談・トークとーく/伊藤忠商事専務執行役員関西担当役員・桑山信雄氏/中国経済とビジネス キーワードは“安心・安全”
2010年06月08日 (火曜日)
伊藤忠商事の中国総代表として上海、北京に駐在、4月に関西担当役員として6年ぶりに大阪本社に戻った桑山信雄氏。長く繊維畑を歩き、中国・香港駐在歴は24年に及ぶ。桑山氏に中国経済の見通し、中国ビジネスの今後について聞いた。
「生産」「市場」複眼的に
――2010年後半以降の中国経済のゆくえについて、どのようにご覧でしょうか。
結論から申し上げると、「過熱経済への懸念に及ばない」とみています。2009年の中国のGDP成長率は政府目標の8%を上回る8・7%に達しました。今年1~3月も11・9%と高成長を見せましたが、不動産投機など一部懸念すべき事象があっても中国政府のマクロコントロールが効き、大きな反動はないと考えます。
中国はとう小平が改革開放の加速に当たって唱えた「先富論」(可能な者から先に裕福になれ。そして落伍した者を助けよ)に従い、沿海地区から高い経済成長を遂げてきました。広州・深せんを中心とする珠江デルタ、上海を龍の頭とする長江デルタ、環渤海地区の発展に続き、西部大開発などの政策を進め、さながら沿海地区から内陸部へ水がしみこむように経済発展の恩恵を受けてきました。もちろんこの間に経済格差が拡大したことは否定できませんが、国全体で見れば経済の発展は目を見張るべきものがありました。インフレ懸念にしても政府のマクロコントロールさえ誤りなければ軟着陸は可能でしょう。
――不動産市場の過熱が問題です。
調整は必至でしょう。物件価格は家賃の20年分が相場ですが、北京や上海の一部では100年分の家賃でも追いつかないほど不動産価格が上昇しています。家賃が上げられないのに物件価格だけが一人歩きしている状態で、これは異常としか言いようがない。しかし政府関係者は先刻ご承知で、貸し出し規制や金利の引き上げなどの策を講じ始めています。
――ここにきて欧州経済への懸念が強まっています。
リーマンショックからようやく立ち直りかけたところへギリシャ問題が表面化し、欧州全体への波及が懸念されています。中国はこの間、内需主導でリーマンショック以降の経済恐慌を切り抜けてきました。中央政府の約4兆元、地方政府を合わせれば10数兆元にのぼる財政支出で消費を刺激しました。しかし内需主導でだけではいつまでももたない。ここは外需回復という後押しが必要です。
――ところで、「巨大市場・中国」への期待が高まっています。欧米の巨大企業に比べ、日本企業の中国市場進出が立ち遅れている印象がありますが。
外資に対して流通の開放が遅れていましたが、今では物流、リース、卸売、小売りなど基本的になんでも可能となりました。当社も繊維・化学品・食品など多くの生活消費関連事業会社がありますが、“安心・安全”をキーワードにした商品群が好調です。
一例を挙げると頂新グループとの取り組みです。頂新グループは康師傅ほかを傘下に有する中国・台湾の食品・流通最大手です。富裕層、中間層が厚みを増しつつある中国市場で、当社の高度な経営管理や日本の優れた食品安全管理、品質向上ノウハウで差別化を図るのが目的で提携しました。
一昨年でしたか、中国で乳製品に対して有害物質であるメラミンを混入する事件が発生しました。日本への旅行で粉ミルクが土産物として重宝されるという皮肉な反応もありました。いま当社グループで牛乳を販売していますが、この商品は一般的なミルクよりも2倍以上高い。それにもかかわらず販売は好調です。“安心・安全”に対して中国の消費者は飢えているといっていいでしょう。
――繊維やファッション製品は食品と違って“安心・安全”が訴求しにくいですが。
いや、ファッション製品でも同じです。日本品が持つ“安心・安全”が高く評価されています。最近、日本へ旅行する人たちが増え、ある調査では彼らは一人当たり25万円消費するといわれます。土産物に衣料品や小物が含まれますが、“中国製”であっても「日本(企業・人)が企画した」テキスタイルや二次製品への信頼は厚いものがあります。
それと中小ロットによる高付加価値品の訴求です。日本ではいま、テキスタイルであれば1ロット1万メートル以下の単位の商売にも充分対応できると聞きます。一方中国は大量生産型で、1万メートルといった中小ロットの企画・生産・販売は間尺に合わないと考えられています。そういう透き間に日本がノウハウを備えてテキスタイル・製品販売を企画すれば十分受け入れられる余地があると思います。
消費者に近いところで中国にないもの、できないものを工夫し、日本品の良さを訴えれば衣服でもまだまだ勝負できます。勇気を持ってチャレンジしてほしいし、不安があれば当社に相談してくれればいいですよ。解決策を用意します。
――生産面では“チャイナ・プラスワン”論議がいまだ健在です。
生産だけをみている時代ではない、と強調したいですね。日本の繊維製品は長く“お持ち帰り”の時代が続きました。中国で作って日本に持ち帰って販売するものです。こうした取り組みから早く脱却すべきです。
中国の著名な政治家で経済学者でもある王岐山副総理の言葉を借りると、「人口=消費」です。カナダと中国は同じ資源国であっても成長のポテンシャルは異なる。3300万人と13億人の人口の差が消費という観点ではマーケット規模の差となります。生産拠点とする場合でも、同時に巨大な消費市場という複眼的な視点でみていくことが必要です。いつまでも“お持ち帰り”では発展がありません。もっと大胆に、と言いたいですね。
生産でも欧米企業は大胆な布石を打っています。HP(ヒューレット・パッカード)は重慶に年産8000万台のパソコン工場を建設します。なぜ重慶かというと「欧州に近いから」です。航空機で運ぶなら沿海地区でなくてもいい。大型機が離発着できるよう滑走路まで延長して地元政府は受け入れました。
日本企業は日本、中国、そして韓国の東アジア3カ国を一つのマーケットとしてとらえ、戦略を講じるべきだと考えます。
くわやま・のぶお
1971年名大・経済卒、伊藤忠商事入社。94年短繊維原料貿易課長、2001年繊維原料事業部長。03年執行役員。04年中国総代表。常務執行役員を経て今年4月から専務執行役員関西担当役員。61歳。
記者メモ
香港への語学研修生時代を含めると中国・香港で24年間を過ごした“中国通”。入社後10年間海外総括部所属で過ごし香港駐在時の1981年、現地で繊維部門に移り原料貿易畑で育った。香港駐在時代の80年代前半、ポリエステルの縫い糸加工貿易に携わり取引の拡大を図った。この商権は今も生きている。企業の中国市場への参入は毎日のように新聞紙上をにぎわすが、桑山氏は欧米企業に比べ日本企業の慎重さにはがゆい様子だ。「日本品が持つ“安心・安全”、品質管理ノウハウは大きな武器」と強調、大胆な中国投資を説く。「関西での財界活動を通じて関西企業と中国との橋渡しを行い、関西経済の発展に貢献していきたい」と話している。