紡績、形を変えて生き残りへ

2000年10月27日 (金曜日)

紡績事業の海外流出

 「綿紡績は形を変えて生き残る」(ダイワボウの武藤治太社長)。厳密に言えば、大手で綿紡績と呼べるのは都築紡、近藤紡、日清紡の三社のみ。綿糸を生産販売するのが綿紡績であり、その他は紡績設備をもつテキスタイルメーカーと呼ぶ方がふさわしい。そして、まさしく形を変えて生き残ってきたと言える。しかし、時代はさらなる変貌を求めている。荒波に流されるままでは生き残れないことははっきりしている。

<綿紡は非繊維に活路>

 大手綿紡績は二十一世紀どのような事業形態で生き残るのだろうか。綿紡織に明るい展望が見いだせない中で、各社は化合繊や非繊維事業に力を入れる。

 海外戦略の具体化が注目される日清紡も綿紡織だけではない。新中期計画においてはスパンデックス「モビロン」を大きな柱にするべく積極的な展開を図る戦略を敷く。

 また、非繊維でも新規事業に意欲をみせる。カーボンはすでに事業化、燃料電池の部品も中規模の工場を建設中で、リチウム電池も研究している。その他、高分子機能材料、DNAの分野でも試薬に取り組む。もちろん、既存のブレーキパット、ABSなどもある。

 こうした非繊維事業の基盤をもつということは同社の懐の深さであろう。

 クラボウも今後非繊維の拡大に取り組む。「エレクトロニクス、バイオ、化成品などにはまだまだ広がる可能性がある」(真銅孝三社長)とみる。現在、繊維の売り上げ比率は六〇%強だが、非繊維の領域拡大で、半々の割合になるという。

 化成品事業は寝装を手始めに自動車内装材、建材へと広がった。こういった物性の向上に伴なう販路の面での広がりを追求できるのが非繊維の強み。「新しい冒険をしないと、ある地点で利益が止まってしまう。広げる余地がある分野には積極的に投資する。現在は赤字だが数年後には黒字が見込めるといった部門があっても良い」とする。

 シキボウは産業資材が収益基盤だが、カンバスをベースにフィルターの周辺領域の拡大に取り組む。また、子会社を含めた非繊維事業の拡大を掲げる。新中計では百三十億円の連結売上高が目標だ。子会社のシキボウ電子のガラス繊維によるプリント配線基板、化成品、食品添加剤、もちろん不動産も含めたもので、粒はそろっている。

 ダイワボウは今年、ポリプロピレン短繊維、スパンレース不織布など化合繊事業の増強を行ったが、これだけでなく、カンバス、フィルターなどの産業資材の拡大にも取り組むなど「繊維会社への転換」(武藤社長)を進める。とくに、カンバスはインドネシアのDII(ダイワボウ・インダストリアルファブリックス・インドネシア)を武器にシエアアップを狙う。DIIは増設も決定した。

 富士紡はスパンデックスの事業拡大に取り組む。今年はスパンデックス単独展も開いた。同社は練り込み技術による機能性ベアヤーンをもつ。供給過剰が懸念されるスパンデックス市場では特異な存在でもある。また、シリコンウエハーなど向けの研磨材は好調であることから事業拡大を図る。

 オーミケンシも非繊維への期待は大きい。スパンレース不織布、プリント配線基板、さらにソフト事業などを展開。スパンレース不織布は今上期、売り上げ二〇%増を達成、プリント配線基板は受注増で納期対応に苦慮するほど、ソフト事業は関空の運行管理システムを受注するなど堅調だ。

<毛紡、リストラ策相次ぐ>

 綿紡織事業の海外生産シフト、これに伴う生産設備の縮小、そして、非繊維強化の動きは毛紡績にも共通だ。

 毛紡績業界は今年、トーア紡、クラボウ、サンファインが次々と紡績設備の縮小を発表した。すでに、尾州産地では機屋などが廃業するなど構造改善が進んでいたが、毛紡績の規模縮小は遅れていた。それが一気に表面化した形だ。

 クラボウは木曽川工場を来年三月末をめどに操業を休止し、紡織加工一貫工場である津工場に一部設備を移設するとともに、効率の悪い老朽設備は廃棄する。梳毛紡績設備は三万二千七百二十八錘から二万二千百四十錘に縮小、生産高は年間二千六百トンから千五百トンに削減される。今後は収益性の高い差別化糸、高技術複合糸に特化することで収益向上を目指す。

 トーア紡は無錫東亜毛紡織(梳毛紡績)、無錫中亜毛紡織印染(梳毛織物染色)の二社を持つが、宮崎トーアの紡績能力の半減に伴い、紡機を無錫東亜へ移設。前紡・仕上げ工程を中心にしたスクラップ&ビルドする。生産規模は年産約七百トンと増えないが、品質を向上させる。

 大垣工場の織布撤収に当たっては、織機約四十台を無錫中亜へ移設する。同時に現地合弁相手で、現在、生機の調達先である無錫第一毛紡から紡績、織布設備を移設し、紡績・織布・染色一貫工場とする。さらに、インテリア産業資材は津工場に集約化するとともに、生産部門を分社化し、競争力を強化して、産業資材での事業拡大を目指す。

 東洋紡は十月一日付で羊毛事業部を廃止し、他事業部と子会社に完全移管。さらに、楠工場に紡績設備を集約化する一方で、トップメーキングから撤退した。

 サンファインは六万三千六百錘から一万二千錘へと大幅な削減と一宮工場に集約する大リストラ策を発表した。

 こうしたリストラを行っているものの、綿紡績、毛紡績に限らず、基盤の繊維事業、とくに衣料用途では「利益面で大きく望めない」(トーア紡・田中昌弘社長)ことに変わりはない。

 ただ、日本毛織の富田勇一社長は「オールドエコノミーの知識、蓄積、志がITなど新しい業態を育てる」と繊維業界が二十一世紀産業にかかわれるとの考えも示す。そのためには繊維事業が少なくとも足を引っ張らない体制が必須と言えるだろう。

<低価格ビジネスに対応>

 綿紡績の雄、日清紡が海外シフトせざるを得ないほど、綿紡績を取り巻く環境は一段と厳しさを増している。そのダイナミックな動きを「あの日清紡までが…」とため息混じりに話す綿紡績トップもいるが、彼らとて対岸の火事ではない。いち早く国内設備を縮小し海外シフトしたところは多いが、国産市場はさらに縮小している。国内設備をいかに維持するか、あるいはどういう形で残すかという戦略が明確でなければ、さらなる規模縮小は避けられないだけでなく、国内の生産基盤を失うことになる。

<日清紡の戦略具体化>

 今、綿紡績業界で話題の中心は日清紡の海外戦略。同社はインドネシアのニカワ・テキスタイル・インダストリーへの紡機四万八千錘、織機三十六台、ギステックス日清紡インドネシアへの織機八十六台の移設を決めたほか、インドの大手綿紡績バルドマングループと提携し、自社スペックによるインド綿糸を自社ブランドのニット糸「チャンドラーマ」、織り糸「ヒマチュール」の輸入販売を来年からスタートするなど海外戦略を次々と具体化する。

 インド綿糸ではニット糸を先行させ、織り糸は二~三カ月遅れでスタート。当初、月千コリ規模だが、来年末には同二千コリに拡大し、三~四年後には同四千~五千コリを目指す。これは国産糸で採算が合わなくなった商権を取り戻すのが狙いだ。

 さらに、中国での新たな生産拠点の構築に向けても動き出した。

 既存の常州名力紡織有限公司のパートナー、香港の査グループと共同で国有企業のM&Aを検討しているもので、すでに上海近辺の紡織加工一貫工場を視察。中国の縫製工場への供給を主眼に置きつつ、シャツ、ニットや寝装品の生産拠点とするとみられる。

 これら海外戦略の具体化に対応する形で、針崎(愛知県岡崎市)、能登川(滋賀県能登川町)両工場の休止も発表した。二工場の休止により、同社の国内紡績錘数は約三十七万錘に縮小する。

 針崎工場は今年十二月に織布部門(織機八十六台)、来年七月(一部は〇二年七月)に紡績部門(三万二千百二十八錘)の操業を停止、能登川工場は来年三月に紡績部門(五万九千四百八錘)を休止。針崎工場は合繊混紡糸を月産四千コリ、同布を月産六十五万メートル生産。能登川工場は綿糸を月産千コリ生産している。

<フル稼働重視のクラボウ>

 こうした日清紡の海外戦略の具体化は、同社が繊維の商権を確保する意志の表われ。いち早く海外シフトした同業他社への影響は皆無とは言えない。

 現在、綿紡績各社は海外生産拠点を日本向けビジネスに絡める体制を強める。日清紡が輸出では対応し切れなくなった商権でもある。これを取り戻すのが、日清紡の戦略の一つであるのは間違いない。

 日清紡に限らず、綿紡績は「海外をいかに活用するか」の戦略を敷く。子会社はもちろん、資本関係のない協力工場も含め日本の「低価格商品」ビジネスに絡め商権を維持する形だ。綿製品輸入の急増から国産糸、テキスタイル市場が縮小する中では致し方ない対応だろう。

 ただ、海外への過度の傾斜は結局、海外を活用した日本の綿紡績間の競争に終わる可能性もある。もちろん、国内の紡織設備の稼働も低下する。自家工場の稼働を無視した海外戦略は自らを窮地に追い込む可能性も秘める。

 綿紡績はこの数年のリストラで身軽になった。しかし、各社ともまだ多くの紡織加工設備を抱える。その稼働を維持する姿勢がなければ、縮小均衡を繰り返すことにならないだろうか。

 その中で、国内の紡織加工設備の稼働を最優先に掲げるクラボウの綿合繊事業が健闘している。大半の綿紡績が多品種小ロット短納期を掲げ、国内の紡績設備は八〇~八五%操業で採算に乗る体制を目指すが、クラボウは国内紡織加工設備のフル生産が最重点課題。

 クラボウの綿合繊事業部は今上期、一〇%増収、五〇%増益となる見通しで、大手綿紡績が軒並み、減収傾向の中では驚異的といってよい。「ユニクロの商売があるから」とやゆする向きもあるが、むしろそれを取り込み、自家工場の稼働率を高めたことを評価したい。「注文のない商品を作るわけではない。ある程度量がまとまって収益が伴うような商品企画で工場の操業率向上につなげる。つまりは総合力だ」とクラボウの真銅孝三社長は胸を張る。

 紡績専業から繊維会社への脱皮を目指し、ブランドビジネスを取り込みながら製品化を進めるダイワボウも一見、紡績を軽視しているように見える。しかし、製品の自社糸使用量を増やすことで紡績設備の稼働率を高めることが基本にある点では、国内設備を重視した戦略と言える。

 もちろん、国内紡織設備の縮小にいち早く着手し、国内は和歌山、舞鶴の二工場で六万千錘に縮小していることも大きいが、それでも稼働維持に苦慮している。

 それほど、綿紡績の置かれた状況は厳しい。産地からの糸買い、生機買いで調整するだけでは立ち行かない。果たして、自家向上の固定費を変動費化するだけで対応できるのだろうか。

 綿製品輸入浸透率が九二~九三%、糸、テキスタイル輸入の減少に対し、前年比三〇%近い伸びを見せる中、操業率をいかに高めるかという視点での戦略が必要ではないだろうか。