特集 アジアの繊維産業(5)/タイ/地理的優位性を生かす/タイ旭化成スパンデックス/旭化成アドバンス〈タイランド〉/タイ・クラボウ/TTDF/タイ蝶理/タイ東海

2023年03月10日 (金曜日)

 ASEAN各国が新型コロナウイルス禍による経済的打撃から急速に回復する中、タイの回復がやや遅れている。このため繊維産業を取り巻く環境もまだら模様が続く。こうした中、タイの地理的優位性を生かし、ASEAN市場だけでなくインド市場でのビジネス拡大のハブとしての役割が一段とクローズアップされる。

〈出遅れる経済の回復〉

 タイ国家経済社会開発委員会によると、タイの2022年の実質GDP成長率は2・6%となった。21年の1・5%からは上げ幅が拡大しており、コロナ禍による打撃から緩やかに回復している。ただ、ASEAN主要5カ国では最も低い成長率であり、他国と比べて回復に出遅れ感がある。

 回復遅れの要因の一つが、主要産業である自動車産業が世界的な半導体不足などの影響で回復に勢いがないことがある。タイ工業連盟のまとめによると、22年の自動車生産台数は前年比11・7%増の188万3515台だった。大幅増加ではあるが、コロナ禍前の19年実績である210万3710台には及ばない。

 GDPに占める割合が大きい観光業も完全復活とまではいかない。22年5月から入国規制も段階的に緩和され、観光業も正常化に向かったが、これまで観光客の大きなウエートを占めていた中国からの観光客が回復していない。

〈アジア戦略のハブに〉

 経済の回復が勢いを欠く中、繊維産業の状況もまだら模様。貿易収支が第3四半期(7~9月)に赤字に転じ、バーツ安となったことからタイからの繊維輸出には追い風となる一方、物価上昇もあって国内市場に勢いがない。緩やかとはいえ回復基調が続く自動車関連など資材分野は今後、国内市場も回復に向かうだろうが、問題は衣料分野だ。

 タイは既に少子高齢化が始まっており、ベトナムやインドネシアなど他のASEAN主要国と比べて生産拠点としての競争力も市場としての魅力も低下傾向にある。このため、タイに拠点を置く日系繊維企業も、特に衣料分野で新たな戦略を描く必要性がある。

 一つは、他のASEAN諸国と比べて生産品種が高度化していることを生かし、欧米市場向け高付加価値テキスタイルの供給拠点となることだろう。実際に東レや帝人フロンティアは、タイで生産するポリエステル加工糸やスポーツ向けテキスタイルの欧米アパレルへの販売を拡大させている。

 欧米アパレルの縫製拠点がASEAN地域にシフトしていることも追い風になる。加えて欧米アパレルがサステイナブル素材への要求を強め、実際に輸入品に対する環境規制を強化する流れが鮮明になっていることから、サステイナブル素材や環境配慮型生産プロセスの導入をどれだけタイで実現できるようになるかが今後の業容を左右する。

 もう一つは、隣接するASEAN域外のアジア市場への橋頭保の役割だ。特にここに来て注目が高まっているのがインド市場である。例えば東レはタイで生産する産業資材原糸、民族衣装用テキスタイル、ブレーキホースコードなどのインド市場での拡販に取り組む。ASEANとインドの間で自由貿易協定が結ばれていることも優位性となる。

 ASEAN地域の中央に位置し、インドにも近いという地理的優位性を生かし、アジア戦略のハブの役割を担うことがタイの今後の存在価値となる。

〈タイ旭化成スパンデックス/サステ対応加速〉

 スパンデックス製造販売のタイ旭化成スパンデックスは、要求が一段と強まる機能糸やサステイナブル対応への取り組みを進め、商品の高付加価値化に取り組む。

 2022年度は、原料価格の高騰こそ落ち着きつつあるものの、世界的にスパンデックスの需要が減退しており、販売も鈍化した。そうした中、機能性を持った高付加価値型製品やサステイナブル商品は需要が継続している。このため23年度も引き続き機能性製品の拡販とサステイナブル対応の加速による企業価値の向上に努める。

 社会的要請にも応えるため、リサイクルや温室効果ガス(GHG)排出量の削減などに重点的に取り組む。これにより社会と顧客から環境負荷の少ないマテリアル企業として認識されることを目指す。社会環境の変化に素早く対応するためにもデジタル技術で企業を変革するDXの活用と、それが可能なDX人材の育成に取り組む。

〈旭化成アドバンス〈タイランド〉/有望分野に経営資源投入〉

 旭化成アドバンスのタイ子会社である旭化成アドバンス〈タイランド〉は、有望分野への経営資源投入を進め、新規ビジネス構築のための仕掛け作りに取り組む。

 2022年度は、カバーリング糸やテキスタイルコンバーティングなどアパレル分野でグローバル市場向けが回復基調。ただ、日本向けはタイのサプライチェーンが一部傷んだこともあり低調だった。エアバッグ包材やカーシート向け撚糸など自動車関連は、採用されている自動車メーカーや車種によって明暗が分かれており、まだら模様となる。

 このため23年度は、不採算分野の見極めと再構築、有望分野への経営資源投入シフト、未来に向けた新規ビジネス構築の仕掛け作りに取り組む。

 新型コロナウイルス禍でグローバルサプライチェーンの弱点が露呈したことから、現地調達の重要性も高まった。こうした流れを受け、域内完結のサプライチェーン構築にも取り組み、地政学的リスクや為替急変リスクへの耐性を高めることも目標に掲げる。

〈タイ・クラボウ/ASEAN域内の販売強化〉

 クラボウグループの紡織会社、タイ・クラボウは差別化品の開発・提案を強化し、ASEAN域内販売の拡大を進める。

 2022年度は、新型コロナウイルス禍からの回復や、物流停滞を懸念するアパレルが発注を前倒しした影響もあり、タイ・クラボウの受注も大幅に増加した。バーツ安が加速したことも海外向け販売で追い風だった。

 ただ、日本向けは伸び悩んでいる。このため23年度は引き続き経済成長による購買力増加が続くASEAN域内への販売を重視。そのための差別化商品の開発と提案に力を入れる。

 同じクラボウグループの染色加工会社、タイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)と連携することで、タイ国内で紡績、織布、染色加工まで一貫生産できることも差別化品開発の強みとする。

〈TTDF/コストダウンとロス削減〉

 クラボウグループの染工場、タイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)は生産効率向上とコストダウンに取り組み、受注単価の引き上げも進めることで利益率の改善に取り組む。

 2022年度は受注が回復傾向となり、22年3月からフル稼働となった。このため前年度比増収となったが、エネルギーコストや薬剤価格の高騰で利益面では厳しい状況が続く。このため23年度は生産性向上とコストダウンによる工場原価低減とロス削減を進める。

 ここに来て中国生産からASEAN地域への生産シフトが起こっており、今後はベトナムやラオス、カンボジア、バングラデシュなどでの縫製が増加する公算が大きい。タイはASEAN地域でも中心的な位置にあり、地理的優位性を生かし素材の生産拠点としての地位確立を目指す。

 そのために紡織のタイ・クラボウと連携し、複合素材の拡大や短納期・小ロット生産にも柔軟に対応する生産体制を確立する。

〈タイ蝶理/衣料用原料は伸び代ある〉

 タイ蝶理は、蝶理グループに加わったSTXとのシナジーを生かし、主力の合繊長繊維に加えて天然繊維や短繊維の取り扱いを拡大することで、特に衣料用途での業容拡大に取り組む。

 2022年度の繊維事業の業績は経済正常化の流れを受けて増収増益となった。売上高は新型コロナウイルス禍前の19年度水準まで回復しており、利益は19年度を上回る。テキスタイル事業は中東民族衣装用織物の輸出が回復し、原料販売はカーシート原糸が好調だった。

 ただ、衣料用はポリエステル長繊維、ナイロン長繊維ともに伸び悩んだ。タイの繊維製造業の競争力が低下し、需要自体が縮小している。また、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定によって競合する中国製生地がASEAN地域に流入しやすくなっていることも逆風となる。

 自動車関連や既存のテキスタイル事業は引き続き回復するとの見通しの中、衣料用途もまだ伸び代があるというのが同社の見方だ。特にこれまで取り扱いの少なかった天然繊維や短繊維を拡大することがポイントになる。

〈タイ東海/品質管理と生産性向上を徹底〉

 東海染工グループの染工場であるトーカイ・ダイイング(タイランド)(タイ東海)は、改めて品質管理の強化や生産性向上に取り組み、利益率の改善を進める。

 2022年度は海外市場からの受注が回復傾向にあったものの、22年10月以降は市況が悪化している。タイ国内の衣料品市況も依然として低調。加えて原材料やエネルギーコストの高騰が続いており、事業環境は厳しい。

 世界的なインフレの影響もあって原材料高騰が続いており、先行きが見えない状況だ。このため23年度は品質管理の強化や生産効率化でコストダウンを図り、利益率の改善を進める。徹底した無駄の削減を実現する。

 サプライチェーンのパートナー間で業務の可視化、情報の共有化を進め、社外からのインプットを生産計画に取り込むことにも取り組む。