特集/安心・安全を届ける機能素材
2011年08月31日 (水曜日)
それは繊維の“原点”/代表格が防炎作業服
人類は、進化の過程で大脳を巨大化させ、高い知能を獲得することと引き換えに様々な本能や身体機能を喪失してきたといわれる。例えば体毛。動物は全身を丈夫な体毛で覆うことで、寒暖の差に耐えることができる。羊毛に代表されるように動物の毛は、ほとんどが自己消火性を持つのも炎から生身の体を守るためと理解していいだろう。
自然は過酷である。そのなかに、人類は文字通り裸で投げ出された。頼ることができるのは、自らの知恵だけだ。やがて彼らが、草木や動物の毛を紡ぎ、織り、編み、身にまとうようになる。繊維の誕生だ。太古の昔より、繊維は人類にとって自らの安全と安心を確保するために存在した。それが繊維の原点だ。
長い年月を掛けて、人類は知恵を発揮し続けた。安心・安全のための機能素材が多数登場する。一方、科学技術の発展にともなって人類を取り巻くリスクも大きくなった。例えば工場。現在でも毎年、大規模な工場火災や爆発事故が発生しており、少なくない犠牲者を出す。人類は、自らの安全・安心を守るためのモノを作るために、危険な環境の中で活動せざるをないのだ。だからこそ、工場など危険がともなう現場では、通常以上に安心・安全を確保するための備えが求められる。防炎作業服は、その代表なのだ。
「必要な機能とは何か」を知る
3月11日、東日本大震災が東北地方を襲った。甚大な被害に対して、自衛隊はじめ、多くの人々が復旧作業に当たる。その活動は現在も続いている。水も十分に確保できないという極限状況で、作業服が使用された。そこで、人は新たな発見をする。安全・安心を守るために必要な機能とは何かということだ。防汚や撥水加工があれば、作業服の汚れを抑えることができる。洗濯も十分にできない状況では、抗菌や消臭機能は必要不可欠だ。様々な機能へのニーズが、はからずも再認識されることになる。
今回の特集では、防炎を中心に安心・安全を届ける機能素材に焦点を当てた。また、様々な機能素材に対して、消費者が信頼して使用するための縁の下の力持ちとでも言うべき存在である検査機関にも登場してもらった。機能素材の需要が拡大すればするほど、検査機関の役割も大きくなる。
帝人ファイバー/「涼しやSE」を新たに開発/難燃と遮熱・UVカットを両立
帝人ファイバーの生活製品グループは、インテリア用途を中心に難燃ポリエステル素材「スーパーエクスター」の販売を順調に拡大している。今後も難燃素材の拡大に注力する考えで、新商品として「涼しやSE」を展開する。
「スーパーエクスター」はポリエステル内部に独自のノンハロゲン系防炎剤を化学結合した商品で、ポリエステルとしては最高レベルの難燃性能を持つという。商品が持つ高い性能への評価やHBCD規制で素材難燃への注目が高まっていることなどを背景に一昨年から急拡大しており、前期の販売量はその前の年に比べて2倍強となり、今期はさらに1・5倍となる見通しだ。40%以上の混率で生地に充分な難燃性能を持たせることができ、今後も帝人ファイバーとして品質保証に努めながら拡販に注力する。
また、難燃素材の新商品として「涼しやSE」の展開を開始する。遮熱性・UVカット効果に優れる「涼しや」と「スーパーエクスター」の機能を融合させた素材で、難燃性能、遮熱・UVカット効果ともこれまでの商品と同水準の性能を持つという。なお、「涼しや」は節電対策で今夏も高い注目を集めており、同じ生地組織・目付けならば通常ポリエステル品に比べて室内温度を2℃強抑えることができるという。
同社のインテリア向けの素材販売は機能素材がけん引役となり、今期は上期・下期とも前年比25%増を見込む。機能素材は「スーパーエクスター」「涼しや」「ウェーブロン」が主力で、現状ではインテリア向けの60%が機能素材になっているという。
トレビラジャパン「トレビラCS」/紡績糸の本格展開を開始/来年度は100トンを計画
トレビラジャパンは10月から、難燃ポリエステル「トレビラCS」の紡績糸の本格展開を開始する。まずは主力分野の1つであるインテリアを中心に提案し、来年度は年間100トンの販売を目指す。
トレビラジャパンはこれまで「トレビラCS」のフィラメントと樹脂を日本で展開してきたが、紡績糸を加えて品そろえを充実させる。カーテン用途では経糸に長繊維、緯糸に短繊維を使うことも多いため、紡績糸の展開でユーザーへの対応力を高める。紡績糸の混率は「トレビラCS」100%で、長繊維と同様に高い難燃性能を有し、「トレビラCS」のラベルをつけて展開する。20、30番手を主力とし、10番手からそろえる。
「トレビラCS」の日本での販売は着実に拡大している。昨年の展開数量は年間100トンに達し、今年度は200トン、紡績糸を加える来年度は500トンに増える見通しだ。高い難燃性能に加え、HBCD(ヘキサブロモシクロドデカン)規制が進む中で後加工ではなく素材難燃である「トレビラCS」への注目が高まっていることなどを背景にインテリア用途が着実に伸びているほか、JX日鉱日石ANCIとの取り組みで展開している不織布用途が拡大している。また、スポーツ分野も着実に伸びる中、来年度は用途展開、銘柄展開が広がり、さらなる拡大を見込んでいる。
カネカ/防護衣料向けを順調に拡大/米国市場にブランドが浸透
カネカのモダクリル繊維「プロテックス」は米国市場中心に防護服関連への販売を順調に伸ばしている。今期は4~6月も順調に推移し、足下では米国経済の問題で購買意欲が後退していることなどの影響がみられるものの、設備は引き続きフル稼働が続いている。
「プロテックス」は綿などセルロース系繊維との相性が良く、複合により高い難燃性能を持ちながらソフトで快適な着用感を出すことが可能。また、難燃性能を持たせると発色が難しくなるイエロー系の蛍光色もきれいに出すことができ、これらの特徴が市場に浸透してきている。今後に向けては、米国の防護服市場で「プロテックス」ブランドをさらに浸透させるためのプロモーションを行うことも視野に入れている。
また、生地段階まで高品質なモノ作りができる現地パートナーの構築が進んだことで着実に実績を挙げている中国での拡販に引き続き注力するほか、次の市場としてブラジルをはじめとする南米やインド、ロシアなどでの販路開拓を進める。
中国市場では継続して出展している「上海国際新型阻燃防火技術材料工業展」に今年も参加する。これで4回目の出展となるが、今回はこれまでに提案してきた防護衣料だけでなく、インテリア関連に向けた展示も行う考えだ。中国市場において「品質」「安全」への意識が高まる中、市場の情報をきめ細かに取りながら今後の拡大に向けて手を打っていく。また、EPA/FTAによる新貿易構造を見据えてインド市場での取り組みを進めるほか、ロシア市場向けの防護服関連も着実に増え始めているという。
クラボウ/用途広がる「ブレバノ」/アウトドアでも成果
クラボウの防炎素材「ブレバノ」が好調だ。作業服用途で安定した販売が続いていることに加え、新規用途開拓が国内外で進んだ。このため現在、出荷量は前年同期比30%増。西澤厚彦テキスタイル第一部長は「今後は付加価値加工を付け加えることで、さらなる用途開拓を進める。防炎生地といえば『ブレバノ』というブランド力を構築する」と話す。
ブレバノは、カネカのアクリル系難燃繊維「プロテックス」と綿を混紡した防炎テキスタイルの代表格だ。鉄鋼や石油関連施設などの作業服で豊富な実績を積んできた。素材難燃のため洗濯耐久性が高く、綿混による吸水性と肌触りの良さが人気だ。作業服での実績を生かし、新規用途開拓にも力を入れる。このほどブレバノを蛍光色に染色した高視認性素材を開発した。欧州の安全性基準「EN471」にも適応している。再帰反射材などに比べ、着心地に優れることや縫製の負担軽減につながる素材として提案を開始した。
アウトドア用途でも実績ができつつある。このほど有名アウトドアメーカーがダウンジャケットの側地としてブレバノを採用。合繊側地では焚き木などの際に火の粉が飛んでジャケットの“側”に穴が開くといった問題があったが、ブレバノを採用することで火に強いダウンジャケットが可能になる。輸出も成果が出てきた。米国のワーク製品メーカー、レッドウィングにブレバノを供給しているが、順調に出荷量が増えている。
クラボウでは今後、ブレバノに防汚、撥水、抗菌、消臭など付加価値加工を施すことで、さらなる新規用途開拓を進める。また、防炎・難燃素材の提案の中で綿100%の要望が出るケースも増えてくる。そこでは電子線グラフト重合加工生地「イブリック防炎」を提案する。安心・安全を守る素材を幅広い分野で使用してもらうことがクラボウの目標だ。
ダイワボウプログレス/根強い人気の「ダイワボウプロバン」/溶接現場で性能発揮
ダイワボウプログレスが販売する防炎加工生地「ダイワボウプロバン」は、ノンハロゲン加工の綿100%防炎生地として根強い人気を誇る。とくに鉄鋼業界などのほか、自動車、建設機械メーカーなど溶接を多用する製造業で作業服として活用されている。防炎性能に加えて、綿100%の吸水性や風合いの良さが人気の秘密だ。
プロバン加工は英国のオルブライト&ウィルソン社が開発した加工で、現在はフランスのローディア社がライセンスを管理する。東アジア地区ではダイワボウグループだけが加工ラインを保有しており、大和川染工所(大阪府堺市)に必要な設備を貸与し、ダイワボウによる独自の工夫を加えながら加工している。
ダイワボウプログレスの岩城宏之産業資材営業部長によると、今期もダイワボウプロバンの販売は堅調に推移しているという。「安全に係る分野は、コスト削減の対象になりにくいため、景気に左右されない」ことから、年8万メートル前後の規模で販売が続く。最近では、タオルなど周辺商品でもプロバン加工を採用する動きもある。
同社では現在、これまでは通常の綿100%やポリエステル綿混製作業服を使用している分野へもダイワボウプロバンの提案を進める。炎を扱う製造現場は数多くあり、そこでの労働安全性向上が社会的に求められているからだ。そのためには「機能を丁寧に説明することで、価格以上の効果を理解してもらうことが重要」と指摘。とくに溶接を多用する分野への提案を強化する。
双日/レンチングファイバーズ/レンチングFR 難燃性と快適性に注目
オーストリアのレンチングファイバーズが展開する難燃レーヨン「レンチングFR」は、高い難燃性能と着用者の着心地を高める快適性に特徴がある。難燃性はLOI値28で高機能素材・アラミドとほぼ同等の性能を持つ。
また、レンチングFRが持つ吸放湿性や吸水呼吸機能が着用者を熱中症などの危険な状態から守り、同時にレーヨンの柔らかな風合いが着心地の良さを高める。欧米では米軍の軍服に採用されるなど軍隊や警察、消防などに加えて工業用の作業着で既に多くの実績を持っている。
日本でも東日本大震災を機に安心・安全への意識が高まっている。それだけに高い難燃性や快適性で着用者の身体を守るレンチングFRに対して例年以上に注目が集まっている。レンチングファイバーズは「今年はユニフォームアパレルなども含めて、例年の30%増で問い合わせがきている」と説明する。
日本市場では総代理店となっている双日のファイン・機能素材部大阪機能素材課が「レンチングFR」を積極的に展開している。国内市場では防衛、警察、消防などの官需用途では高機能素材・アラミド繊維との混紡などで着実に採用が進む。
同課では安全意識の高まりを受けて、溶融金属スプラッシュと向き合う製鉄所や電気アークの危険が伴う電力会社などで安全性と快適性を高める作業服として民需用途でも積極的に拡販している。同時に鉄道や飛行機などの座席シートや劇場などの公共施設の座席シート向けの素材として導入を図る。
11月16、17日には東京青山ダイヤモンドホールで「レンチングイノベーション 東京」が開かれる。同課ではレンチングファイバーズの支援のもと、今年もレンチングFRを前面に打ち出す。ほかに危機管理や防災などの展示会への出展も検討中で、積極的にレンチングFRの魅力を発信していく。