座談会・繊維の“夢”を懸ける/技術革新が産業を支える
2008年05月29日 (木曜日)
日本の繊維産業は、中国、インドなどアジアの新興国の追い上げを受け、川中のテキスタイル産業を中心に苦戦を強いられています。しかし、モノ作りにおける蓄積されたノウハウ、技術は日本の大きな武器として、いまだその存在感を見せつけています。とりわけ先進的な繊維機械工業はその礎としての力を発揮し、繊維産業を支えているといえましょう。「モノ作り国家」「技術立国・日本」を伝承していくうえで、繊維産業と繊維機械工業が手を携えて技術開発していくことが今ほど必要なときはないと考えます。紡織製造、繊維機械製造、そして繊維工学を専門とする日清紡の志村壮夫氏、村田機械の木村秀敏氏、信州大学の松本陽一氏に、繊維産業と繊維機械の技術革新について語り合っていただきました。
【出席者】(社名50音順)
日清紡 上席執行役員 繊維事業本部 副本部長・志村壮夫氏
村田機械 常務取締役 繊維機械事業部長・木村秀敏氏
司会・進行信州大学 繊維学部教授・松本陽一氏
糸作り 味付けが大事/消費者ニーズ 吸い上げ
松本 紡機に“汎用機”という言葉がありません。19世紀以来のリング精紡がいまだに幅を利かせています。村田機械さんはリングに代わる精紡システムを開発されていますが、まずその過程からお話しください。
木村 確かにリング精紡が世界の主流の座を占めています。当社は1979年にエアジェットスピナーのMJS(ムラタ・ジェット・スピナー)を初めて市場に投入し、その後、MVS(ムラタ・ボルテックス・スピナー)を開発、今日に至っています。
繊維機械事業部は自動ワインダーのメーカーでもありますが、MJSを開発した当時、「粗紡」「精紡」「ワインダー」の3工程を集約するオープンエンド(OE)精紡機に危機感を抱いていました。そこでOE精紡機の開発に乗り出したものの実用化に失敗、ジェット精紡に切り替え、MJSが誕生しました。
超高速の圧縮空気のジェット気流を利用して紡出するもので、生産性はリング精紡の10~15倍、OE精紡の2倍という画期的なものでした。ただ、結束紡績糸であるこのMJS糸を使った商品化は一部の紡績しか成功せず、大きな市場の広がりは見せませんでした。
このMJSよりもさらに超高速の圧縮空気の渦流を利用して紡出するのがMVSです。生産性は同様にそれぞれ15~20倍、3倍で、しかも毛羽が少なく、吸水性に優れているという特徴を持っていますが、まだ完璧なものではありません。日本の紡績、世界の紡績とともに協働することによってさらに進化させたいと考えています。
需要家である紡績の皆さんの要望を吸い上げ、それによって機械を開発していくのが当社の役割です。日本の紡績業は多品種・少量・短納期に加え、糸そのものの付加価値が求められています。「ユーザーとともに」が開発の理念です。
松本 日清紡さんは綿紡績としていろんな糸を開発されてきました。紡績技術の立場から歴史を振り返っていただくと。
志村 冒頭おっしゃったように、リング精紡は100年以上の歴史を持ち、いまだに取って代わるものが見当たらない素晴らしい精紡技術の発明でした。同時に綿花もまた人類の誕生とともに歩み、綿花以上の繊維がないほどの素晴らしいものです。この綿繊維とリングに立ち向かおうとして、化合繊やOE、MVSなどが開発されてきました。
紡績の立場からすると、新しい技術が生まれると常にリング精紡と比較してしまいます。すると「リングの方がいい」という結論に至ったのがこの間の経過です。紡機でも織機でも「いかに回転スピードを上げるか」が産業革命以来のテーマでした。しかし今、「量産しても始まらない」ところに日本の繊維産業は追いやられています。メーカーとしては「量産」したいのはやまやまですが、多品種・少量・短納期が目下の課題で、それが悩ましい部分です。
「官能評価」の世界/ソフト加味し完成形へ
木村 以前にワインダーを担当していました。昔は不完全な機械でしたが、紡績さんにしかられながら改良を重ね、完成させていきました。MVSにしても紡績さんの糸作りのソフトの部分を味付けしていただきながら、完成形に持っていこうとしています。
志村 糸は機械で作るものですが、天然繊維という原料はいたってややこしい部分があって、料理の仕方と味付けが大切になります。笑い話のような話が当社にあります。ジーンズ用のムラ糸なんですが、ワインダーにかけると取り付けられているヤーンクリヤラが全部切ってしまう。ムラの部分を除外してしまう。なかなか優秀なワインダーとムラ糸除去装置(苦笑)ではありますが、ムラ糸をわざと作ろうとしている当方の意図を感知してくれない(笑)。
わたしはブレーキ事業にも携わった経験もありますが、ブレーキは人様の命を預かるものですから厳密な規格、設計があります。繊維にももちろん物性などきちんとした規格があるわけですが、きちんとしているから良いかというとそうでもありません。生地を触って「これいいわね」という何とも言えぬ官能評価の世界でもありますから。これが繊維製品の面白い部分なのですが……。
商品開発で競争力/進化した技術が支える
松本 天然繊維の面白い部分ですね。綿紡の場合、中国という圧倒的存在があります。彼らに対抗していくとなると商品開発がやはりカギになるのでしょうか。
志村 かつて「日本は細番手で」という考え方がありましたが、中国でも200番手、300番手を紡ぐ力をつけています。原糸を拝見しましたが絹のような光沢の素晴らしい糸もあります。それが常時紡げるかと言うと定かではないのですが、少なくとも設備は日本より新しいものが入っているし、安定的な品質確立は時間の問題でしょう。
ですから彼らと対抗するには糸、織り・編み、染色加工といった各工程の技術力に加え、消費者ニーズに基づいた最終商品企画を含めた「総合力」が勝負どころとなります。
これまでメーカーは合理化、省力化で「安く作る」ということに懸命に取り組んできましたが、紡績糸の場合、原料代を除き、労務費が生産コストの50~60%を占めるため、とても中国にはかなわない。そうなると多品種・少量・短納期しかありません。大量生産により積み上げてきた安く作るノウハウは否定されてきたといえます。しかし、多品種・少量で工夫したモノ作りがすべてうまくいくかというと、そうでもありません。
これも失敗談ですが、綿・ポリエステル各50%混紡で周期性のないムラ糸を開発、織物にして、製品見本まで作りました。最終製品を見るとどうにも「品がない」(笑)で、商品化は却下となった事例があります。
最終製品にならないとその商品がいいのか悪いのか分からない、といった部分がファッション製品にはありますから。
木村 糸や繊維製品の味付けは紡績さんや染色、アパレルさんにお任せするとして、繊維機械メーカーとしてリングに近い、リングライクな設備の開発を、をテーマにしてきました。リングと比較されるのは明らかですから。
日清紡さんをはじめ、需要家の皆さんのご意見をお聞きしながら開発していますが、糸、生地が売れてもらわないとどうしようもありません。「投資効果がない」となればそれまでですから。MVSの場合でも、当初ロスファイバーの比率が高かったのを修正したり、あえて毛羽立ちを多くしたりと試行錯誤が続きました。
開発テーマは「環境」/多品種・少量に加え短納期
松本 現在の開発テーマとなりますと。
木村 エコロジー、省エネなどのいわゆる「環境」が大きなテーマになります。環境問題を常に念頭に置いて開発する時代になりました。
志村 俗に言う3K――健康・快適・環境となりますね。でも量産品は駄目。短納期でいかにこれらのテーマに沿った商品を供給できるかです。難しい課題ですが、解決するほかありません。繊維の場合、原綿を投入して糸になるまで1週間、糸から生地に2~3週間、加工まで行くと1カ月と時間がかかります。そんなに待たされたらお客が逃げていく。
木村 これを機械設備面でどう解決するかですね。これまでの技術開発は短時間で量産するという方向にありました。エアジェット織機(AJL)でも毎分200回転の当初から、今では1000回転を超える超高速の時代になりました。
志村 このスピードがある面で否定される場面もあるんですね、日本の場合。当社には200台のシャトル織機が現役で働いています。160台あるAJLが受注難から止まり始める一方で、機械は老朽化していますが、このシャトル織機はフル稼働し、スペースが足りない状況が続いています。“耳”の必要な織物が欲しいというわけです。これで利益を稼いでくれたらいいのですが、それがなかなか……(苦笑)。
木村 結局のところ、量産品ではない何か、ということなのでしょうね、日本品に求めるものは。異業種からテキスタイル製造に参入された日興テキスタイルの阪根勇社長は、「リードタイムの短縮が最大の課題」と看破され、それに真っ先に取り組まれ、成功されています。
また、2005年に創設された「ものづくり日本大賞」の内閣総理大臣賞を受賞した「アレンジワインダー」の開発の根底にあるのは、織り工程段階の多品種・小ロット化でした。
従来、経糸の色柄が変わるたびに基本的に手作業で糸を準備する必要があったのを、色糸を任意の長さでつないだ経糸を作り、糸の交換を行なわずに色柄の違う織物を順次織ることを可能にしたものです。それによってリードタイムを格段に短縮できます。この開発の中心メンバーである片山象三さん(片山商店社長)は「素人力」という言葉を使っておられます。仮説を立て、それを検証していく。素人だからこそ従来の発想、枠組みにとらわれず大胆な発想ができる、とおっしゃりたいのかもしれません。その意味で阪根さんと共通するものがあります。
「繊維って面白い」/原料で知恵と情熱
松本 日本の大学で「繊維学部」があるのは信州大学だけになってしまいましたが、学部の学生に「繊維に興味がある人は手を挙げて」と言うと誰も手を挙げない(苦笑)。大学院生はさすがに違いますが……。なかには実家が機屋さんという学生もいますが、せっかく入学したのに親御さんが「家業は継がせたくない」とおっしゃる(苦笑)。お二人から「繊維は大丈夫だ」とおっしゃっていただきたい(笑)。
木村 わたしは37年前に繊維系学部を卒業してこの道に入りました。当時でも繊維は「斜陽」と言われていましたが、どっこい今でも生きています(笑)。
当初、合繊機械を扱う部署に配属されたのですが、合繊というのはクローズされた世界で、メーカーを訪問してもなかなか設備を見せてくれないし、手では触れない代物です。化学の世界ですから。やがて短繊維を扱う部署に異動したのですが、こちらは糸に触れるし、分かりやすい。これは面白かったですね。工場に入り込み、ああでもないこうでもないと機械をいじる面白みに取りつかれました。
志村 分かりますね、その気持ちは。繊維って癒しの商品なんですよ。四季のある日本の文化そのものですし、思いやりとか感性とかが反映する、温かさを持っているといつも感じます。
とくに天然繊維は合繊と違って、いつも同じ原料とは限らない。どこそこの産の綿花で繊維長は何ミリといっても、全く別物ということもあります。それを使って安定した品質の商品に仕上げるというのは職人的な技です。
木村 繊維って人間的なんですよ。背が高い(長繊維)人もいれば低い(短繊維)人もいるし、太い人も細い人もいる。それを使いこなしていくにはどういった機械設備がいいのか、常に疑問や発想、情熱との闘いです。
志村 織り組織は有限で、織物段階での差別化は限界にきていると思いますが、原料と糸の段階での差別化にはまだ工夫の余地があると思います。量に頼らず、日本ならではの商品を情熱を持って世に送り出したいですね。
松本 マニュアルや知識が横行しがちですが、知恵は無限です。学生らが「繊維って面白いな」と思える世界を繊維業界の皆さんに作ってほしいですし、引き続き、情熱を込めた研究成果を世に問いたいと思います。
きょうはありがとうございました。