春季総合特集Ⅲ(8)/三菱ケミカルグループ/三菱ケミカルアドバンストソリューションズBG バイスプレジデントアドバンストマテリアルズ本部長 松尾 弘樹 氏/変革の契機とすること

2023年04月26日 (水曜日)

 三菱ケミカルグループの繊維事業は回復軌道上を進んでいる。トリアセテート繊維「ソアロン」は海外販売が復調し、新型コロナウイルス禍前の水準に戻りつつある。2023年12月末でアクリル繊維事業から撤退するが、ソアロンのグローバル展開で成長を図る。三菱ケミカルアドバンストソリューションズビジネスグループ(BG)バイスプレジデントアドバンストマテリアルズ本部長の松尾弘樹氏は「繊維に加え、エンジニアリングプラスチック(エンプラ)と炭素繊維を合わせたアドバンストマテリアルズ本部全体で拡大を目指す」と強調し、ポイントの一つに環境への対応を挙げる。(3月23日取材)

――インフレを好機とするには。

 過去数十年を振り返ってもここまで極端なインフレは記憶になく、バブル経済を知らない人にとっては初めて経験するインフレ下でのビジネスなのかもしれません。このインフレがビジネスの好機だとは単純には言えませんが、さまざまなことを見直す契機になるのではないでしょうか。

 例えば繊維ですが、過去からの慣例をそのまま踏襲している部分もあります。商流や価格面のアプローチの仕方、事業の考え方などが時代に即しているかを見極め、変革のアクションを起こすのが今です。インフレを変革の契機とすることによって好機が生まれると思います。

――インフレが企業に与える影響は。

 コストアップは間違いなく、一時的に収益が圧迫されることは免れません。ただ、うまく対応していけばきちんと利益を出すことができます。アドバンストマテリアルズ本部で言えば、エンプラが好例です。価格を抜本的に見直したことでコストアップの中でも利益が確保できています。

 アクションを起こせばプラスに転じることは可能です。繰り返しになりますが、変革の契機とすることが必要です。アドバンストマテリアルズ本部では繊維の価格適正化も進めています。“後追い”にはなっていますが、対応はきちんとできていると捉えています。

――経済や市場の動きはどのように見ていますか。

 これまで経済をけん引してきた半導体分野が一休みの状況にあるため、足元の景気は下振れしています。とはいえ、それほど心配はしておらず、下半期以降には回復に向かっていくと予想しています。そこまで来れば消費者の間にも高揚感が生まれ、経済はかなり上向くと思っています。

 懸念材料はウクライナ情勢です。欧州の市場や企業は小さくない打撃を受けています。さらに中国にも影響が及ぶのではないかと危惧しています。中国がロシアに近づけば、米国との距離がこれまで以上に離れることが考えられます。中国は一大市場ですのでそのインパクトは計り知れません。

――アドバンストマテリアルズ本部の22年度(23年3月)の業績は。

 エンプラとコンポジットを含む炭素繊維、化合繊の大きく三つの事業を展開していますが、全般的に順調と言え、前期を上回る数字を見込んでいます。特にエンプラと炭素繊維は好調でした。エンプラは価格の適正化が進み、コストアップ分が吸収できました。

 炭素繊維は、風力発電翼用途や圧力容器用途などの引き合いが活発だったほか、航空機用途も回復基調です。供給にタイト感が生じ、これが価格是正に優位に働いたことも奏功しています。前半は半導体やスポーツ・レジャー分野も良好でした。繊維もソアロンの需要が回復し、コロナ前の水準に戻りつつあります。

 撤退を決めたアクリル繊維は、売り上げで苦戦しています。中国向けが大きなウエートを占めているのですが、コロナ禍によるロックダウン(都市封鎖)などの影響を受けました。細繊度化や高機能化など、高い技術を持っているのですが、収益を押し上げるまでには至りませんでした。

――今年度はどこに重点を置いて施策を進めますか。

 事業ごとにめりはりの利いた取り組みを行う計画で、「ここぞ」という分野にリソースを集中することで成長を目指します。それが半導体分野や医療機器分野で、市場の拡大によって素材販売の伸長が見込めますので、エンプラ事業や炭素繊維事業をメインに販売拡大を志向していきます。

――ソアロンの販売戦略は。

 ソアロンは、持続可能な形で管理された森林の木材を使用し、森林管理協会によるFSC―CoC認証を取得するなど、環境対応が強み。「エコテックススタンダード100」や「ブルーサイン」などの認証に加え、環境負荷度を可視化した独自の「ソアグリーン プログラム」の提案も顧客の役に立てると思います。

 カナダの森林保護団体が公開している「2022年ホット・ボタン・ランキング」評価で23ボタンを獲得し、森林保護に配慮していると認められたグリーンシャツステイタスに到達しました。これらを武器に欧州や中国市場での拡販を図ります。中国向けは欧州向けよりも輸出量が多いので、一層の成長に期待しています。

――30年やそれ以降の長期的な取り組みについては。

 サステイナビリティーは無視することができません。それぞれの事業がどれほど環境負荷低減に貢献できているのかを見ていかないといけないでしょう。同時に、商品ありきの営業であるプロダクトプッシュではなく、市場ニーズをつかんで商品やサービスを提供するマーケットプルへ移行することが重要です。

 水素をはじめとする新エネルギーに注目が集まる中、三菱ケミカルグループとしてどのようなサービスを提供するのか、回復が期待される半導体などの注力市場にどのようなソリューションが提供できるか。そういった取り組みを重要視していきます。

〈インフレを実感するとき/週1クッカーも実感〉

 週末には家族に料理を振る舞う機会が多いと話す松尾さんは、食材をスーパーに買いに行った際にインフレを実感していると言う。「子供が洋食好きなのでパンに合うシチューなどをよく作る。野菜や卵をはじめ、ほとんどの食材が値上がりしているが、シチューに入れる牛肉の価格がかなり上昇している」のだとか。“週1クッカー”なので「高いと思いつつ、必要な物を購入している」が、「これ以上値上がりするとさすがに節約の文字が頭に浮かぶかもしれない」と語る。

【略歴】

 まつお・ひろき 1993年三菱油化入社。2011年三菱化学ポリマー本部機能性樹脂事業部TPE、21年三菱ケミカルポリマーズ&コンパウンズドメインポリマーズディビジョンパフォーマンスポリマーズセクター長、22年4月同フィルムズ&モールディングスドメイン長付、同年7月同アドバンストソリューションズBGバイスプレジデントアドバンストマテリアルズ本部長