2020年秋季総合特集Ⅰ(5)/トップインタビュー 三菱ケミカル/デジタルの活用がポイントに/繊維事業部長 大坪 正博 氏/新型コロナ機に施策加速
2020年10月26日 (月曜日)
三菱ケミカルの高機能成形材料部門繊維事業部は新型コロナウイルス禍で新たな取り組みを加速しようとしている。アクリル繊維と溶融繊維での資材分野の深耕が一つであり、トリアセテート繊維を使った製品の自社サイトでの販売もその一つだ。これらは以前から検討・推進してきた施策だが、新型コロナ感染拡大の影響で繊維産業を取り巻く状況が大きく変わりつつある今こそ本格化させる好機と見ている。繊維の高い技術力にデジタルツールを組み合わせて、困難な時代を乗り切る。
――新型コロナとの共存によって、日本の繊維産業はどのように変わるでしょうか。
働き方や生活の仕方が大きく変わったと言えますが、その変化は新型コロナへの感染リスクを避けるために、人と人との接触を減らそうとしていることに起因しています。当社も社員の出社比率を抑えていますが、製造部門の社員は在宅勤務ができず、海外勤務者も高い感染リスクと闘いながら仕事をしています。本当に感謝しています。
働き方の変化ではデジタルの活用が定着・加速してきました。ウェブ展示会も珍しくなくなり、当社もトリアセテート繊維「ソアロン」でウェブ展示会を開いています。アクリル繊維では、アリババグループ(中国)のネット通販サイト「Tモール(天猫)」と協業し、マイクロタイプの「ミヤビ」や制電タイプの「コアブリット」をアパレル企業に展開しています。
――生活様式の変化については。
少し流れは変わってきたかもしれませんが、外出自粛ムードが高い時は小売店頭に足を運ぶ人の姿をあまり見掛けませんでした。ネット通販などで家の中で気軽に物が買えることも後押しました。こうしたことからビジネス服をはじめ、外で着用する衣服は厳しい状況ですが、凝った部屋着の購入は増えています。繊維業界にとってはプラス面とマイナス面の両方があったと言えます。
――そのような状況下で、三菱ケミカルの繊維事業部はどのように対応するのでしょうか。
全体的に不透明感が強くてはっきりとは言えないのですが、経済の状況を見ると、自動車関連分野は回復基調に入り、そのほかの資材分野も動いています。一方で衣料品は厳しさが続いています。中国市場は比較的元気なのですが、日本国内の市場と欧米市場は勢いを欠いた状態が継続しています。こうしたこともあって繊維事業部では資材を強化する方針です。
資材の強化はアクリルと溶融繊維を軸に考えています。資材では、ポリプロピレン繊維(PP)が建築資材である養生ネットなどで活用されています。元々ポリエステルが使われている分野なのですが、当社独自の難燃性付与技術とPPが持っている軽量性、疎水性などの特徴が評価されました。アクリルでは不織布がワイピングに使われています。
そのアクリルでは、0・1デシテックスの極細アクリル「XAI」(サイ)の提案を強めています。防音材料に混合する機能性繊維です。これまで自動車関連用途を中心に提案を行ってきましたが、建築関連など、防音性が求められる他の領域・分野でも「使いたい」といった声が出てくるようになりました。極細繊維の安定生産は難しく、当社の技術力が生かせると考えています。
――ソアロンを中心とする衣料分野ではどのような施策を進めますか。
ECサイトでの製品展開を検討しています。これは川下ビジネスに進出して利益を上げようとするものではなく、ソアロンの認知度向上を図るための取り組みです。ソアロンは木材パルプを原料とする半合成繊維で、原料調達からテキスタイル製造までの各段階でサステイナビリティーを担保するため、各種第三者認証を取得しています。環境負荷度を客観的に示すための独自プログラムも設定しました。
素材特性や環境への取り組みは国内外のアパレル企業などに評価されていますが、消費者にはあまり知られていません。製品の展開によって消費者との距離を縮め、認知度の向上につなげます。自社ECサイト立ち上げの準備に入り、来年度にも販売を始めます。カジュアル製品などをそろえる予定ですが、実際の商品や価格帯については今後詰めていきます。
――製品展開はソアロンだけなのですか。
ソアロンだけでなく、そのほかの繊維でも製品展開に取り組んでいます。ポリエチレン繊維「HIYAKKOI」(ヒヤッコイ)を使用した冷感立体マスク、複合紡糸技術で製造したアクリル・セルロース系繊維を物理的に割繊して作ったナノファイバー不織布はウエットワイパーとして用いることが可能です。これらの製品も自社素材の訴求の一環として開発しました。
――2020年度上半期(4~9月)における繊維の販売状況と下半期以降の基本施策は。
小売店舗が店舗休業・営業時間の短縮を余儀なくされるなど、新型コロナによって衣料品市場は大きな打撃を受けました。物が流れていない状況の中で素材販売も苦しかったと言えます。資材分野は底打ち感が出て、建築関連も堅調な動きを示しましたが、全体としては前年の実績には届かない水準で推移しています。
下半期以降の施策については、先ほど話したようにアクリル繊維と溶融繊維で資材用途の深耕に注力します。ソアロンはサステイナビリティーを軸に国内外で提案を強化します。製品展開による認知度向上もその一環です。これらは以前から検討・推進していた施策であり、新型コロナ禍によって本格的に動き出したという感じです。
国内では北陸産地の織物企業やニット製造業などとの連携をこれまでと同様に進めていきます。
〈私の新常態/皿うどんなら5分〉
単身赴任生活を延べ18年間経験し、今年4月から19年目に入った大坪さん。単身赴任先の住まいは、仕事を終えて“寝に帰る”だけの場所だったが、新型コロナの影響による在宅勤務で、家で過ごす時間が増えた。「これだけ長時間部屋にいるのは初めてで、まさに新常態。カーペットのへたり具合も全く違う」と笑う。自身も大きく変わった。飲みにいく回数が減ったことと散歩にいく機会が増えたことで体重は4キロ減。料理の腕前も上がり、皿うどんなら5分で作れるとか。
〈略歴〉
おおつぼ・まさひろ 1993年三菱レイヨン入社。2017年三菱ケミカル豊橋事業所溶融繊維製造部長、19年高機能成形材料部門繊維本部繊維素材事業部アクリル繊維グループマネージャー、20年高機能成形材料部門繊維本部繊維事業部長。