新春対談/グローバル化時代の日本のモノ作り/繊維がイノベーションのイニシアチブ握る
2013年01月04日 (金曜日)
グローバルでの競争がますます厳しさを増すなかで、日本の繊維製造業が進むべき方向とは何か。日本の強みと弱みを踏まえながら、グローバル化時代に求められるモノ作りなどについて、日本化学繊維協会の坂元龍三会長(東洋紡社長)と日本繊維機械学会の木村照夫会長(京都工芸繊維大学大学院教授)が語り合った。また、既存の技術・生産管理の実証研究を統合し、設計論に立脚した広義の「ものづくり経営学」に基づいた日本のモノ作りを分析した、東京大学ものづくり経営研究センターの藤本隆宏センター長・教授の特別インタビューも掲載する。
出席者
日本繊維機械学会会長京都工芸繊維大学大学院教授・木村照夫氏
日本化学繊維協会会長東洋紡社長・坂元龍三氏
繊維は世界の成長産業/未来材料としての発信
――日本の繊維産業の現状をどのように見ておられますか。
坂元氏(以下、敬称略) 日本は繊維に限らず、産業を取り巻く環境は厳しい状況が続いています。最近では東日本大震災、原発事故、欧州債務危機、米国経済の問題、円高、直近では中国経済の減退、日中関係の悪化などの影響も受けています。
ただ、グローバルでみると繊維は成長産業です。世界の繊維消費量は2010年7100万㌧でしたが、04年から年率3・6%で成長しています。50年には日本並みの所得層が7億人弱生まれるとも言われており、繊維消費の拡大が見込まれます。
また、化学繊維の消費量を見ると、日本では産業資材用比率が高まっています。家庭用は横ばい、衣料用は減少しています。グローバルでも産業資材用は増加する傾向にあります。
日本企業も海外の成長市場に焦点を当て、ファッション衣料分野で海外展示会へ積極的に出展していますし、産業資材用でもスパンボンド不織布、エアバッグ、炭素繊維、アラミド繊維など成長事業は海外での拡大を進めています。しかし、日本の繊維産業は、海外の成長市場に対する発信力が十分ではありません。国内もライフスタイルが変化していますが、その対応は不十分です。これらは日本の繊維産業全体の課題と言えるでしょう。
木村氏(同)繊維は斜陽産業とよく言われます。しかし、本当に斜陽なのでしょうか。私は日本繊維機械学会の会長として、繊維企業の方々とお会いする機会が多いのですが、皆さんの活気を感じています。
坂元社長がご指摘されたように、新興国が経済発展すれば繊維需要は増加します。その面では繊維は成長する材料であり、未来がある産業だと考えています。問題は繊維の魅力が伝わっていない点ですね。これは学生に対しても同じです。京都工芸繊維大学も繊維では学生が集まりにくいこともあり、繊維学部はなくなりましたが、私は繊維が面白い材料であることを言い続けています。繊維の良さが伝わらないと、モノ作りにも元気が生まれません。繊維の素材力を広く伝えることは新しいモノ作りにつながります。
――身近な材料ながら、繊維の魅力がなぜ伝わっていないのでしょう。
坂元 産業界の努力不足という問題もあると思います。日本の繊維素材は高品質・高感性・高機能という点で秀でていますし、ファッション衣料から産業資材まで広範に使うことができます。そうした点を産業界から、国内だけでなく、海外へ発信するべきです。グローバル市場でまだまだ日本の繊維素材の良さは認知されていません。その面でジャパン・ファッション・ウィークやクール・ジャパンなどと一体で発信するだけでなく、各企業の努力も必要です。
グローバルに発信すれば、日本の繊維素材に対する評価も変わります。そうなれば、海外の若者が日本で繊維素材を学びたいと考えるようになります。大学にとって繊維は小さな分野かもしれません。しかし、大学も日本の中でオンリーワンにより勝ち残るのではなく、世界でベストの大学として確立することが重要ではないでしょうか。もちろん、産業界の役割も大きいと思います。
木村 グローバル化と国際化は異なります。国際化とは日本を中心にして海外に輸出する点と点での結び付きです。しかし、グローバル化とは各地域に溶け込み、壁をなくすことです。ですから、海外に打って出るならば海外の文化や国民性を理解することが必要です。その面でこれからモノ作りを行う学生は海外を知らないと、井の中の蛙になってしまいます。先ごろ、信州大学が中心となり福井大学、京都工芸繊維大学の繊維系3大学が連携し、文科省の支援を得てグローバルに対応できる人材育成を行う教育活動も始めました。
グローバルで強み生かす/ネットワークの技術融合
――グローバルで見れば繊維産業は成長産業ということですが、日本は縮小均衡が続いています。グローバル競争下で戦ううえで日本の強みと弱みとは何でしょうか。
坂元 日本の中だけで強み、弱みをとらえるのではなく、グローバル市場で考えるべきでしょう。日本は衣料、産業資材ともに高品質、高感性、高機能の繊維素材を持っている点が強みです。しかし、グローバルな成長市場において、それを生かした事業運営ができているのかどうかを考えると、まだ途上にあります。これは弱みの一つです。
日本の衣料品市場は海外の高級ブランドによるトップゾーン、日本製のミドルゾーン、そして輸入品が中心のボリュームゾーンで形成されています。しかし、中国やアジア諸国では二極化し、ミドルゾーンがありません。その面では日本の繊維産業はミドルゾーンをビジネスチャンスととらえる必要があるでしょう。
一方、産業資材用では日本の高機能繊維に対する海外の注目は非常に高いですね。国際会議に出席しても高機能繊維に関する質問が多い。以前、日本化学繊維協会が行った「トーキョー・ファイバー」も反響が大きく、具体的なビジネスにつながったものもあります。つまり、発信すれば反応があるということです。
逆に、高機能繊維では加工段階におけるバリューチェーンの形成が未成熟である点は弱みですね。
高機能繊維事業を組み立てるうえで、加工や製品化までのプロセス開発というインフラが整っていません。つまり、日本国内で高機能繊維の出口戦略が組み立てにくいということです。このため、プロセスや製品開発を海外に依存する形となっているのが実体です。
日本は高機能繊維の素材力がありながら、加工、製品までのプロセスが整っていないため、国内で十分なアプリケーション開発ができていません。だから、海外企業とのアライアンスを行わざるを得ないのが現実です。
また、高機能繊維では国際標準化という問題もあります。豊富な高機能繊維を持ちながら、標準化作りに遅れを取ると、グローバル競争において不利に働きます。日本の意見を反映させた標準化作りが必要です。韓国はISOに対し、先行して高機能繊維の標準化を提起しています。これに立ち遅れると、弱みにつながります。
木村 日本の繊維産業には強い技術力があります。それは海外には負けません。しかし、その技術力が点で存在しているように思います。技術が融合すればもっと新しいものが生まれるのではないでしょうか。
例えば、日本の繊維産業は分業化されていますが、海外で成長するのは一貫生産企業です。この点は日本の弱みかもしれませんね。もちろん、素材から製品まで一貫でのモノ作りと言っても、1社ですべて行う必要はありません。ネットワークを作ることです。そのネットワークによるオール・ジャパンで世界市場に立ち向っていくことが必要です。
坂元 木村先生のご指摘の通りです。日本の高機能繊維は健康、医療、介護などのライフサイエンス分野や環境・エネルギー分野など成長分野において活躍できる場がたくさんあります。その面で異業種間連携により、新しいアプリケーションが生まれ、国内でバリューチェーンを構成することは可能だと考えます。そのためには産学官、地域間連携などが必要です。
木村 産学連携という面では、大学の研究も出口を見ずに「シーズありき」が多かったのですが、昨今は「ニーズありき」に変わってきました。出口を見据えた研究でなければ机上の空論になってしまう恐れがあるからです。「こんな素材ができました。誰か使いませんか」では前に進みません。
坂元 企業は大学以上に出口を見据えた形に変わっていかねばなりませんが、自社で完結することはできません。市場の変化にも対応できません。スピード感を求められる時代ですから海外とのアライアンスも含めたオープン・イノベーションが必要です。
異業種連携が用途拡大/異学問連携は新技術生む
木村 繊維は幅広いアプリケーションを持っていますし、まだまだ活躍できることが知られていません。その面で坂元会長からお話のあった異業種間連携は非常に重要です。繊維は関係ないと考えている異業種の方は多いですよ。日本繊維機械学会「e―テキスタイル」研究会で医療関係者に参加してもらい、異業種の実体を捉えたうえで開発を進めています。
坂元 材料としての繊維を生かすためには、繊維学部だけでなく、医学部や工学系のほかの学部が連携することも重要です。それによって新しい発想が生まれ、アプリケーションも広がります。他の学部と連携することによって繊維が衣料だけでなく、産業資材など広い分野に広がるチャンスにつながります。
木村 異業種だけでなく、異学門連携ですね。例えば複合材料は農学部でも研究を行っています。それは機械工学の研究とは異なります。2つの研究を融合すると新しいものが生まれる。その面で繊維学を強化するには異学問を取り入れることが重要ですね。
――グローバル競争の中で、中小企業も疲弊しています。日本の繊維製造業が生き残るためのモノ作りの方向性とは何でしょうか。
坂元 モノ作りを「モノ」と「作り」に分けると日本の特性が良く分かります。「モノ」とは製品のことですから、製品化のための構想やアイデアが重要です。「作り」とは素材開発から最終製品までの製造プロセス技術です。日本の得意技は産地企業も含めた「作り」です。しかし、「モノ」も日本市場が大きかった時は日本で構想やアイデアが自然に生まれ、それに対応して素材、製品のプロセス開発が進みました。
しかし、成長の場が海外に移っています。ですからグローバル市場、地域のニーズをとらえ、モノ作りそのものを考え直す時期に来ています。「モノ」も各地域のニーズ、コンセプトは何か。それに基づいて「作り」を考える。その「作り」において、オール・ジャパン製品でバリューチェーンの中へいかに入り込むかが課題です。
現在は各地域のニーズにすり合わせた「モノ」を日本企業は十分に捉えきれていません。さらにマーケットイン指向を強める必要があるでしょう。そのため、昨今は海外に研究開発拠点を置く動きもあります。
――すり合わせの技術は日本が優れていますね。
坂元 ガラパゴス化と言われますが、実は高品質、高機能というニーズにすり合わせることができたのは日本の技術力です。逆に言えば海外のニーズにも、すり合わせる力があるということです。
木村 その面で繊維ほど面白い素材はありませんし、大手企業の皆さんにはもっと発信力を強化して頂いて、繊維の良さをもっと広めてもらいたいですね。
一方、日本の産業を支えてきたのは地場産業ですが、その産地が今、疲弊しています。しかし、産地にはノウハウがあります。学会としても地場産業の活性化が必要と考えていますし、産地企業も産地内にとどまるのではなく、そのノウハウを生かしていくことが重要です。
その一つが産地間連携であり、新しいモノを生み出すことにつながります。日本繊維機械学会では「繊維・未来塾」を新設し、次代の産地を担う人材育成にも取り組んでいます。現在、参加者は50人ほどですが、議論するなかで産地間連携による新たな取り組みも生まれています。その面で産地企業が有する技術を表に出す仕組みの重要性を改めて感じています。
坂元 産地企業は固有かつ高い技術力を持ったところが多い。それを引き出し、グローバルなバリューチェーンの中に入り込むことが大切です。その際、日本での組み立ても大切ですが、やはり、成長する中国・アジアなどに焦点を当てることが重要です。
すでに自動車産業など形成されたバリューチェーンがあり、そこにつながる繊維素材もあるわけで、そこに産地企業の技術を結び付ける。そのためには大手素材メーカーの役割が重要になります。
大手素材メーカーが製品化の構想を持つカスタマーとのパイプを作る。そして産地企業と一緒に加工品を作り、それを供給するというバリューチェーン作りです。
交易条件改善は喫緊課題/人材育成も繊維成長条件
――日本からの輸出では為替がネックになりませんか。
坂元 為替の問題ありますが、そのリスクを克服できる付加価値素材を追求することが必要です。同時に官の役割も大きい。海外で活動するためのインフラ、例えば円高対策やフリートレードの枠組み整備などです。
繊維貿易で見ると、日本と韓国では国際競争条件の違いが非常に大きい。日本のFTA、EPA提携国は輸出で19%、輸入で11%のカバー率です。しかし、韓国は輸出47%、輸入39%です。交渉中や妥結したものを見ると、80%になります。その面で広域経済連携など交易におけるインフラ整備は日本の産業全体として喫緊の課題です。
木村 私は、繊維産業が今後も成長するために大切なのはやはり人材育成と考えます。それが大学の責任です。広い視野で物事を判断できる学生を育てていかないと新しい発想は生まれません。今こそ教育が重要だと考えています。
坂元 13年は市場の変化が加速する時代が始まると考えています。それは素材産業としてチャンスです。国内市場は衣料だけでなく、ライフサイエンスや震災復興などにおいて繊維産業が果たす役割はますます大きくなるでしょう。社会や産業構造の変化に対応して、素材力を発揮するチャンスですよ。
海外も中国・アジアの成長に伴い、衣料用繊維の消費量が増加するだけでなく、自動車、エレクトロニクス、家電産業も海外で成長しています。それにもつながる繊維があります。「素材力で製品やシステムを変える」という意気込みを持ち、新しいイノベーションのイニシアチブを握る役割を果たす意識をもって臨むことが必要だと思います。
――ありがとうございました。