2019春季総合特集Ⅱ(6)/トップインタビュー 三菱ケミカル/環境で新ビジネス創出/常務執行役員 福居 雄一 氏/アクリル繊維は資材深耕
2019年04月23日 (火曜日)
新時代を迎えた繊維産業の「キーワードは環境」と話す三菱ケミカルの福居雄一常務執行役員。エコロジーやサステイナビリティー(持続可能性)への要求は強まるばかりであり、それらに応えることができれば「まだまだ成長は可能」との認識を示す。「KAITEKI実現」をビジョンに掲げ、社会・環境課題解決へのソリューションの提供を図っている同社は、時代の要請への対応を事業拡大の原動力に変える。繊維事業については収益力の向上と改革のスピードアップに取り組む。
――平成はどのような30年間だったのですか。
グローバルな視点で繊維産業を語ると、継続的に発展してきたと言えるのではないでしょうか。平成に入った頃には3期目の成長期を迎えたといわれ、これからも合成繊維を中心に年率4%前後で拡大を続けるとみられています。一方、日本国内の繊維産業は、大手繊維メーカーによる生産品種の絞り込みが行われるなど、変革が続けられた30年でした。
事業の撤退もあった日本繊維産業ですが、力をなくしたわけではありません。コモディティー商品から付加価値商品へシフトし、高い機能や性能を持った糸・テキスタイルを輸出する国として世界をリードしています。要求が高まっているエコロジーやサステイナビリティーへの対応力も持ち、まだまだ成長が可能な産業です。
三菱ケミカルの繊維事業も同じことが言え、汎用素材から差異化された素材への転換を加速した時代でした。アクリル繊維がその象徴で、直近の10年間は独自素材へのシフトを加速し、一部は炭素繊維プレカーサーに変わっていきました。平成は幾つもの大きな変化がありましたが、次のステップのための時代でもありました。変化はチャンスであり、それを物にするポテンシャルを持っています。
――新しい時代の繊維産業は何が課題になると考えますか。
繊維の生産量は世界的には拡大していますが、同時に変化も続いています。その中で重要なキーワードとして浮上しているのが環境で、環境問題を解決するためのソリューションを求める声がこれまで以上に大きくなりそうです。当社は「KAITEKI実現」をビジョンに掲げ、社会・環境課題の解決に向けて多彩なソリューションを提供して社会とともに成長することを目指しています。
繊維に限らず、どの産業においても環境・エコロジー、サステイナビリティーに対応する、“コト”のビジネスが重要になり、新しい機会にもなっています。当社では、トリアセテート長繊維「ソアロン」で、国際非政府組織(NGO)の森林管理協議会によるFSC森林認証を取得しました。こうした取り組みと素材そのものが持つ価値が認められて、欧州や米国、中国市場での引き合いが従来に増して強くなっています。
IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)の高度化が加速度的に進展しています。それらの積極的な取り込みによる成長も課題の一つになってくるでしょう。スマート工場に代表される生産現場の効率化はもちろんですが、それに加えて、EC(電子商取引)やマスカスタマイゼーションの領域でも生かすことができます。
――2018年度(19年3月期)の繊維事業はどのように推移したのですか。
中国や欧州での経済減速の影響もあって、第4四半期は、原料価格の乱高下や需要の減退などで苦戦した面もありましたが、中国市場で機能性や品質が評価されました。代表的なものでは、抗ピルマイクロアクリルの「ミヤビ」がインナー用途などに浸透したほか、導電・光発熱型短繊維も人気でした。アクリル繊維全体の販売量は横ばいで推移していますが、中身は変わりました。
トリアセテート繊維はニット用途で伸び悩みましたが、麻調の織物などは好調に推移しました。輸出は環境への優しさが価値として認められており、米国向けについては昨年を上回る販売を確保できそうです。ポリプロピレン(PP)は、自動車関連などの資材用途は順調に伸びています。
――3社統合から2年が経過しました。シナジーは発揮できていますか。
シナジーは徐々に出てきていると考えています。例えば極細のアクリル繊維の自動車分野への展開です、吸音材として高い機能を発揮し、自動車関連事業推進センター(AMS)とコラボレートして、ティア1などへのマーケティングを強化しています。コンポジット部隊もコラボレーションに取り組むなど、総合力を生かせるようになってきました。
――19年度に突入しています。基本方針を教えてください。
今年度は収益力の向上と改革のスピードアップに取り組んでいきますが、事業環境は非常に不透明であると言わざるを得ません。特に米国と中国の通商問題がどのような形で進むのかが気になるところです。米中貿易摩擦と、それに伴う中国経済の動向には注視が必要になります。欧州についても、英国の欧州連合(EU)離脱問題がくすぶったままであり、こちらも目を離すことができないと思っています。
その中で製品のポートフォリオ改革を加速します。アクリルはミヤビの中国市場での一層の拡販、導電・光発熱型短繊維「コアブリッドB」で係留用ロープ用途などへの提案、極細アクリル繊維「XAI」の自動車用途への浸透などに注力します。トリアセテートはサステイナビリティーを価値としてさらに追求します。資材関連ではカーペット用ナイロン「キラビス」の提案をさらに強めます。
〈平成の思い出/人とのつながりを大切に〉
福居さんは「平成に起こった出来事で最も心に残っているのは東日本大震災。日本人の考え方が変わった」と語る。地震直後に町を襲った津波に大きなショックを受け、みんなが協力し合いながら復興に取り組む姿も心に焼き付いた。「それまでは個人主義的なところもあったが、人と人とのつながりはとても重要なことだと改めて感じた」。1990年に結婚し、妻とともに平成の時代を歩み、既に子供(2人)も独立した。「これからは2人一緒の時間を大事にしたい」と照れながら話してくれた。
〔略歴〕
ふくい・ゆういち 1982年三菱レイヨン(現三菱ケミカル)入社。12年参与炭素繊維・複合材料技術統括室長、13年執行役員豊橋事業所長、16年取締役兼常務執行役員炭素繊維・複合材料ブロック担当役員、17年4月三菱ケミカル常務執行役員高機能成形材料部門副部門長兼炭素繊維複合材料本部長兼繊維本部長、18年1月三菱ケミカル常務執行役員高機能成形材料部門副部門長兼繊維本部長。