環境特集(4)/世界を変える東レの先端材料/環境貢献の道歩み続ける
2016年12月06日 (火曜日)
「素材で、世界を変えていく。」―地球環境問題や資源・エネルギー問題に対しソリューションを提供するグリーンイノベーション事業拡大(GR)プロジェクトを推進している東レ。今秋に東京で開催された創立90周年記念「東レ先端材料展2016」でも、植物由来素材を使った未来の衣料品などが会場に並び、環境保護や環境負荷低減に対する思いを感じることができた。最先端の材料・最先端の技術を世に生み出してきた同社は、これからも低炭素社会への貢献に向けて歩み続ける。
10月6~8日に東京都千代田区の東京国際フォーラムで開催された東レ先端材料展2016。「未来を身にまとう」「災害から地域を守る」「水の星で生きていく」「クルマを進化させる」「緑の大地を取りもどす」といったカテゴリーの下で、顧客の新たなイノベーションにつながる先端材料・技術が紹介された。6日には「創立90周年記念東レ先端材料シンポジウム2016」も開かれた。
〈○未来を身にまとう/100年後から来た衣料〉
東レ・未来環境調査室の東レ太郎は、2116年秋のフランス・パリを訪ねた。温和な時代を迎え、個人と体制が対峙する関係ではなくなっていた。未来を身にまとうカテゴリーで描かれたのはそのような世界で、フランスの服飾学校の学生がイメージした「近未来のライフスタイル」を、部分植物由来ポリエステル繊維で表現した衣料が展示された。
フランス国旗の青白赤を基調とした配色がひときわ目を引いた衣料は、国家元首官邸の女性職員の制服。ナポレオン様式の厳格なシルエットとリジッドな素材で権威のある機関の制服を表したほか、着用する人がそれぞれの個性を表現するという未来を反映して、ボトムのフェミニンなフレアによって個性をアピールしている。
100年後のフランスを題材にしたものでは、官邸職員の制服の他、看護師の制服、サイクリングウエア、ピクニック用衣料などが並び、会場に彩りを添えた。その他、イッセイミヤケも参加し、「プリーツプリーズ」ブランドで、100%バイオペットの糸を使ったオブジェを見せた。会場では100%バイオペットのペレットと糸も合わせて展示された。
展示品にも用いられている「繊維事業におけるグリーンイノベーション製品(繊維GR製品)」は、順調な拡大を遂げている。15年度の連結売上高は1693億円(14年度比17%増)となり、過去最高の数字を記録した。植物由来原料を使用した素材の企業向けユニフォーム用途やスポーツ衣料用途が拡大したことに加えて、環境配慮型撥水素材への転換、自動車向け非ハロゲン系難燃繊維素材の拡販などが寄与している。
植物由来のテレフタル酸を使用した完全バイオポリエステル繊維についても、20年近傍での事業化を目指して開発を進めている段階にある。
〈○災害から地域を守る/「ケブラー」織物が活躍〉
2014年9月に発生した御嶽山の噴火。この噴火で火口周辺に降り注いだ噴石に対し、山小屋などに避難する行動が身を守る上で有効な手段になったとされている。そのことを踏まえ、内閣府(防災担当)、防衛大学校、山梨県富士山科学研究所、東レは、既存の山小屋などに対する補強方法を検討してきた。
そして誕生したのが、パラ系アラミド繊維「ケブラー」を使用した補強材(織物)だ。木造山小屋の屋根などを補強することで、衝撃耐力が向上し、噴石による被害を最小限に抑えられる。その性能が評価され、「内閣府発行の『活火山における退避施設の充実に関する手引き』に掲載された」と言う。
既存の山小屋の屋根を補強する場合、建設用の重機や資材の搬入には困難が伴い、補強材が軽量であることが望まれる。ケブラー織物は軽量であるほか、設置に重機が不要(建築用ホッチキスなどでの施工が可能)のため、3000メートル級火山の建造物にも設置が容易。屋根面の高温化による変質が小さいというメリットも持っている。
ケブラー織物では、床版・耐震補強用もそろう。ケブラー織物を樹脂含浸させながらコンクリート建造物に貼付することで、構造物の耐力を向上させる。しなやかな織物であるため、変断面形状に対して容易に適応できる。絶縁材料であるため、施工時の電気的トラブルも発生しない。
地域を守るものでは、幼齢木の保護ネットやモノフィラメントを使用した護岸ネットを披露した。幼齢木保護ネットは、鹿などの鳥獣から幼齢木を守るためのもので、生分解性を持つポリ乳酸繊維(PLA繊維)製であるため、木が生育すると土に還る。既存品と比べて耐久性などに優れ、木の生育と負荷低減という二つの観点で環境に貢献する。
〈○水の星で生きていく/注目が高まる膜技術〉
世界の水問題に立ち向かっている東レ。今回の先端材料展では、海水淡水化と下排水処理の二つのコンセプトで提案を行った。水処理領域における同社の製品と技術が、水処理装置実機に映像を投影するという形で紹介されたが、スケールの大きい壮観なものとなった。
海水淡水化は、中東や中南米など、海が近くにありながら淡水資源が不足している国・地域で注目を集めている。中東では蒸発法が主流となっていたが、海水を蒸発させるために化石燃料を使うなど環境への負荷が大きかった。
最近では膜を使用する海水淡水化法が増え、東レの逆浸透(RO)膜、限外ろ過(UF)膜に脚光が集まる。
汚水を処理し、再利用する下排水処理では、これまでの標準活性汚泥法から、膜分離活性汚泥法(MBR)への切り替えが進みつつある。東レは、中国の万邦達グループとの合弁(東レグループが51%出資)で、MBRの製造・販売・技術・サービス会社の万邦達東麗膜科技〈江蘇〉有限公司の設立を今年6月に済ませている。
〈○クルマを進化させる/先端材料で未来が変わる〉
「素材の力でクルマは進化する」のテーマの下で、新たなコンセプトカーを制作した。このコンセプトカーは、環境負荷低減という課題に立ち向かう同社のアプローチの仕方、安全性や快適性の追求への姿勢を体現したものだ。東レの技術の粋が集められており、来場者の関心も高かった。
5年前の「東レ先端材料展2011」で披露したコンセプトカー「TEEWAVE AR1」は、炭素繊維をいかに自動車に応用していくかを提案するものだった。炭素繊維をはじめとする東レの材料・技術で作った電気自動車であり、「公道を走れるスペックであることがポイントで、このコンセプトカーによって自動車メーカーなどがインスパイアされればよいという観点で制作」された。
今回の新コンセプトカー「TEEWAVE AC1」は、「今ある東レの先端材料をふんだんに用いて作った」(東レ)もの。例えば、インテークマニホールド(エンジンの燃焼室に空気を導入するための多岐管)などを樹脂化した。これらエンジン周りの部品を樹脂化することで軽量化が可能になる。
さらに高温で熱処理された多孔質のC/Cコンポジットで、燃料電池の電極基材などで用いられる「トレカ」カーボンペーパー、高圧水素タンク用高強度炭素繊維、自動車のフロア部分に用いるスタックフレームなどを盛り込んだ。炭素繊維はもちろん、樹脂や電子材料など同社の先端材料・先端技術を用いることでクルマの未来が変えられることを示した格好だ。
〈○緑の大地を取りもどす/緑化が雇用創出に波及〉
このカテゴリーでは、植物由来素材を活用した、砂漠緑化プロジェクトや荒廃地緑化プロジェクトを打ち出した。植物を育てる土壌の代わりになる筒状の農業資材繊維「ロールプランター」を用いた緑化プロジェクトで、流動性を持つ砂漠の緑化方法の一つである草方格を応用している。
東レとニットメーカーのミツカワ(福井県)によるPLA繊維製のロールプランターを使用していることが大きなポイントで、PLA繊維が有している耐候性や生分解性がうまく生かされている。既に中国の内蒙古地区などで実証実験が進められており、「緑化の効果が出ている場所もある」という。
一方、南アフリカで実験し、成果を収めているのが鉱山跡などの荒廃地の緑化だ。こちらは、草方格ではなく、二つ並んだロールプランターの間に種を植えるというもの。農作物の育成も可能で、現地ではトウモロコシの栽培も行われるようになっている。
南アフリカでの取り組みで特徴的なのは、PLA繊維を輸出し、現地に設置した設備でロールプランターを生産していること。荒廃地の緑化から始まったものが、農産物(食糧)の確保に波及し、ひいては雇用の創出にもつながるという好循環を生み出している。
一石三鳥とも言える南アフリカでの緑化プロジェクトは、他の国や地域へ広がっていく可能性を有している。
〈キーポイント/環境対応で繊維けん引/東レ 繊維GR・LI事業推進室長 寺井 秀徳 氏〉
東レの繊維事業拡大のキーワードとなる環境。「繊維事業におけるグリーンイノベーション製品(繊維GR製品)」は、2015年度に過去最高の売上高(連結)となるなど着実な成長を示す。寺井秀徳繊維GR・LI事業推進室長に今後の方向性を聞いた。
――繊維GR製品の動きは順調です。
植物由来原料を使用した「バイオマス由来」素材、環境配慮型撥水素材や非ハロゲン系難燃繊維をはじめとする「環境負荷低減」素材がありますが、15年度はそれぞれが順調に推移しました。バイオマス由来素材は、ユニフォームやスポーツ衣料、自動車内装材などを中心に引き合いが強く、環境負荷低減素材も定着しています。中長期的に見ても繊維GR製品が拡大の方向にあることは間違いないと思います。
――柱になるのは。
20年以降の地球温暖化対策の「パリ協定」が発行されるなど、脱石油が大きな流れであることを考えると、やはりバイオマス由来素材が事業の柱になります。既に展開を始めている部分バイオポリエステル(原料の約30%が植物由来)だけでなく、完全バイオポリエステル繊維の事業化にも取り組んでいます。
――事業化のめどは20年近傍です。
パイロット生産は終えており、商業生産に向けた道筋も見えています。石油由来ポリエステルと同じラインで生産でき、物性や品種も同様のものが作れます。幅広い展開が可能で、今後プレマーケティングを含めて開発を加速していきます。
――課題はありますか。
コスト面が大きなポイントになるため、バイオマスというプレミアムがプレゼンできる用途や分野への提案を進めていきます。脱石油という大きな潮流をビジネスチャンスと捉え、さまざまな分野・用途に提案し、東レ繊維事業のけん引役になります。