特集 アジアの繊維産業Ⅰ(4)/現地ルポ タイ/目指すはアジアの“ハブ機能”/地政学的優位性を生かす

2019年03月28日 (木曜日)

 タイの繊維産業が曲がり角を迎えている。自動車産業などの好調に支えられて堅調な経済成長が続くタイだが、衣料繊維にとっては逆風が続く。国内の縫製産業の衰退とベトナムやカンボジアなど他のASEAN諸国との競争激化、構造的なバーツ高による輸出競争力の低下などが要因となる。このためタイの日系繊維企業も事業モデルの転換が急がれる。必要なのは、商品・商流の高度化、そしてタイの地政学的優位性を生かしてアジア地域における“ハブ機能”を発揮する戦略の構築であると言える。

 タイ国家経済社会開発委員会の発表によると、タイの2018年の実質GDP成長率は4・1%で、6年ぶりの高い伸びとなった。好景気をリードしているのが自動車など一部の製造業。18年の自動車販売台数は104万台(前年比19・5%増)と2年連続の増加となる。輸出も18年は2524億㌦(6・7%増)となり、こちらも自動車関連など工業製品がけん引する。好調な観光収入も景気を下支えしている。

 このため繊維も自動車関連を含む産業資材分野は比較的安定している。しかし、衣料繊維に目を向けると状況は一変する。タイは既に国内縫製産業が衰退していることから、衣料用繊維の主軸はテキスタイル輸出となる。ここにバーツ高による輸出競争力低下がのしかかる。しかも、現在のタイの経常収支は安定して黒字が続いている。このためバーツ高も構造的な問題となった。

 米中貿易戦争の影響も影を落とす。中国の景気減速によって中国国内での生地需要が減退し、タイに安価な中国品が流入した。現在、中国から米国への衣料品輸出には追加関税が課せられていないが、今後のリスク回避の観点から衣料品生産をASEAN地域にシフトさせる動きはあるものの、タイは縫製業が縮小していることから、恩恵はベトナムなど他のアセアン諸国に奪われている。

 こうした課題を克服するために必要なのは、商品・商流を高度化することで欧米や日本への輸出を再構築することだろう。そしてもう一つは、タイの地政学的優位性を生かしたオペレーションの確立。例えば日本やアセアン域内での輸出入、さらにインドとの貿易は経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)によって関税の減免措置がある。これを生かし、タイがアジア地域全体でのモノ作りをコントロールする“ハブ機能”の役割を担うことと言えるだろう。

〈旭化成スパンボンド〈タイ〉/3号機増設を決定〉

 旭化成のポリプロピレン(PP)スパンボンド製造子会社である旭化成スパンボンド〈タイ〉は、2019年度(20年3月期)もフル生産・フル販売とロス削減によって正味の生産能力を高めることを目指す。このほど3号機の増設も決まった。タイやASEAN域内だけでなくアジア全域での紙おむつ需要の取り込みを視野に入れる。

 18年度(19年3月期)も紙おむつの旺盛な需要が継続したことで同社のPPスパンボンドの販売は堅調に推移した。ここまでフル生産・フル販売を維持した。ただ、原料高騰・乱高下の影響で利益面が圧迫された。このため多能工化による人員の適正配置、ロス低減の取り組み、スタッフの意識改革など合理化・効率化に取り組んだ。

 19年度もさらなる合理化・効率化に加えて、「新しいステージを開く商品開発にも取り組みたい」(及川恵介社長)として、一段と開発にも力を入れる。日本の本社との協業で主力の紙おむつ用PPスパンボンドに続く商品の開発を目指す。

〈タイ旭化成スパンデックス/新規市場開拓を推進〉

 旭化成のスパンデックス製造子会社、タイ旭化成スパンデックスは2019年度(19年12月期)の戦略として衛材向けの拡販に加えて、テキスタイル向けで新規市場の開拓を進める。

 18年度の販売は衛材向けが堅調もテキスタイル向けが勢いを欠いた。現在、テキスタイル向けの約80%が中国市場向けだが、米中貿易摩擦などを契機とする中国の景気鈍化の影響を受けている。バーツ高の逆風もあった。

 こうした中、同社ではインド、バングラデシュ、ベトナムなど新規市場の開拓に取り組み、18年度も成果が出ている。近藤尚明社長は「テキスタイル向けは引き続き市況が厳しい。日本のロイカ事業部などと連携しながら、サプライチェーンの中で顧客との取り組みを強化し、販売量を伸ばすしかない」と話す。

 海外展示会などにも出展し、海外アパレルへの販売拡大を目指す。引き続きインドなど新規市場での販売拡大を進める。タイからインドへの輸出が自由貿易協定によって関税減免となるメリットも生かす。

〈モリリン〈タイランド〉/タイの“ハブ機能”を発揮〉

 モリリンのタイ子会社、モリリン〈タイランド〉は2019年度(19年12月期)の重点戦略としてタイのアジア地域における“ハブ機能”を生かした素材開発と内販拡大、日本向けの再構築を掲げる。

 18年度は、日本向けが衣料品市況の悪さから苦戦。一方でタイ内販が拡大し、売上高に占める内販比率は50%近くにまで高まった。タイとインドのFTAを生かし、インドで調達した綿糸をタイの機業・ニッターに販売するビジネスなどが拡大した。

 こうした立地や通商条件を生かし「タイの“ハブ機能”を発揮することでインド、ベトナム、中国、インドネシアでの原料調達と販売を拡大する」(内藤暁伸社長)。日本向けに関してもオーガニック綿糸など差別化糸をインドから調達し、モリリンベトナムが編み立て・染色・縫製した製品を日本に供給するといったオペレーションを拡大させる。こうした取り組みでモリリングループの縫製品ビジネスの中でも存在感を高めることを目指す。

〈事業会社再編で競争力強化/東レグループ〉

 タイ東レグループは7月にポリエステル・レーヨン紡織加工のタイ・トーレ・テキスタイル・ミルズ(TTTM)と短繊維紡織加工・エアバッグ基布製造のラッキーテックス〈タイランド〉(LTX)の統合を予定するなど事業会社再編による競争力の強化に取り組む。

 今回の2社統合に関して在タイ国東レ代表であるトーレ・インダストリーズ〈タイランド〉の髙林和明社長は「あくまで前向きなグループ再編。さらなる拡大を目指す」と強調。TTTMは現在、新商品開発と新規販路開拓を進めており、輸出の再挑戦も目指している。「統合によって商品提案や開発のメニューが増えることを生かし、販売拡大を狙う」(増井則和TTTM社長)。LTXも衣料用短繊維織物で従来の生地商向けだけでなくアパレルへの直接提案を強化し、長繊維織物も裏地で縫製工場への直販を増やす。「統合を契機に、こうしたアパレル直販を拡大する」(前川明弘LTX社長)。

 一方、長繊維製造会社、タイ・トーレ・シンセティクス(TTS)は再生ポリエステル糸など高付加価値糸の生産・販売を強化する。衣料用はポリエステル長繊維がスポーツ用途を中心に堅調だったが、ナイロン長繊維は輸入糸との競争が激化。産業用もエアバッグ向けナイロン66が海外糸との競争で苦戦する。

 こうした中、「衣料用途では高付加価値糸へのニーズが高まっている」(奥村由治TTS社長)ことから、競争力のある延伸加工糸(DTY)に加えて付加価値のある糸の生産・販売を強化する。その一つが世界的に注目の高まる再生ポリエステル糸。既に同社は一定規模の再生ポリエステル糸を生産していることから「東レの東南アジアにおける再生ポリエステル糸製造の拠点として存在感を打ち出す」。

 こうした商品・商流の高度化にはトーレインターナショナル・トレーディング〈タイランド〉の役割も大きい。「ファイバー・テキスタイル事業を含めて繊維の取扱高を拡大する」(高橋伸宜社長)ことになる。

〈原綿改質と紡織技術融合/クラボウグループ〉

 紡績のサイアム・クラボウ(SKC)、紡織のタイ・クラボウ(TKC)、染色加工のタイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)で構成するタイ・クラボウグループは、改質原綿に紡織技術を融合させた開発に力を入れる。

 SKCはデニム糸が2018年度上半期に好調で増収増益だった。TKCは日本向けや内販向けユニフォーム地が堅調に推移し、そのほかの用途も下半期から健闘したことで売上高は前年度比横ばいだった。ただ、売上高の約85%が輸出のため年後半からのバーツ高傾向が利益を押し下げた。

 こうした中、佐野高司SKC社長兼TKC社長は依然として価格競争が激化していることを課題として挙げる。このため今後はSKCとTKCが連携して改質原綿に紡織技術を融合させた開発などに力を入れる。綿花の可紡性や強力を高める原料加工を利用し、原綿の効率的な利用やのり剤の使用量を削減できる紡績糸の開発などに取り組み、改質した未利用綿(落ち綿)を活用した開発も進める。

 その上でTTDFと連携し、日本向けを中心としたユニフォーム地の拡販とパンツ地などの高付加価値テキスタイルの欧米輸出拡大に取り組む。SKCのデニム糸をタイの日系デニムメーカーへ供給する取り組みにも力を入れる。

 一方、TTDFもSKC、TKCと連携した商品開発の強化とコストダウン、省エネルギー、省人化のための設備投資に取り組む。

 18年度は染料やカセイソーダなどの価格上昇の影響を大きく受けた。このため上野秀雄社長は19年度の戦略として「コストダウンや省エネ、省人化に直結する設備投資の優先的な実施」を掲げる。晒工程への投資や薬剤制御の自動化などを実施し、生産性を一段と高める。SKCとTKCと連携し薬剤使用量を削減する環境配慮型商品の開発や、合弁パートナーの系列染工場とも協力して形態安定加工や針布加工による起毛商品の開発なども進める。

〈中肉厚地でユニフォーム地/タイ東海〉

 東海染工のタイ子会社であるトーカイ・ダイイング〈タイランド〉(タイ東海)はユニフォーム地など中肉厚地の加工・販売を強化する。高付加価値原料による無地染め、プリントの開発を進め、タイ内需と輸出向けの再拡大を目指す。

 同社はシャツ地など薄地加工を得意とするが、2018年度(12月期)は内需、輸出、日本向け加工・販売がいずれも振るわず苦戦した。川本修社長は「米中貿易摩擦の余波で、タイに安価な中国品が流入している」と分析する。染料・薬剤高騰の悪影響も大きかった。

 こうした中、主力取引先である現地生地商が中肉厚地によるユニフォーム分野への参入を強めていることから、19年度はワーキングユニフォーム地など中肉厚地の加工・販売に力を入れ、事業の再構築を目指す。

 バンブーレーヨンやオーガニックコットンなど高付加価値原料を使用した無地染めとプリントの開発にも力を入れ、内需と輸出向けへの提案を強化する。衣料用途だけでなくキルトなど手芸、かばん地など服飾雑貨、インテリアなど資材分野の開拓にも取り組む。

〈街角/民主主義の行方〉

 3月24日にタイで総選挙が実施された。選挙結果が明らかになるのは5月上旬だが、順調に開票が進めば2014年のクーデター以来、約5年ぶりに議会政治が復活する。選挙戦真っただ中のバンコクは、街中に選挙ポスターが並び、盛り上がりをうかがわせた。タイの民主主義は「国王を元首とする民主主義」という特異な性質を持つ。これが機能したのは、先代国王であるラーマ9世のたぐいまれな政治センスとキャラクターによるところが大きい。果たして新しい議会によってタイの民主主義はどこに向かうのか。その行方の鍵を握るのは、現国王であるラーマ10世とその宮中ブレーンたちではないか。ラーマ9世の“民主主義下における君主”という難問の答えを追い求めた苦闘の歴史に改めて学ぶべきだろう。