2022年春季総合特集(8)/トップインタビュー/クラレ/生産性の向上が不可欠に/社長 川原 仁 氏/サステやイノベーションがテーマ

2022年04月21日 (木曜日)

 クラレは、2022年度(22年12月期)を初年度とする5カ年の中期経営計画を始動した。川原仁社長は「前中計と準備期間の21年度の4年間で攻めの投資を行った。その刈り取りなどによって収益を高める」とし、稼いだキャッシュを「サステイナビリティー投資に充てる」方針だ。そのほかネットワーキングから始めるイノベーション、人と組織のトランスフォーメーションなどをテーマに掲げてそれぞれの施策を進める。市場では成長が見込める中国や東南アジアなどに目を向けるが、「全世界を見渡しながら販売拡大」を狙う。

  ――ウイズコロナ時代に成長するために求められる要件とは。

 新型コロナウイルス禍によって、海外渡航はもちろん、国内の移動も制限され、人と人がリアルで会えない状況になりました。これは顧客との商談も社内の従業員同士の意思疎通も同じです。デジタルツールを使ったオンライン商談や会議はありますが、長期間にわたると企業を成長させるエンジンの動きが鈍くなる可能性が生じます。デジタルツールを駆使していかに生産性を上げるかがポイントになるのではないでしょうか。

  ――クラレグループは生産性の向上ができたのでしょうか。

 そのように考えています。21年12月期の業績が大きく改善しているほか、事業環境が読みにくくなっているにもかかわらず、今中計の最終年度である26年度までの道筋が見えてきました。中でも大きかったのは、海外拠点のメンバーとのコミュニケーションの頻度が増えたことです。21年度は中計立案の1年でしたが、前中計最終の20年度と合わせると2年にわたって議論することができました。

 新型コロナ前は出張とメール対応が主体で、例えば米国ならば年2、3回行く程度だったと思います。それがデジタルツールの活用によって週に2、3回議論を行うことができるようになりました。画面越しでは伝わらないこともあり、日本人社員の英語のスキル・レベルはこの2年間でかなり上がりました。日本人従業員を見ると物おじせず、堂々と会話するようになったと感じています。

  ――21年度の1年間を振り返ると。

 エバールなどで自動車生産台数調整の影響を受けましたが、それ以外は順調に推移しました。供給がタイトになっている製品もあるのですが、投資を行ったプロジェクトを今年後半から来年にかけて立ち上げてタイト感の解消や成長につなげます。増設したメルトブロー不織布はマスク需要が一巡し、元々狙いとしていたフィルター用途を今後攻めていきます。トレーディングはベトナムでの縫製が順調です。繊維は厳しい状況が続きました。

  ――22年度に入り数カ月経過しました。事業を取り巻く環境も変化しています。

 当初は原燃料価格の高騰が今年の前半までは続くと想定し、コンテナ不足をはじめとする物流の混乱も長ければ秋口までは続く可能性があるとみていました。さらに地政学的リスクについても警戒をしていました。地政学的リスクはロシアのウクライナ侵攻で現実となり、原燃料価格高や物流混乱などについては現段階では完全に見通しが立たなくなりました。上半期にもう一度先行きを見つめ直す必要があります。

 ただ、半導体・部材不足から自動車の生産調整は続いているのですが、製品の需要には底堅いものがあります。当社の主力製品は計画通りに推移しています。日本国内は最終消費が勢いを欠いているため少し心配ですが、世界的には消費はそれほど落ち込んでいないと思っています。為替についてはドルに対して1円動くと1億円の影響が出るのですが、以前ほど業績へのインパクトは大きくありません。

  ――今中計のポイントを改めて教えてください。

 先ほどお話しした通り、前中計の3年と21年を合わせた4年間で攻めの投資を行いました。一つがタイでのイソプレンプロジェクトです。新型コロナ禍で工事に遅れが出てしまいましたが、今年後半から来年にかけて立ち上がります。もう一つがカルゴン・カーボン社の買収と設備投資です。米国での活性炭生産設備と欧州でのリサイクル活性炭生産設備を増強します。こちらも今年後半から来年にかけての稼働を開始します。

 進行中の中計ではこれらの投資の成果を本格的に刈り取り、収益につなげていきます。ポリアリレート系高強力繊維「ベクトラン」やビニルアセテートなどでも収益を伸ばしてキャッシュを稼ぎます。稼いだキャッシュはカーボンネットゼロ対応をはじめとするサステイナビリティーや環境に対する投資に充てていきます。市場では成長が見込める中国に期待していますが、絞り込むのではなく全世界を見渡して販売します。

  ――サステイナビリティー対応にはかなり力を入れるのですか。

 50年にカーボンネットゼロを目指しており、そのベンチマークとなる30年に温室効果ガス(GHG)の排出を19年比30%削減します。GHG削減のため、26年までに300億円を投資する計画ですが、少しでも前倒しで行うつもりでいます。サステイナビリティーへの対応は長期的に取り組むものであり、30年までに先の300億円と合わせて約800億円を投じる予定です。

 持続可能な製品ポートフォリオを目指す化学系企業が採用している指針であるPSA(ポートフォリオ・サステイナビリティー・アセスメント)システムも取り入れました。当社が展開している製品を細かくカテゴリー分けして評価すると、自然環境・生活環境貢献製品の売上高に占める比率は20年度で46%でした。これを26年には60%に高めます。

 当社の総合力を生かして継続的にイノベーションを創出する「ネットワーキングから始めるイノベーション」「人と組織のトランスフォーメーション」も中計のテーマに掲げています。

〈春を感じる時/ロマンチックな舞台で〉

 「春イコール花粉症」と話す川原さん。スギ花粉やヒノキ花粉などに反応し、早い時は1月の終わりごろから症状が出始め、年によってはゴールデンウイークぐらいまで続く。花粉症とは30年の付き合いで、きっかけはドイツに駐在していた90年代にさかのぼる。出張でイタリアのベローナに向かう途中の電車内、「わたぼこりか何かで突然くしゃみが出た。それが始まりだった」とのこと。ベローナは「ロミオとジュリエット」の舞台で知られるが、ロマンチックとは言えない記憶が残る。

〈略歴〉

 かわはら・ひとし 1984年クラレ入社。2010年樹脂カンパニー企画管理部長、16年執行役員、18年常務執行役員ビニルアセテート樹脂カンパニー長、19年3月取締役などを経て、21年1月代表取締役社長就任。