トップインタビュー/三菱レイヨン取締役兼専務執行役員・田尻象運氏/基本に立ち返る

2008年10月28日 (火曜日)

 「基本に戻りやるべきことをやる」と三菱レイヨンの田尻象運取締役は言う。主力のアクリル短繊維は原燃料価格の急騰、それに伴う値上げの遅れ、さらにポリエステル短繊維との競合激化など厳しい局面が続いている。それだけに、基本を重視し顧客の掘り起こしや新素材投入のスピードアップ、コスト削減などに取り組む必要性を説く。とくに新素材投入に関しては「風合いなど感覚に左右されるものではない機能性を重視する」意向を示す。下期以降もアクリル短繊維だけでなく、環境の改善は見込みにくい。それだけに基本が大切になる。

アクリルは機能性重視

  ――今年に入って事業環境が激変しました。

 昨秋から大変な状況になると予測していましたが、年明け以降、原油が急騰し、4~6月はさらに加速しました。ここにきて原油価格は天井を打って下げに転じていますが、一方でサブプライムローンに端を発する米国の金融不安が高まり、世界的な景況悪化の局面に陥っています。

 アクリル短繊維は原料であるアクリロニトリル(AN)が8月まで極めて高い状態にあり、調査会社のPCIでは1トン当たり2000ドルを突破し、わた値上げがついていけない状態でした。ポリエステル短繊維との価格差も広がり、シフトが進んだことで減産を強いられました。

 複雑なのはAN価格が世界統一ではないということです。日本が最も高く、次いで欧州、中国です。にもかかわらず、PCI価格が指標になっているため需要家への理解が得られず、価格転嫁が遅れてしまいました。その面では量、価格とも厳しく、6月から3~4割の減産に入っています。

  ――アセテート長繊維を中心とする機能繊維は。

 アセテートは主力である米国市場が不調でその影響を受けました。一方で中国の高所得層やインド、ロシア、中東など新興国向けが増えています。やはり、そこにアクセスしていかないと。また、9月の仏プルミエール・ヴィジョン(PV)に初出展したのですが、来場者も多く好評でした。今後、有望な企業にフォローしていきます。PVには世界からバイヤーが集まりますし、掘り起こしのきっかけができたと考えています。

 ポリプロピレン長繊維は原料高の転嫁も進み、比較的順調でした。逆にポリエステル長繊維は前下期に水面浮上したのですが、ここにきての繊維不況のなかで、難しい情勢にあります。

  ――アクリル短繊維の今後の見通しはいかがでしょうか。

 ANは若干下げの方向にありますが、実態とのズレもありますし、取りこぼし分もありますので引き続き価格転嫁を進めます。ただ、基本的にレギュラー品はますますポリエステル短繊維化していくでしょう。世界的にアクリル短繊維の生産量は減少すると見ています。

中国子会社 我慢の時期

  ――そのなかでの対応策は。

 高くとも採用してもらえる高機能品、とくに一過性ではないものに注力します。量は追えません。風合いや軽さなどの感性面は人の好みで大きく左右されます。その面では着用者が実感できるものに力を入れます。抗ピルや細繊度などがその一つです。

 また、芯鞘構造の導電アクリル「コアブリッドB」は衣料用だけでなく、遠赤外線吸収という機能もあり、それを生かして大型コピー機などで使われ始めています。こうした差別化素材はまだ10%に過ぎませんが、これを引き上げていきます。

  ――そうした差別化素材の開発が強みになる?

 素材開発、世界的な展開力というのは強みではないでしょうか。アセテートも小粒ですが、オンリーワン商品です。

  ――ところで、4月からスタートした中期計画では国内外のアクリル短繊維設備を年5万~8万トン縮小することを明らかにしています。

 方向としてはその通りですが、国内は炭素繊維の原料となるプリカーサーを含めた形で考えていきます。炭素繊維の動向次第では、アクリル短繊維のプリカーサーへの転用は遅れるかもしれません。先行きが不透明ですから。

  ――人工スエード「グローレ」やインドネシアの紡績子会社、ボネックスの撤退も発表されましたね。

 当社はアクリル短繊維使いという特徴はありますが、人工スエードはプレーヤーが多く、価格面でも厳しい。また、アクリル短繊維使いの主力である衣料用は安価な起毛品が増えており、住み分けによる将来のポジションニングも描けないと判断しました。ボネックスはインドネシアの経済環境もあり、当社が手掛けても水面浮上できないことから売却を決めました。

  ――構造的に厳しい局面では中国の寧波麗陽化繊も同様です。

 稼働率は平均して3割という状態。もともと量産志向で設計した工場ですから、これを小回りが利く形に組み替えて抗ピル中心にもう一度出直しを図ります。今年から加工貿易の許可も得ました。中国ではアクリル短繊維メーカーの撤退や休止が相次いでいます。これからもそういう判断をする企業が出てくるでしょう。もちろん、当社が判断する場合もあり得ますが、我慢比べでしょうね。新たな秩序が構築されるまでは苦しい。

  ――下期も厳しそうですが、具体的な課題は。

 繊維だけではなく、すべてが悪い。09年に回復しないことを覚悟しています。こうしたなかでは基本に戻りやるべきことをやる。例えば顧客の掘り起こしや新素材投入のスピードアップ、コスト削減などに尽きます。

(たじり・のりゆき) 1974年三菱レイヨン入社、2002年技術開発統括部長、03年取締役、04年取締役兼執行役員、06年常務兼上席執行役員経営企画室長、08年4月経営企画室、ANブロック、機能繊維ブロック担当、08年6月から取締役兼専務執行役員。

私の愛用品/自作のアンプ

 自作のアンプ。これが田尻さんの愛用品だ。大学時代から部品を交換しながら使い続けている真空管アンプで、秋葉原の電気部品店でパーツを調達し、何年間に一度は新品同様に作り直す。化学工学が専攻ながら、技術屋の片りんがうかがえる。ただし、昔は徹夜して一晩で作り上げたが、さすがに今はできないそうだ。その部品を仕入れるのにも「昔とはガラリと変わってしまった」秋葉原。IC化されて特殊部品が増えるなか、品ぞろえも減って、少し寂しさを感じているという。