新製品として展開しています。天井、電気工事、果樹農園をはじめ、上向き作業が必要なさまざまな現場で採用されています。

――国内AS市場の規模をどの程度と試算していますか。

 飯田 市場調査会社によると21年時点で22億円規模となっていますが、これは欧米で主流の電動パワータイプのASを主に算出したものです。現在日本で主流の外骨格、サポータータイプを含めるとさらに大きく膨らんでくることは間違いありません。加えて売り上げ自体も当社は21年比で倍以上になっていますし、他社を見ても上回っているところが多いはずです。

 依田 おっしゃる通りASをどの範囲まで入れるのかによって変わってきます。当社では外骨格、サポータータイプを含めた国内市場は30~40億円とみています。

〈コロナ禍落ち着き普及期待〉

――新型コロナウイルス禍を通してASの事業環境はどのように変化しましたか。

 飯田 コロナ禍からは、医療と工場向けが主軸の当社製品にとって、デモンストレーションを行うために病院に入れないという状況は大きな痛手でした。ASは認知度が低いので、まずは実際に見て、触って、装着してもらえさえすれば納入につながるケースが多いのです。そういった点では、コロナ禍が落ち着いた今は、毎日スタッフがデモンストレーションに行っている状態ですので、機運の高まりを感じます。

 依田 体験会の実施回数に比例して販売台数が伸びていくというのは各社共通の事象だと思います。一方で、まだまだコモディティー化した製品ではないので、ASにはどんな機能があるのか、どんな目的で使うのか、どんな用途に合っているのかなどの点で、引き続き認知を高めていかなければなりません。

 近藤 コロナ禍でオンライン体験会にチャレンジできたのは良かったのですが、初見ではなかなか理解してもらいにくく、細かいニュアンスも伝わりません。おそらく訪問でしたら購入してもらえたというケースが多々ありました。

 ただ、それが課題としてあぶり出されたからこそ製品の分かりやすさを優先させる必要性を再認識できました。コロナ禍が落ち着き、ユーザーの工場で体験会を行えるようになってからは、作業に特化したカスタマイズにも対応できるようになるなど細かい点に生かされています。

〈労働安全衛生で需要喚起〉

――AS普及に向けた課題とは。また、高齢化対策と労働安全衛生のどちらに訴求した方が今後伸びる可能性が高いでしょうか。

 飯田 普及の課題は、やはり認知と体験会です。そのために昨年、同業が集まって一般社団法人アシストスーツ協会(※)を立ち上げました。各社の製品を比較しながら、正しい装着方法によって得られる効果を実感してもらい、その評価を得ることを目的としています。

 訴求先については、短期的に考えれば、高齢労働者対策は非常に重要だと考えます。今いる高齢者の労働環境を守りながら働き続けてもらいたいという時に、企業はAS導入に補助金を使えることもあるからです。

 ただ当社としましては労働安全衛生の観点から、特にASに対する抵抗感のない若い人にも注目しています。若い時から体を守っていくことが、ひいては自分の生活を守ることになるということを訴えていくことが大切だと思っています。若者が使っているのを見て、高齢者や子供がかっこいいな、楽そうだなと思って装着し始めるというムーブメントもあるかと思います。

 依田 短期的には労働安全衛生対策です。関連の法改正などが行われると、一気に“市民権”を得ることができます。最近ですとフルハーネスがそうですね。ヘルメットや安全靴の水準まで上がるとだいぶ景色が変わってくると思うので、啓蒙(けいもう)活動は続けていかなければなりません。

 近藤 私も労働安全衛生でやっていくべきだと思っています。例えば当社の上向き作業用ASですと、肩の腱が切れてしまっては、仕事を続けることが困難になるため、それを予防しましょうという点をしっかりPRしていく必要があると思っています。

 経済的効果から言えば、会社にとって長く働いてもらえるとか、その人の稼げるお金も増えるなどです。体験会では、そういった話とセットで行いムーブメントを作っていきたいと考えています。

〈繊維産業の知見必要〉

――繊維産業との関わり、期待することは。

 飯田 アルケリスの主素材は元々鉄で作っていましたが、新製品にはサンコロナ小田の新素材「フレックスカーボン」を採用しました。日本の繊維技術は世界的に見ても高く、身に着ける素材の開発においては長年の実績があります。その知見をお借りしながら、今後いろいろな取り組みをしていきたいと考えています。

 依田 ASの市場構造は、この5年間で大きく変わってきています。当社の製品で言うと、外骨格タイプのマッスルスーツ「エブリィ」やエクソパワーなどサポート力のある外骨格製品が主力なのですが、日本ではソフトパワーのようにサポータータイプの市場が膨らんできています。

 サポータータイプは肌触りの良さや、痛くならないといった装着感が非常に重要になります。そのため、装着感を追求するには新たな繊維のテクノロジーなどをどんどん導入する必要があると考えています。例えば、汗をかいても臭いが発生しないとか、汚れにくいといった機能性を柔軟に取り入れていくことが必要だと思っています。繊維企業との協業はこれから増えてくるとみています。

 近藤 当社は金属加工から始まった会社なので、繊維に関する知見はありません。ASがサポータータイプにシフトしている中での製品開発の考え方は、バネによる補助力を高めていくと共に、必要な箇所に繊維の技術を埋め込んでいくことですので、協業先の選定は今後必要になってきます。

〈欧州は成長期に移行〉

――海外市場に向けた戦略は。

 飯田 今、円安ということもあって、欧米市場から見れば当社の製品も金額による障壁は限りなく低いと思います。これは追い風なのでどんどん海外進出していきたいのですが、人的リソースの問題もあって足元の国内もなかなか攻めきれていないのが歯がゆいところです。

 A+Aなど海外の展示会に出展した際には欧米を回ってセールスするのですが、考え方が日本とまったく違うことを実感します。日本は良くも悪くも真面目なので、エビデンスや申請の手間、効果の有効性など先々のことを考え過ぎてしまいがちな側面があるように思います。

 一方、欧米はその場で装着して着けてみて良さそうならまずは使ってみよう、使ってだめだったら使えるようにしていこう、どういうふうにすればもっと使いやすくなるんだろうみたいなマインドがあります。そういった点から考えても海外の方が導入が進みやすいのだろうなというのは感じます。

 依田 ASはグローバルレベルで伸びていきますが、特に少子高齢化に直面している欧州の国々で需要が出てくると感じています。当社も4年前から海外事業を加速する中で欧州に注力しています。域内での展示会出展社数は他地域より多く、フェーズで言うと導入期から成長期に移ってきたとみています。さらに所得や従業員に対する保護意識、労働安全に対する意識も高いので、AS事業では“もうかる”市場です。海外事業については、結構ポジティブに捉えています。

 近藤 既存事業と合わせて中国市場での販売を進めています。人口が多いため、従業員保護にお金を使うという意識はあまりないのですが、コロナ禍が落ち着いてから営業を再開してみると、高齢化が急速に進んでいる影響もあるのか少しずつですが風向きが変わってきたと感じています。中国、アジア市場のメリットは、ASのサイズ感が日本に近いことから、日本市場の延長線上として展開できる点です。

――24年の各社AS事業の見通しと方針は。

 飯田 コロナ禍が落ち着き販売が一気に本格化してきているので、医療向けをさらに伸ばしていきます。工場向けは複数の職種にまたがる形で一工場当たりの納入数を増やしていければと思っています。

 依田 海外市場は体制を強化していきます。国内は販売推進とともに、専業メーカーとしてスピーディーな製品開発に挑戦しながら、さまざまな企業との協業案件を取り入れていきたいと考えています。

 近藤 工場設備や工場備品の関連事業を通して、上向き作業用ASだけでなく他の製品も含め、労働安全衛生・現場改善について幅広い提案ができるようにしていきたいと思っています。

〈EFウエア市場超える〉

――AS事業で目指す未来像と、市場の将来性は。

 飯田 現在は完全にBtoBです。ただ、個人からの引き合いも非常に多いので、近い将来にはBtoBからBtoCに切り替える時が来ます。そのためには体験会を必要としなくても使用できる製品仕様が理想なので、準備も進めています。そして生活にどんどん密着していくところを目指していきます。

 依田 5年後のASの市場規模は電動ファン(EF)付きウエアを上回る200億、300億円以上にしていかなければならないと思っています。BtoBメインの製品構造をどうやったらBtoCとか、それ以外の幅広い用途に使ってもらえるかです。

 近藤 EFウエアのようにネット通販で気軽に買えるようになることを目指していくべきだと思っています。ただ当社の場合はサポータータイプのASに強みがあるわけではないので、業界や企業に特化した形の製品開発が進むべき道と考えています。

〈幕は開き始めている〉

 飯田 市場の将来性という点で言いますと、今回の話の中でも出てきましたEFウエア市場が指標になると思っています。今でこそEFウエアがないと工事現場で働けなかったり、家庭菜園で主婦が普通に着ていたりしますが、ここまでの“市民権”を得るのに20年近い年月がかかっています。生活に密着しているという点ですごく素晴らしい製品で、アルケリスもそうしたところを目指していきたいと思っています。

 AS市場が今後、さらなる飛躍を遂げるのは確実です。200億、300億円も目指せると感じていて、その幕開けは既に始まっていると思います。

 依田 ASが普及し始める背景は少子高齢化だと思っています。少子高齢化によって労働力不足とか介護負担の増加があり、深刻化するのに合わせてAS市場も伸びていくと思います。

 工場や倉庫でも若者は重作業をやりたくないため集まりにくく、集まってもすぐやめてしまいます。一方、そこで働く人は年を重ねて引き続き重作業をしなくてはいけない。日本だけでなくグローバルで何億人という人が直面する問題です。顧客の求める製品をスピーディーに開発し、送り続けていけばさらに成長できます。

 近藤 認知度が少しずつ上がってきているのでASの時代は来ていると言えます。脚、腰、腕だけでなく、それ以外の部位を補助するASも開発していくことで、その流れはさらに強固になっていくのではないでしょうか。

※アシストスーツ協会=AS製品の認知度向上と市場形成、啓蒙活動を目的に、23年7月に一般社団法人として設立。現在の会員企業はアルケリス、イノフィス、加地、ダイドー、日本シグマックス、ダイヤ工業、クラボウ、菊池製作所、Asahichoの9社。代表理事は、アルケリスの飯田取締役COOが務める。