春季総合特集Ⅲ(6)/クラレ/社長 川原 仁 氏/必要とされる製品の開発/三つの挑戦さらに前へ

2023年04月26日 (水曜日)

 2026年度(26年12月期)が最終の中期経営計画を実行中のクラレ。初年度の22年度は、過去最高の売上高と営業利益、経常利益を達成するなど業績面で順調なスタートを切り、施策に掲げた「機会としてのサステナビリティ」「人と組織のトランスフォーメーション」などの三つの挑戦にも取り組んだ。川原仁社長は、23年度の事業環境について「地域や用途・分野によってまだら模様」とした上で、基本施策として「三つの挑戦をもう一歩、二歩前に進めるほか、新増設設備の確実な立ち上げなどに重点を置く」方針だ。業績では売上高で過去最高の更新を目指すなど、中計を着実に推進する。

――インフレを好機とするには何が必要なのでしょうか。

 クラレは、「スペシャリティ化学企業」として、特色のある付加価値の高い製品を開発・製造・販売しています。モノの価格は、19年の米中貿易摩擦の頃から徐々に上がり、ウクライナ問題で一気に加速しましたが、現在のインフレ局面でも当社のオンリーワン、ナンバーワン製品は顧客に評価されています。

 原燃料価格上昇の影響があり、コストダウンなどの自助努力を続けていますが、カバーできない分は価格転嫁を行っています。多くの製品で転嫁が進んだのですが、世の中に必要な製品、エッセンシャルマテリアルだからだと自負しています。デフレとインフレに関わらず、顧客とその先にいる消費者に認められ、必要とされる製品の開発・提案が求められます。

――インフレへの対応策は。

 幾つかの段階を経て価格が上がり、ロシアのウクライナ侵攻で加速したとお話ししました。ウクライナ問題で起こった急激な原燃料アップによるコストプッシュインフレに対応が追い付いていないのが現状です。価格転嫁は何段階かに分けて粘り強く取り組む必要があります。サプライチェーンが長く、浸透するには時間がかかります。

 特に日本で言えることですが、物価が上昇する中で、所得も上がらないといけないと考えています。当社も今年は組合員平均で8%の賃上げを実施しました。管理職の処遇改善も行っています。物価高の中でも安心して働ける環境を従業員に提供し、企業の付加価値や生産性向上につなげていくことが重要です。

――中小企業にとって人件費増は大きな負担です。

 コストプッシュ型の一時的なインフレなのか、見極めがいるでしょう。原燃料価格は昨年と比べると落ち着いていますが、ロシアとウクライナの争いは続いており、先は分かりません。コストプッシュインフレが継続すれば賃金アップにも限界があります。大手企業、中小企業、政府、公共団体の全てで構造改革が不可欠です。

――中計初年度を振り返ると。

 中計では、「機会としてのサステナビリティ」「ネットワーキングから始めるイノベーション」「人と組織のトランスフォーメーション」の三つの挑戦に取り組みました。すぐに成果は表れませんが、分科会やワークショップを含めて実施し、社内の一体感も強くなったと感じています。

 業績面では、売上高と営業利益、経常利益で過去最高を更新し、純利益も過去最高に近い水準に達しました。原料高や物流の混乱、半導体不足などの影響がある中で結果を残せたのは、当社の製品が顧客に必要とされたからです。売上高は円安によるかさ上げが数百億円ありましたが、利益は高く評価できると考えています。

――23年度の経済や市場の動向は。

 ロシア・ウクライナ情勢の先が見通せず、何が起こるか分かりません。特に欧州は不透明で、物価高に対して政策金利が上げられたことで需要の停滞が懸念されます。用途にもよりますが、半導体不足も今年の後半までは解消しない可能性があります。不確定要素が多く、心配は尽きないと言えるかもしれません。

 一方で、昨年の欧州が暖冬だったことで天然ガスの備蓄が進み、原燃料価格は落ち着きを見せています。とはいえ、これも今後は判然としません。需要減や買い控えによって製品価格が軟化することも考えられます。地域や用途でまだら模様ですので、しっかりとウオッチしていかなければいけないでしょう。

 中国は、ゼロコロナからウイズコロナへの転換で経済が戻りつつあります。ただし、まだ力強さが欠けているという印象です。企業もスタートダッシュができているとは言えないのですが、年央から年末にかけてプラスに向いてくると予想しています。とはいえ、欧米の景気の影響を受けますので注視が必要です。

――中計2年目の滑り出しと基本の施策は。

 1~3月の数字はまだ出ていませんが、物の動きを見ると、経済や市場と同様にまだら模様となっています。ビニルアセテート関連が想定通り順調に推移し、厳しいと予想していた光学用ポバールフィルムも中国市場向けが上向いてきました。食品包装材も堅調に推移しています。繊維は全般的に厳しい状況です。

 施策では、三つの挑戦をもう一歩、二歩前進させます。そのほか、タイでイソプレン関連事業のプラントが完成しました。すぐにフル稼働と言うわけにはいきませんが、きちんと物にしていきます。同じく今年中ごろに米国で活性炭の新設備が立ち上がる予定ですので、しっかりと取り組みます。

 順調な稼働状況にあるポリアリレート系高強力繊維「ベクトラン」も今年度から来年度にかけて生産能力増強の可能性を探ります。どれぐらい能力を増やすかなども検討し、意思決定すればすぐに動きます。

――クラレにとって今後の重点市場は。

 世界中で展開していますので、特定の国や地域にフォーカスはしないのですが、22年度の地域別売上高では欧州が最大でしたので、景気減速の懸念があるとはいえ、欧州市場には力を入れていきます。米国、日本、中国とそれぞれ力を入れ、今年度は売上高で過去最高の更新を目指します。利益は昨年に届きませんが、中計に織り込み済みです。

〈インフレを実感するとき/昼、会社の外で〉

 テレビや新聞などで値上げのニュースが取り上げられることが多く、毎日のようにインフレを感じているという川原さんだが、特に会社の外でランチを食べる時に実感している。同じ店に通うのではなく、さまざまな店で食べているが、「どこも価格が上がっている」と語る。「人件費や材料費、光熱費も上がっているので値上げは仕方がない」と理解を示し、「経済を循環させるための適正な価格を支払っていると思っている。企業経営者の役割の一つ」と話す。

【略歴】

 かわはら・ひとし 1984年クラレ入社。2010年樹脂カンパニー企画管理部長、16年執行役員、18年常務執行役員ビニルアセテート樹脂カンパニー長、19年3月取締役などを経て、21年1月代表取締役社長就任