クラレ/ビニロン事業化70周年
2020年12月01日 (火曜日)
〈クラレ「ビニロン」/日本で初めて工業化〉
《クラレの原点である「ビニロン」》
クラレの「ビニロン」が事業化から70周年を迎える。ビニロンはポリビニルアルコール「ポバール」を原料とする合成繊維で、高強力、親水性、耐薬品性、耐候性などを特徴とする。
現在では、主に使用規制が進むアスベスト代替繊維としてのセメント補強材用途や工業用途を中心に年産4万トンの供給体制をもつ。
ビニロンの工業化実現の背景には、「国民生活の復興に寄与する」という社会的な使命のもと、「国産原料を使って独自の繊維を生産したい」というクラレの第2代社長・大原總一郎氏の強い思いがあった。
《資本金の6倍を投ずる》
クラレは1950年に世界で初めて合成繊維ビニロンの工業化に成功した。それをさかのぼる40年、当時の岡山工場内の研究所に製造試験設備を導入している。
總一郎氏は国産のカーバイド(炭化ケイ素、炭化カルシウム、炭化タングステンなどの総称)を使用し、海外からの技術導入に頼ることなくビニロンの工業化を決断した。
当時のクラレの資本金の6倍相当の巨額資金を投じ工業化されたビニロンは第2次世界大戦で喪失した日本人の自信を回復させるきっかけにもなったという。
原料となるポバールは1924年にドイツのヘルマン博士によって発明されたが、クラレはポバールの量産化技術を世界に先駆けて確立しビニロンの工業化につなげた。
總一郎氏は工業化に当たり、当時の商工省(現・経済産業省)に対して、「繊維の原料から自分で手掛けないと品質は良くならない」と一貫生産の技術的重要性を粘り強く訴え、原料となるポバールの自社製造を実現させたという。
さらに独自の研究を進めた結果、強力なビニロンを開発。「ビニロン学生服」や「クレモナ万漁(漁網用ビニロン)」などを商品化し、衣料や農水産用途で不動の地位を確立した。1959年にはビニロンを全売上高の半分以上を占める基幹事業へと成長させた。1965年には国交正常化前の中国にビニロンプラントを輸出し、日中の民間友好にも尽力した。
その後、ビニロンの特徴を生かした用途の開発が進められ、欧州を中心にセメント補強材用途や製紙用途、自動車用オイルブレーキホースなどのゴム補強用途などに売り先を広げていった。
また、近年では革新的製造プロセスである「ビニロンVIP(Vinylon Innovative Process)」の開発にも取り組み、2015年にはパイロットプラントを、2018年には量産プラントの立ち上げにこぎ着けている。
このプロセスは製造工程のコンパクト化や効率化など数々の新しい製造技術を取り入れ、ゴム資材用途など特徴をもった製品の開発、拡大を目指しているという。
《クラレのコア事業・ビニルアセテート関連事業の拡大》
「オリジナリティーのあるものしか本当に世の中のために貢献して利益をあげる事業にはならない。独創性に裏打ちされていなければならない」。
總一郎氏の信念のもと、他人のまねをせず、独自開発にこだわりぬいて生まれたビニロン、そしてその原料であるポバール。
これらの製品はクラレの原点となり、後に市場で高いシェアを持つ光学用ポバールフィルム、エチレンを共重合し、高いガスバリア性を持ち、食品包装材、自動車燃料タンクなどに広く使われる「エバール」などにつながる。
2001年には合わせガラスの中間膜に使用されるPVB樹脂・フィルム事業の買収で製品群を拡充し、これらのビニルアセテートセグメントはクラレのコア事業に育っていった。
さらに、2012年に個包装洗剤などに使用される水溶性フィルムを製造・販売するMonoSol社、2015年にはバイオ由来のバリアフィルムを製造・販売するPlantic社を買収し事業拡大を続けている。
ビニロンの工業化により培われた高分子加工技術はクラレグループのさまざまなプラスチックシート・フィルム製品にも応用されているという。
〈取締役専務執行役員繊維カンパニー長 佐野 義正 氏/アスベスト代替を掘り起こす/新テクノロジーで事業拡大〉
――「ビニロン」が70周年を迎えます。
事業化当初の拡大を支えた学生服や海苔網・ロープなどの伝統的な資材用途から、アスベスト代替、自動車用オイルブレーキホース、アルカリマンガン電池セパレーターなど、この70年でさまざまな用途を開発してきました。
中でも、現在の主力用途であるセメント補強材用途は30年以上をかけて市場を開拓してきました。
これまでは早期にアスベスト規制が強化された欧米を中心に拡販に取り組んできましたが、今後はこれからアスベスト規制がより厳格化されていくインドや中国での需要増が期待できます。
全世界のアスベスト使用量は90万トンといわれており、これを繊維に換算すると約10万トンになります。当社は既にインドにある販売拠点に人員を配置して販売を開始していますが、今後もさらなる拡販に力を入れていきます。
――2026年に創業100周年を迎えますね。
来年は2022年から2026年までの5カ年計画を策定しますが、2026年はその新中期計画の最終年度となります。繊維セグメントはクラレグループ現中期計画において、「高付加価値品の拡大への取り組みを強化しながら、さらなる独自性を追求する」ことを掲げています。
この戦略のもと、社会課題に対して的確なソリューションを提供していきたい。例えば、第5世代高速通信の開始に伴い、さまざまな産業界でデジタルトランスフォーメーションが進みつつありますが、それに関連した電気電子分野において、高強力繊維「ベクトラン」や極薄不織布「ベクルス」の価値が大きく認められつつあり、供給体制や技術力をさらに強化し、販売拡大を進めます。
「クラリーノ」や「マジックテープ」では、リサイクル原料やバイオマス原料を使用しての製品作りなども進め、循環型社会の構築に対して大きく貢献していきます。
これら高付加価値品の拡大や「ビニロンVIP」などのプロセス革新による生産効率向上など、新たな施策に取り組んでいきます。私たちは企業ステートメントに「世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる」というミッションを掲げています。創業者である大原孫三郎、第2代社長の大原總一郎の思いを表現した言葉は、クラレが培ってきた独創性とチャレンジ精神の根幹であり、社会に対する価値創造のコミットメントです。
今後も、その思いを繊維カンパニーでも共有し、事業活動を通じた社会的課題の解決など社会との共創をしていきたいと思います。