特集 アジアの繊維産業(5)/タイ編/産業構造の転換期に/東レグループ/旭化成アドバンス〈タイランド〉/タイ東海/タイ蝶理

2023年09月27日 (水曜日)

 新型コロナウイルス禍からの回復が進むタイだが、ここに来て経済成長率予想が下方修正されるなど回復の勢いが鈍化してきた。総選挙を経て8月に新政権が発足したことで経済政策や労働政策にも変化が生じている。こうした中、タイは産業構造の転換期に突入したとの見方が強まる。日系繊維企業も変化に対応し、事業構造を見直す必要が一段と強まる。

〈経済成長率は鈍化傾向〉

 タイ国家社会経済開発委員会によると2023年上半期(1~6月)の実質GDP成長率は前年比2・2%だった。通年でも2・5~3・0%と予想しており、前回予想の2・7~3・7%から下方修正されるなど経済成長の鈍化が鮮明になってきた。

 特に勢いがないのが輸出入。上半期の輸出成長率は1・7%にとどまり、輸入成長率はマイナス1・7%だった。外国人観光客増加によるサービス輸出は増加しているが、1人当たりの消費額は例年から約13%低下し、国内観光客の1人当たり消費額も約33%低下するなど期待した水準にはない。

 貿易部門の不振の背景にあるのが中国の景気低迷だ。中国の内需や欧米への輸出が振るわない中、アジア市場全体に安価な中国品の流入が増加した。この影響をタイも色濃く受けている。

 8月にタイ貢献党を中心とした連立政権としてセーター首相が就任した。旧タクシン派の流れをくむ新政権は最低賃金を現在の1日353バーツから27年までに600バーツに引き上げる公約を掲げる。このため今後、人件費の大幅上昇は避けられない。繊維を含めた産業構造の転換期に突入した。

〈事業高度化が喫緊課題〉

 産業構造の転換によって今後、タイでの労働集約型ビジネスは成り立たなくなる。繊維も汎用品生産では国際的な競争力を失うことが確実。このため日系繊維企業も事業の高度化・高付加価値化が喫緊の課題となる。

 例えば合繊糸・わた製造のテイジン・ポリエステル〈タイランド〉は主力の自動車関連、スポーツ用途、いずれも需要に勢いがない中、需要拡大が続いているリサイクルポリエステル繊維の増産を進めている。紡織加工のタイナムシリインターテックスも環境配慮素材を拡充し、タイ国内だけでなくASEAN域内でのサプライチェーンへの素材供給に軸足を置く。

 クラボウグループも事業の高度化を進める。紡織のタイ・クラボウはアパレルの中国からASEAN地域への生産シフトによる需要の取り込みを進めながら、現地の富裕層をターゲットとした高付加価値品の販売を強化する。染色加工のタイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)も機能加工や風合い加工など高付加価値加工を拡大させており、両社による一貫生産を強みとして打ち出す。

 タイの産業構造が転換期となる中、日系繊維企業も変化に対応することで新たな役割を確保する取り組みが加速する。

〈新規事業開拓を推進/旭化成アドバンス〈タイランド〉〉

 旭化成アドバンスのタイ子会社である旭化成アドバンス〈タイランド〉は、エアバッグ包材やカーシート向け撚糸など資材用途、カバーリング糸やテキスタイルコンバーティングなど既存事業の利益拡大と合わせ、新規事業の開拓を推進する。

 2023年度上半期は、衣料分野のカバーリング糸が堅調に推移したが、テキスタイルコンバーティングが苦戦した。日本向けが中心のため、タイの競争力低下で中国や他のASEAN諸国との競合で売り負けるケースが増えている。

 一方、産業資材分野はエアバッグ包材が回復基調。カーシート用撚糸も採用車種による濃淡はあるものの、一部で回復が鮮明になっている。

 今後も引き続き既存事業で確実に利益を確保することに取り組むほか、新たな収益源となる新規事業の開拓に取り組む。また、環境負荷低減の取り組みも重視。工場にソーラーパネル発電を導入し、5月から稼働を開始した。これにより消費電力の23%を賄えることになり、その分の二酸化炭素排出量を削減できる。

〈7月から新体制スタート/タイ東海〉

 東海染工グループの染工場であるトーカイ・ダイイング〈タイランド〉(タイ東海)は、人員体制を再編し、このほど新体制がスタートを切った。“戦力の集中”によって利益体質の確保を目指す。

 タイ国内市場はコロナ禍からの回復が続くが、テキスタイル市況に勢いがない。中国や近隣のASEAN諸国から安価な製品の流入が増加していることが背景にある。こうした中、エネルギーコストや染料・薬剤価格の上昇で利益も圧迫された。

 このため同社は不採算部門の整理や生産効率を重視した人員体制の再構築を進めており、7月から新体制がスタートした。生産、人員、“知恵”を集中させる“戦力の集中”をキーワードに、利益率の高い取引先との取り組みを主軸に置くことで、受注のベースとなる基礎加工を取り込む戦略を推進する。

 新体制によって大規模生産を維持せずとも利益を確保できる体質を構築する。また、新規取引先の開拓にも取り組み、“戦力の集中”によって実現したコスト競争力を発揮することを目指す。

〈東レグループ/生産基盤整備と高付加価値化〉

 東レグループは、合繊長繊維製造のタイ・トーレ・シンセティクス(TTS)と紡織加工のトーレ・テキスタイルズ〈タイランド〉(TTT)ともにタイの産業構造の転換に合わせた生産基盤の整備を進めており、生産品種の高付加価値化に取り組む。

 2023年度上半期(4~9月)はTTS、TTTともに厳しい事業環境が続いた。TTSの産業用原糸はエアバッグ用ナイロン長繊維やシートベルト用ポリエステル長繊維ともにタイの自動車生産台数回復に合わせて販売量も復調しつつあるが、依然として期待した水準に届かない。漁網など一般産業用は需要が低迷している。衣料用ポリエステル長繊維も欧米アパレルの生産調整で需要に勢いがない。

 TTTは長繊維織物がメガブランド向けで販売が拡大したが、ポリエステル・綿混織物は依然としてシャツ地などの市況が低迷していることで苦戦。ただ、ポリエステル短繊維100%織物は中東やインド向けで販売が増えている。エアバッグ基布は4~6月こそ苦戦したが、7月以降は順調に回復した。

 在タイ国東レ代表の松村正英執行役員トーレ・インダストリーズ〈タイランド〉社長は「労働力不足や人件費上昇によって、もはやタイでの労働集約型モノ作りは成り立たない」と指摘する。

 このため今後は新たな産業構造に対応するために生産基盤の整備に取り組む方針。省エネルギー、省人化やデジタル技術で企業を変革するDXに向けた投資を進めていく。

 生産品種の高付加価値化を一段と加速させる。ASEAN域内の東レグループ各社が生産する差別化原綿を活用した高付加価値テキスタイルの開発を強化するほか、長繊維は延伸加工糸(DTY)の複合紡糸導入も検討する。ポリエステル、ナイロンともにリサイクル原料を活用した環境配慮型商品の拡大も進める。

〈衣料用途でシェア拡大へ/タイ蝶理〉

 タイ蝶理は、市況が低迷する衣料用途のテコ入れを進める。主力の合繊長繊維に加えて、同じ蝶理グループのSTXと連携し、STXが得意とする天然繊維の取り扱いを強化することで取引先内でのシェア拡大を目指す。

 2023年度上半期は、引き続きコロナ禍からの回復があり増収増益を確保した。原料販売はカーシート向け原糸や車両資材向け生地が堅調に推移。テキスタイル事業は中東民族衣装用織物の輸出好調が続いている。ただ、一般衣料用途は市況低迷が続く。

 今後に関しては、現在好調な分野や用途は現在の流れが続くとみる。このため苦戦する一般衣料用途のテコ入れが課題。主力の合繊長繊維に加えてSTXが得意とする綿など天然繊維を使った商材の提案を強化する。既に綿ニット生地などで成果が出ており、量産も始まった。商品バリエーションを拡大することで、取引先内でのシェア拡大を進める。