特集 スクールユニフォーム(1)/変わりゆく業界の地図

2019年09月30日 (月曜日)

 これまで100年以上の制服文化を守り続けてきた学生服業界が大きく変わろうとしている。LGBT(性的少数者)に配慮した制服の浸透や、制服モデルチェンジ(MC)にとどまらず学校支援にまで踏み込んだ事業の広がりなどで、次の成長を意識した各メーカーの動きが多様化しつつある。学生服メーカーで売上高2位のトンボが4位の瀧本を5月末に子会社化した。そのことはこれからの大きな変化を予感させる前触れなのかもしれない。

〈トンボが瀧本を子会社に〉

 「学生服業界が先細り、市場縮小が目に見えている」――トンボは5月31日に日鉄物産から瀧本の株式の51%を取得し、子会社化した。その狙いとして、トンボの近藤知之社長は「根底の大きな要因にモノ作りが背景にある」と話す。トンボは2014年6月期の連結売上高が250億円で、直近の19年6月期は290億円以上になる見通しで、この5年で40億円以上売り上げを伸ばし順調に市場でシェアを伸ばしてきた。

 売り上げ拡大に伴い、この数年、国内での生産基盤を強化。14年にブレザー生産のトンボ倉吉工房(鳥取県倉吉市)を開設。18年にはその隣接地に、スクールスポーツ用のトンボ倉吉工房スポーツ館を新たに増設した。

 しかし、学生服市場そのものは縮小する傾向にある。既に出生人口は100万人を切り、今後10年で中高生の新入生は15%減少すると予測される。近藤社長は「売り上げに影響するだけならいいが、生産現場でワーカーの人手不足が深刻になってきた」と説明する。特に4月に施行された働き方改革関連法と、改正出入国管理法の影響を懸念する。

 繁忙期の3~5月は、働き方改革関連法で240時間までの残業が上限となる。アルバイトや派遣社員の人員確保が必要となり「人件費や生産性の低下が考えられ、利益確保が厳しくなる」(近藤社長)。外国人の実習制度についても改正出入国管理法でさらに特定技能の制度が創設されたが、縫製業での在留資格は対象外となり、「今後は海外実習生の労働力の確保が難しい」と危機感を募らせる。

 トンボにとっても協力工場を活用する機会が少なくない中、瀧本と「プラットホームで生産キャパシティーを共有し、効率的な生産を考える」。瀧本の従来の親会社だった日鉄物産が持っている海外生産のキャパシティーでの連携も将来的に見据える。

〈大手は“3強”時代に突入〉

 生産面はキャパシティーでの連携を模索しつつも、販売面では前線でトンボ、瀧本の両社が競合相手となることを想定する。「瀧本は『スクールタイガー』といった有力なブランドを持ち、伝統もある。そのブランド力を生かしたい」(近藤社長)と、両社でMC校やスポーツの新規採用校を獲得する図式を作り、互いに「切磋琢磨(せっさたくま)しながら市場でシェアを広げる」。

 学生服メーカーの売上高だけを見ると、2位のトンボが4位の瀧本を子会社化することで、菅公学生服を抜き、1位に躍り出る。少子化で生徒数の減少が深刻化する中、大手“3強”を中心に業界再編が本格化する可能性がある。

 瀧本は都市部の私立学校への供給に強いとの定評があったが、近年は菅公学生服、トンボ、明石スクールユニフォームカンパニー(明石SUC)の大手3社の攻勢が激しく、MC校の獲得では後れを取っていた。

 この2年間の決算を見ても3社が増収基調の一方で、瀧本のみ減収が続いていた。18年度も瀧本は減収になる見通しで、他の3社は増収を確保する見込み。大手4社の中でも売上高の格差が広がりつつあった。

 今回の大手2位と4位の大型統合によって、トンボグループの売り上げ規模は約383億円(19年6月期の見通し)となり、トップの菅公学生服の売上高348億円(18年7月期)を超えることになる。さらにトンボはユニフォーム業界全体の売り上げ規模でも最大手となる。

 アソート(商品の詰め合わせ)やLGBT対応といった市場のニーズの変化とともに、少子化による市場縮小で先行きが見通しにくくなる中、今回の大型統合をきっかけに業界再編が進む可能性がある。

〈業界再編に一歩踏み出す〉

 トンボの瀧本子会社化を業界はどのように見ているか。ある学生服メーカーの首脳は「他の業種の子会社になるより、業界を知るトンボで良かった」と肯定的に捉える。異業種が参入し価格競争が激しくなり、海外での生産が増えれば、ただでさえ多品種小ロット化するニーズに対応しきれなくなる。

 4月の入学式までに制服の供給を間に合わすといった、一般の消費者が“当たり前”と考える状況が一変する可能性も考えられる。素材メーカーの関係者も「他の業種だった場合、供給構造が大きく変わった可能性もあったが、当面は変わらないと思う」と胸をなでおろす。

 一方で「これをきっかけに業界の構造が大きく変わってくるのでは」(学生服メーカー関係者)と指摘する声も少なくない。16年に初めて100万人を下回った出生数は、17年には94万6千人、18年には91万8千人と減少に歯止めがかかっていないだけにこれからの市場縮小は必至。少子化に左右されない新たな事業の構築か、M&Aによる市場シェアの徹底した拡大か、いずれにしても次の方向性を探る段階に入ってきた。

〈売上高過去最高も減益に〉

 学生服メーカーの大手3社はここ数年、入学商戦で制服MC校やスポーツでの新規採用校の獲得が順調だったことから、2015年度以降増収基調が続く。しかし、16年度以降は人件費、物流費、原材料などさまざまなコストアップでトンボ以外が減益に転じ、17年度は売上高が3社とも過去最高だったにもかかわらず、減益だった。

 18年度についても引き続き増収で過去最高の売上高を達成しながらも利益面は低調になりそうだ。明石SUCを含む明石グループの19年5月期連結決算は、10期連続で増収だったものの、3期連続で減益だった。

 トンボは子会社化した瀧本を除く19年6月期連結決算について増収を見込む一方で物流コストの増加などで減益の見通しを立てる。18年7月期で純損失を出した菅公学生服も19年7月期はスポーツの売上高が100億円を超える見通しなど堅調に売り上げを伸ばすものの、利益面は不透明。

 各社ともMC校の獲得を伸ばしているだけに生産、物流の効率化が課題となる。菅公学生服は生産が追い付いていないことから「今年中にも素案を出し、生産改革を進める」(尾﨑茂社長)。今期も20年入学商戦に向けたMC校の獲得やスポーツの販売が堅調に進む中、「根本的に(生産)能力が足りていない」ことから、基幹工場を軸に人工知能(AI)とモノをインターネットにつなげるIoTを取り入れ「さまざまな仕組みを一新する」と言い、大型の設備投資を想定する。

 物流拠点も5カ所に集約し、年内に前橋市と宮崎県都城市に相次いで物流センターを稼働させる。

 数年後には関東市場で100億円の売り上げ規模を目指すトンボは、21年までに茨城県笠間市に新物流センターを設ける。東京本社の物件全てを新物流センターからの出荷に切り替え、アソート業務など物流の効率化を進めながら「新物流センターの完成によってさらに関東でのシェアを高めたい」(近藤社長)と言う。

 明石SUCは20年の入学商戦はここ10年で最高となるMC校、生徒数を獲得する見通し。それだけに採算が悪化する傾向にある自家工場の生産性の向上が課題になる。自家工場では「納期に合わせてモノ作りをするのではなく、日々の目標を設定する」(河合秀文社長)といった意識改革の必要性を示唆する。

 さらに多品種小ロット短納期の流れが強まり、「採算が取れる原価の見方と実際にかかったコストでずれが生じ始めてきた」ことから原価管理の見直しも進め、利益を確保できる体制の構築を進める。

〈増えるLGBT対応に苦慮〉

 SDGs(持続可能な開発目標)の中で、ジェンダーの平等を実現しようという目標が掲げられ、制服にもLGBTに配慮した制服開発が広がってきた。福岡市立の中学校では長年採用されてきた詰め襟服とセーラー服の制服(標準服)をブレザー化し、生徒がスカートかズボンを選択できるようにするなど、全国でLGBTへ配慮した制服の採用が着々と進む。

 ブレザーになれば学生服メーカー以外も参入しやすくなり、より一層の市場での競争が激しさを増す可能性がある。

 トンボの近藤社長は「制服の歴史は日本で開かれた五輪とともに変わってきた」と話す。1964年の東京五輪の時は、詰め襟服の需要が年間1千万着あったのに対し、70年には430万着と激減。72年の札幌五輪の際は、札幌市内の高校で詰め襟服からブレザーに変わる動きがあった。2020年には東京五輪・パラリンピックがある。大きなテーマとなりつつあるLGBTは、これからの制服の歴史を変える可能性がある。

 福岡市内の中学校では来年をめどに詰め襟服からブレザーにする。同じ福岡県内の北九州市の中学校ではブレザー化に加え、現行の制服も残す。学校ごとの判断に任せる措置が取られ、メーカーにとって在庫をどう持つのか非常に判断が難しい状況になってきた。メーカーが長年蓄積してきたノウハウが通じず「従来のやり方を大きく変えるのではないかという懸念を持っている」(トンボの近藤社長)という声が聞かれる。

 菅公学生服では19年の入学商戦で女子向けの制服でスラックスを採用する学校が累計で約800校(前年約600校)を突破した。同社がインターネットリサーチを実施したところ、女子高生の4人に1人はスカートとスラックスの選択制を希望していることが分かり、学校らしさを表現しながらも、制服を着る生徒自身(本人)を第一に考えた制服の開発が求められつつある。

 明石SUCの河合社長は「一律に全て解決できる制服を作るのは難しい」としながらも、「どうすれば不安を持つ子供に合う制服を供給できるかを一緒になって考える努力をしていかなければいけない」と話し、メーカーがこれから果たすべき役割を問い続ける。

〈素材メーカーも採算悪化〉

 学生服メーカーに限らず、毛紡績や合繊メーカーの学生服地事業が採算悪化で苦境に陥っている。ここ数年、羊毛が歴史的な高値となる中、学生服地の商品の性格上、原料価格上昇を販売価格に転嫁しづらい側面がある。加えて染料・薬剤価格高騰による染色整理加工コスト上昇も採算悪化に追い打ちをかける。このため各社とも今後、価格改定を含めた対応を検討せざるを得なくなっている。

 羊毛は世界的に需要が増加する一方、生産量が減少するなど需給バランスがタイト化したことでここ数年、急激な上昇を続けた。ニッケ、東亜紡織、東レなどの学生服地事業は高騰で大きな打撃を受けており、2015年に各社が学生服地の値上げを実施したが、それ以降は販売価格が据え置かれ、学生服地事業の採算は悪化の一途をたどった。

 羊毛価格が下げに転じたものの「いま生産・出荷している生地に使われている原毛は歴史的な高値圏で調達したものが多い。このため採算は極めて厳しい」と各社とも苦境を訴える。自助努力の範囲を既に超えたとの見方を強めており、今後の価格改定を含めた抜本的な対応を検討せざるを得なくなるとの考えが強まっている。

 学生服メーカー、素材メーカー双方とも採算が悪化する中、値上げに向けた動きが一気に出てくる可能性がある。