秋の総合特集/日本合繊産業/脱同質化・独自路線に活路

2001年10月23日 (火曜日)

 世界中の化合繊メーカーが苦戦している。日欧米はもちろん、数年前まで驚異的な増設増産を続けた台湾・韓国も主力市場であった中国の自給化促進で青息吐息の状態。その韓台を尻目に増設増産を続けた中国は供給過剰に陥り国内市況が急激に悪化しメーカー業績を圧迫している。世界の繊維需要は着実に増加し、その大部分を担う合繊だが、需要増を上回る増設と供給によって自縄自縛に陥っている。その中で日本の合繊産業は懸命の生き残り努力を続けている。国内生産では世界的にマイナーな存在になった今、業界全体としては諸外国・地域ではできない事業展開を目指すのが基本。さらに企業ベースでは8社それぞれの特徴を生かして、独自の生き様を模索している。

《激変予想のアジア地図/ 韓国・台湾は再編不可避》

 日本の化合繊産業の需給失調が顕在化したのは今回が初めてではない。77年には主要品種で1割前後の共同減産を行い、79年と81年には平均2割弱の過剰設備を廃棄、86年までの新増設も禁止された。それでも日本はアジア最大の化合繊生産国の地位を確保していた。

 しかし台湾、韓国が急速な合繊増設で日本を追い越し、さらには中国、ASEAN、インドも上回るようになった。2000年の生産実績でみると日本は143万トンで世界シェアは5%しかない。上を見るとASEAN229万トン(シェア8%)、韓国265万トン(同9%)、台湾315万トン(同11%)、中国670万トン(24%)となっている。

 化合繊は装置産業であり“量こそ力”という側面は否定できない90年代半ばまで、大規模なポリエステル連続重合プラントによる単品量産で圧倒的なコスト競争力を誇っていた韓国・台湾メーカーの姿はその象徴だった。しかし今、規模が大きければ有利とは単純に言えない状況となっている。原因は設備過剰・供給過剰だ。

 日本化学繊維協会が00年に示した需要見通しによると、05年まで世界の繊維需要は年率2・1%の伸びとなり、その中でも合繊は3・5%の伸びが見込まれるという。しかしそれを上回る増設増産があり、05年時点では消費量と生産量との間に106万トンの生産過剰、設備能力と生産量との間には638万トンの設備過剰が生じる見通しだ。

 アジアの合繊産業の厳しい現状は設備過剰・生産過剰の産物といえる。

 韓国の今年第2四半期化合繊生産は前年同期比6%減少。00年第3四半期から4期連続の減産ながら在庫は高水準が続いている。第2四半期の繊維品輸出が織物の不振で前年同期比14%減になるなど過剰設備に需要減退が追い打ちをかけている。

 このため韓国化繊協会は、6000人の人員削減、賃金凍結、老朽設備廃棄など業界挙げての大リストラ策を発表した。

 台湾でも主力のポリエステルを中心に能力比3割を超える減産が続いている。第2四半期の繊維品輸出が19%減になるなど米国経済後退の影響も大きい。

 韓国・台湾の合繊産業が苦戦を強いられている最大の原因は、密輸も含めて当てにしていた中国大陸市場が98年後半から事実上の海外品流入抑制政策をとる一方、自給化を目指して増設増産を急速に進めたからである。

 その中国では00年まで国際相場より高い国内相場となり、合繊メーカーは大きな利益を上げたが、それに気を良くした一層の増設増産の結果、今年に入って供給過剰が顕在化。2割、3割という幅でポリエステルチェーンの相場が下落し企業業績は急激に悪化している。国策企業であり最大の規模と競争力を持つ儀征化繊でさえ、1~6月は販売数量増にもかかわらず売上高は10%、純利益は68%減少した。

 これを受け、1~7月で17・5%増だった全国化合繊生産は、8月8・1%増とブレーキがかかり始めた。

 こうした状況は必然的に企業とう汰と業界再編に行き着く。韓国では大河合繊、金剛化繊、韓一合繊、高合、セハン、東国合繊が形態は違うが経営破たんした。今、その設備の売却を巡る交渉の行方に注目が集まる。

 台湾では、華隆、東雲、中興紡の経営危機が表面化している。日本の経済産業省に相当する経済部は、現状の合繊大手7社を2、3社に集約することを目指し、業界との調整や法令整備に動いている。

 この中で、韓国では暁星やHUVIS、コーロン、台湾では南亜はじめ台塑グループ3社などは競争力と収益を確保しており、優勝劣敗の構図が鮮明になっているといえる。

《“強み”をどう生かす/「選択と集中」進む日本》

 規模による競争優位を持っていたはずの韓台メーカでさえ、とう汰が不可避のこの局面で、マイナーな存在にすぎない日本の合繊産業が生き延びていくためには、(1)世界的なポジションを見極め、自らの“強み”と“弱み”を正確に認識すること(2)それを踏まえたうえで、自社の独自路線を具体化すること――が必要である。

 諸外国に比べ、日本の合繊産業が持つ“強み”としては、世界最先端の技術力、川中業界との垂直連携にとる商品開発力、繊維機械メーカーとの共同技術革新、衣料に偏らない多様な用途展開などが挙げられる。

 “弱み”は、エネルギー、物流、労務費などの高コスト構造に加え、設備が小規模であることによるコスト競争力。さらに繊維産業トータルでは流通の多重・多段階による複雑さと非効率、通商政策の未活用も指摘できよう。

 ただ各論での“強み”がそのまま結果=収益として表れてこないことに留意する必要がある。

 例えば80年代終わりから92年にかけ内外婦人服地市場を中心に人気を呼んだ「新合繊」。従来なかった新しい質感を表現したこのポリエステル長繊維テキスタイルは、(1)ポリマーから紡糸までは極細、異型断面、異収縮、異染色性などの原繊開発(2)糸加工では、新原糸を生かす仮撚り、混繊技術の開発(3)染色仕上げでは風合い、機能を自在に変える加工技術の開発――など、まさに世界に冠たる合繊メーカーの技術開発力と川中との垂直型商品開発力とが連携してできたものであった。

 国内のバブル景気とも重なり、一時期は確かに売れたが、その成功体験が逆に90年代半ば以降、合繊事業の弱点になった。なぜなら、確かに高度な技術集積の産物といえる商品だが、テキスタイルという形態は合繊メーカーの本業であるファイバービジネスとは性格も文化も違う事業であり、手間暇と人手がかかりすぎる。

 しかもトレンド変化が激しいファッション分野では小ロット・多品種生産を余儀なくされる。糸消化責任もあるため見込み生産をせざるをえず、売れ残った後の在庫処分は正常に売れた部分の利益を吹き飛ばす。

 近年、テキスタイル、とりわけポリエステル長繊維の婦人服地を中心に、分社や関係会社への移管が相次いでいるのは、高度な技術力をベースに差別化ファションテキスタイルを開発、販売すれば収益が上がるという幻想を振り払う意味もある。

《8社の生き様も変わる/他と同じでは生き残れず》

 96年にカネボウは合繊事業全体を分社しカネボウ合繊を設立し、98年にはさらに婦人テキスタイル事業をベルテックスに移管した。ユニチカは99年、ビニロンを除く合繊事業をユニチカファイバーとして分社。旭化成は99年にポリエステル婦人服地事業を旭陽産業に移管した。今年10月には三菱レイヨンがポリエステルとアセテートの長繊維事業を三菱レイヨン・テキスタイルとして分社。東洋紡はアクリル短繊維販売事業を生産子会社の日本エクスラン工業に移管。クラレはポリエステル長繊維製造部門をクラレ西条として分社した。

 来年4月には帝人が国内衣料用ポリエステル事業全体を分社、クラレも衣料テキスタイル事業を商事子会社のクラレトレーディングに移す。

 縮小・撤退も相次ぐ。レーヨン関係では今年、クラレと旭化成が長繊維生産から撤退し、国内生産はゼロになった。東洋紡もポリノジックから撤退した。ポリエステル長繊維では、旭化成、三菱レイヨンなどが汎用糸生産から手を引き、最大手だった帝人も04年3月末までに国内生産を約4割縮小すると発表した。アクリル短繊維では旭化成が今年内に3分の2の体制にする。

 その一方で、拡大投資も少なくない。東レは中国のポリエステル長繊維織物、ASEANのポリエステル綿混事業、イタリアの人工皮革などをさらに増やす。帝人はオランダと日本でパラ系アラミド繊維の増設を決めた。クラレはビニロン長繊維を拡大。旭化成は台湾と日本でスパンデックスを拡大し、三菱レイヨンはアクリル短繊維の中国生産に乗り出す。増設投資ではなくても、ポリエステル長繊維を産業資材用にシフトした東洋紡のように規模を維持しながら中身を変える動きは枚挙にいとまがない。

 こうした事業戦略の背景にあるのは、メーカーごとに違う得意分野をより強くし、弱い分野をできる限り小さくしようとする発想だ。欧米の業界再編がほぼ一巡し、焦点がアジアに移った今、国内の生産規模では存在感を示せなくなった日本の合繊産業が今後どう生きていくのか――。そのカギは諸外国・地域との脱・同質化、国内同業他社との脱・同質化が握っている。