特集 アジアの繊維産業Ⅰ(4)/タイ/中進国型事業構造への転換急ぐ

2018年10月04日 (木曜日)

 タイの経済は2018年に入ってからも好調が続いている。輸出が好調を維持し、観光収入も経済成長を下支えする。しかし、経済成長の恩恵が繊維企業には及んでいない。タイは労働集約的な新興国型事業構造が成り立たたなくなったことが鮮明になった。

 タイの実質GDP成長率は2018年1~3月が前年同期比4・9%増、4~6月も4・6%増と高水準を維持した。特に輸出は1~3月が6・0%増、4~6月は6・4%増となるなど勢いをリードしており、自動車、電子部品、化学品などが好調だった。タイバーツ相場が比較的しっかりしている中で、タイの輸出産業が高付加価値品にシフトしている。

 一方、繊維を含む軽工業品はさえない。供給面を見ても4~6月の製造業の実質成長率は自動車や電子部品など資本・技術関連産業、化学・ゴム・エンプラなど素材産業が軒並み3~6%台の成長率となったのに対して軽工業は0・9%減だった。

 これは日系繊維企業にとっても例外ではない。自動車向けを含む不織布原綿やゴム資材用長繊維、エアバッグ原糸・基布が堅調となる一方、衣料用途は低調だ。原燃料高騰などコストアップも重なり、収益性を圧迫した。

 こうした中、日系繊維企業はビジネスモデルの高度化に取り組む。サプライチェーンの中で糸・生地の開発と生産で存在感を発揮することが求められる。生産品種の一段の高度化で輸出、内需ともに高付加価値ゾーンへの販売拡大も一段と重要になる。

 タイの繊維産業はグローバルな分業体制を視野に入れた高付加価値品生産という“中進国型ビジネスモデル”への転換が急がれる。

《グローバル戦略で存在感発揮/東レ》

 タイ東レグループは、繊維事業の高度化を加速する。各社とも輸出比率が高いため、現在のパーツ高と原燃料高騰が影響し、2018年上半期(4~9月)は売上高、利益とも前年同期比横ばいで推移した。このため、在タイ国東レ代表であるトーレ・インダストリーズ〈タイランド〉の髙林和明社長は「各社ともグローバル戦略によって自力で商品を販売する取り組みが重要になる」と指摘する。

〈DTY導入で競争力向上/タイ・トーレ・シンセティクス〉

 長繊維製造のタイ・トーレ・シンセティクス(TTS)は衣料用が堅調に推移した。スポーツアパレルなどへの供給が好調なことに加え、3年前に延伸仮撚り(DTY)設備を導入したことで競争力が高まった。

 産業用長繊維はエアバッグ向けナイロン66、シートベルトや縫製糸向けのポリエステルは計画通りに推移。ただ、魚網向けなどナイロン6は需要減退と原料高騰による採算悪化で苦戦している。

 このため下半期は「漁網用など低採算品種は生産規模の適正化も検討する」(奥村由治TTS社長)と同時に衣料用、産業用ともに原料コスト増の価格転嫁に力を入れる。

〈アパレルへ直接提案強化/ラッキーテックス〈タイランド〉〉

 短繊維紡織加工とエアバッグ基布が主力のラッキーテックス〈タイランド〉(LTX)は、衣料用途が原料高騰によるスプレッド縮小や燃料など用益費増加、染料高騰で収益が圧迫されたが、エアバッグ基布は堅調だった。

 下半期は原料・用益費高騰の価格転嫁を進め、スプレッドの維持を図る。短繊維織物は主力の生地商向けに加えてアパレルへの直接提案を強化。長繊維織物も裏地だけでなく、引き続きアウター用を拡大する。「合理化など体質改善も進めてきた。省エネ投資も実施し、コスト競争力を発揮する」(前川明弘LTX社長)ことを目指す。

〈ユニフォームとニット拡大/タイ・トーレ・テキスタイル・ミルズ〉

 ポリエステル・レーヨン紡織加工のタイ・トーレ・テキスタイル・ミルズ(TTTM)は、中東や南アフリカ向け学販ユニフォーム地の市況が低迷していることから、これを縮小してタイ国内のユニフォーム地に特化する戦略を進めている。織物だけでなくニット生地の拡大でも成果が上がる。

 このため下半期もストレッチ品など差別化品の販売比率を高め、「タイ国内と日本向けのユニフォーム地を拡大させる」(増井則和TTTM社長)。ニット生地も米国向けで大手アパレルとの取引が決まっており、この成果にも期待を寄せる。

〈プリンシパル販売拡大へ/トーレ・インターナショナル・トレーディング〈タイランド〉〉

 トーレ・インターナショナル・トレーディング〈タイランド〉(TITH)は日系紡織への原料販売やTTTM生産品の販売が堅調だった。縫製品事業も日本の紳士服郊外店によるタイ内販に向けた製品輸入・生産が拡大した。

 今後は「プリンシパル販売の拡大が重要。東レグループと連携して米国への営業活動を強める」(江崎剛TITH取締役)と話す。このため縫製品事業はタイ国内に加えてカンボジアやバングラデシュといった周辺国での協力工場網の整備を進めている。

《構造改革の成果上がる/帝人フロンティア》

 帝人グループのポリエステル繊維事業の構造改革が完了し、タイの帝人フロンティアグループ各社は、ポリエステル繊維事業の中核拠点としての地位を確固たるものにしている。産業資材用途を中心に好調な生産が続いており、さらなる増設に向けた環境整備も進める。

〈品質・安全管理を徹底/テイジン・ポリエステル〈タイランド〉、テイジン〈タイランド〉〉

 ポリエステル長・短繊維製造のテイジン・ポリエステル〈タイランド〉(TPL)とテイジン〈タイランド〉(TJT)の2018年度上半期(4~9月)業績は「主力の資材用途が好調をリードしている」(堀井哲也TPL社長兼TJT社長)ことで好調だった。

 ポリエステル短繊維はTPLのバインダー繊維や短カットわたが不織布向けで好調。TJTの原着わたは主力の自動車内装材用と一般資材向けが拡大した。フル生産となっていることから「次の増設に向けた検討を進める段階になった」。特にTJTの原着わたは早期に増設を具体化させたいという。衣料用ポリエステル長繊維は「帝人グループのテキスタイル事業向けでスポーツを中心に好調」と話す。汎用品を縮小し、差別化品への特化が成功した。

 今後の課題として原料高騰への対策を挙げる。独自で販売する部分は9月から値上げを実施。また、フル生産で生産現場の負荷も高まっていることから「こんなときこそ品質・安全管理を徹底する」と話す。

〈生産現場の意識改革推進/タイナムシリインターテックス〉

 織布・染色加工のタイナムシリインターテックス(TNI)の受注好調が続いている。2018年も衣料用途は中東や内需向けこそ勢いがないが、メガブランド向けスポーツ素材やカジュアル用途が好調だ。協力工場で編み立て、自社で染色加工するニット生地も拡大した。

 ウオータージェット織機、エアジェット織機の広幅化など設備投資も進め、今年から稼働も本格化した。帝人フロンティア・タイ・イノベーション研究室〈タイランド〉とも連携して機能素材の開発に力を入れる。「生産性を高めるためには、生産現場の意識改革が必要」(山口尊志TNI社長)として、幹部候補生となる現地スタッフを日本に派遣して研修する取り組みもスタートした。

〈内需へのアプローチ強める/テイジン・フロンティア〈タイランド〉〉

 テイジン・フロンティア〈タイランド〉の2018年度上半期(4~9月)は総じて堅調に推移した。主力の産資分野はゴム資材が車両・農機向けで堅調に推移し、カーシート地やタイヤコードも堅調だった。

 衣料分野は、三国間輸出はバーツ高の影響で苦戦もスポーツ素材などで帝人フロンティアのテキスタイル事業と連携した販売が増加。糸・わた販売はTPL生産品の販売が拡大した。

 今後の課題として「産資、衣料ともに内需へのアプローチを強める」(鎌田進テイジン・フロンティア〈タイランド〉社長)と指摘。タイのローカルアパレルなど新たな提案先の調査を強化する。

 産資分野ではゴム資材用シングルエンドコードはテイジン・コード〈タイランド〉、タイヤコードはテイジン・FRA・タイヤコード〈タイランド〉の生産が重要な役割を担う。販売面からこれを支援し「帝人グループとしての移管作業の完遂を実現する」ことを目指す。

《衛材用途堅調で拡大続く/旭化成》

 旭化成のタイ子会社、タイ旭化成スパンデックスと旭化成スパンボンド〈タイランド〉がいずれも好調を持している。増設などこれまで実施してきた投資の成果も上がる。引き続き新規市場開拓や差別化品改革、工場の合理化・効率化に取り組む。

〈新規市場開拓を加速/タイ旭化成スパンデックス〉

 スパンデックス製造のタイ旭化成スパンデックスの2018年上半期(1~6月)業績は16年に実施した増設の効果で衛材用途を中心に販売数量、売上高ともに増加した。テキスタイル用も機能糸を拡大するなど高度化が進んだ。ただ、原料価格が高水準だったことで売上高の増加ほど利益は増加しなかった。

 こうした中、特に力を入れるのが新規市場開拓。例えば旭化成のベンベルグ事業部と連携してインドでの展示会に参加するなど「現在の主力市場である中国、日本、東南アジア以外の地域の市場開拓が加速した」(近藤尚明社長)と話す。

 こうした取り組みを今後も継続し、特に中国向けの比率が高いテキスタイル用は販売先の多様化を進める。原料価格が高止まりしていることに関しては調達の工夫などで影響を最小限に食い止めたいとする。

 衛材用、テキスタイル用ともに販売拡大を進めることで、次の増設に向けた環境整備にも取り組む。

〈合理化・効率化に重点/旭化成スパンボンド〈タイランド〉〉

 ポリプロピレンスパンボンド(PPSB)不織布製造の旭化成スパンボンド〈タイランド〉は2018年上半期(1~6月)も主力の紙おむつ向けの需要が堅調でフル生産を維持した。ただ、原料高騰が収益を圧迫する。このため「次の課題は合理化・効率化。“稼働の質”を高めることで生産量を引き上げる」(及川恵介社長)ことに取り組む。

 同社が立地するチョンブリー県は人件費上昇が大きく、最低賃金は今年4月からバンコクをも上回った。ここに原燃料高が加わる。このため効率化・合理化で工場としての体質強化が欠かせない。既に多能工化への取り組みなどもスタートした。

 開発強化で生産品種高度化にも取り組む。日本で開発された商品をいち早く導入するほか、独自設備を強みに、例えばトップシート向けに細繊度品や親水タイプなどを開発・提案する。

《紡織加工連携で高付加価値化/クラボウ》

 紡織のタイ・クラボウ(TKC)、紡績のサイアム・クラボウ(SKC)、染色加工のタイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)で構成するタイ・クラボウグループは、紡織加工の連携で差別化生地の開発と販売に力を入れる。

〈差別化生地で輸出拡大/TKC、SKC〉

 TKCは、これまで進めてきた生産基盤整備を生かし、「BC反の発生率を抑えるなどロス削減で生産効率向上に取り組む」(佐野高司TKC社長兼SKC社長)。開発の強化で日本や欧米への輸出拡大を目指す。

 同社はTTDFとの連携で紡織加工の技術を融合させた差別化テキスタイル開発を加速させている。綿100%麻調織物や綿・HWMレーヨン・PTT(ポリトリメチレン・テレフタレート)繊維複合素材などを既に開発し、欧米アパレルに採用されるなど成果も上がる。

 SKCも主力のデニム糸は海外のデニムメーカー向けで受注が回復基調。今後は原綿改質でのり剤使用量を削減できる紡績糸の開発などに取り組み、TKCと連携して生産プロセスの改良につなげることを目指す。また、両社共、モノのインターネット(IoT)を含めた自動化投資にも取り組む。

〈生産性向上へ積極投資/TTDF〉

 TTDFは2018年上半期(1~6月)の加工数量が若干減少も高付加価値加工が増加したことで加工単価が上昇し増収増益となるなど堅調だ。「ベトナムやバングラデシュ、ミャンマーなどでの縫製に向けた生地供給でTKC・TTDFラインが成功している」(上野秀雄社長)と話す。

 一方、最大の課題はコスト上昇。上半期はカセイソーダなど助剤やエネルギー代が高騰し、下半期からは染料の異常な高騰の影響がのしかかる。今後はコストダウンが一段と重要になる。

 このため生産性向上への投資を積極的に実施する。17年に廃水処理関係や設備保全関連で投資を既に実施したが、今期はオンライン自動測色機を導入し、薬剤の自動調液設備も更新する。「タイでも徳島工場と同様の予防保全体制を整備する」ことを目指す。

《成型用SBなどで新規提案/タスコ》

 ユニチカのポリエステルスパンボンド(SB)不織布製造子会社であるタスコは2017年に増設した3号機のフル稼働に向けた拡販を進めた。成型用SBなど差別化商品による新規提案にも力を入れる。

 18年度上半期(4~9月)は1号機が電線被覆材や車両用カーペット2次基布、2号機は輸出向けの車両用カーペット1次基布を中心にフル稼働となった。3号機もタイ内需向けの土木資材やタイルカーペット1次基布用途が拡大しており、欧米でも採用が決まった。このため米国市場への提案を強化し、「19年度下半期中にはフル稼働に持っていく」(神ノ門英明社長)とする。

 差別化商材では成型用SB「マリックスAX」に力を入れる。プレス成型することでさまざまな形状、薄さ、重量にでき、樹脂と比較して軽量性や剛性、通気性にも優れる。樹脂代替として提案を進めており、タイ国内向けで採用されるなど成果も上がり始めた。

《グループ連携で差別化開発/モリリン〈タイランド〉》

 モリリンのタイ法人であるモリリン〈タイランド〉は、日本の本店(愛知県一宮市)、モリリンベトナムなどと連携し、差別化原料を活用した糸・生地・製品のコンバーティング事業の拡大に取り組む。

 同社はタイの立地を生かし、アジア地域でのサプライチェーン構築によるコンバーティング事業を拡大している。例えばインドの委託生産先紡績にキュプラ短繊維を供給し、オーガニック綿と混紡して開発した「モイスチャーコット」の販売が2018年から本格化した。

 こうした取り組みをグループ連携して推進する。日本の本店が機能性原綿を手当てし、モリリン〈タイランド〉が糸にしてモリリンベトナムが編み立て・染色・縫製した製品を日本に供給するといったオペレーションを拡大させる。こうした連携から、レンチングのUVカット機能付きHWMレーヨンを活用した糸・生地「ビューティーコット」も開発した。

 タイ内販にも力を入れる。「現在、当社の内販比率は約20%。これを50%まで高めたい」(内藤暁伸社長)として、インドで委託生産する綿糸などをタイの機業・ニッターへの提案を強化する。

《TTIと連携強化へ/トーカイ・ダイイング〈タイランド〉》

 東海染工のタイ子会社、トーカイ・ダイイング〈タイランド〉(タイ東海)は、同じく東海染工のインドネシア子会社、トーカイ・テクスプリント・インドネシアとの製造・販売、人材教育での連携を強める。

 今年2月から両社の社長を兼務する川本修社長は、「まずは現地から欧米へ輸出するビジネスでの連携を強める」方針を示す。これまでタイとインドネシアは別々に顧客情報を管理し、それぞれ単独で需要に対応してきたが、情報の共有を進め、立地条件や生産背景でメリットが出るようにする。「顧客によっては、タイで作ったものをインドネシアで販売するところもある。それならば、あらかじめインドネシアで作る方が、無駄がない」(川本社長)

 タイとインドネシアの拠点で、それぞれの生産方法や現地の人材の教育に関するノウハウも共有する。日本人の幹部を中心に両拠点の情報交換を活発にして、両社のチーム力がより発揮されるようにする。

《コラム/アジアの街角/日タイ友好の証し》

 タイのバンコクといえば、“交通渋滞”のメッカ。いったん渋滞につかまると、それこそ数十メートル進むのに小一時間かかったりする。ところが最近は、かなり事情が変わってきた。MRT(地下鉄)やBTS(高架鉄道システム)が普及し、渋滞とは無縁で市内の主要箇所を移動できるようになった。

 そのMRTの駅構内の片隅に面白いプレートを見つけた。MRTの建設に際して日本政府が国際協力銀行を通じて資金援助したことに感謝の意を示して設置されているのだとか。

 ほかにも日本の援助で建設されたことを示す「日の丸」が描かれた橋や道路が幾つかある。日本とタイは古くから友好国であり続けたが、その伝統が現代にも息づく。交通渋滞から解放されて街を歩くとき、そういった日タイ友好の証しを見つけるのも感慨深い。