特集 アジアの繊維産業Ⅰ(4)/タイ/東南アジア戦略の司令塔に/堅調な産資、高度化めざす衣料/高度化進める日系繊維企業

2018年03月28日 (水曜日)

 国民の敬愛を集めたラーマ9世(プミポン国王)の死去から約1年半がたったタイ。喪が明けたバンコクの街も活気を取り戻しつつある。世界的な経済成長の恩恵はタイも例外ではなく、経済成長は再び巡航速度に戻った。一方、東南アジアの優等生であるタイにも通貨高や人件費上昇、さらには少子高齢化など“中進国の罠”の影が色濃く忍び寄る。このため繊維企業も新たな行き方を模索する。東南アジア地域の中で早くから発展したアドバンテージを生かし、東南アジア戦略における司令塔の役割に活路を見出そうという志向が一段と鮮明になった。

 タイの2017年の実質GDP成長率は3・9%。15年の2・9%、16年の3・2%から成長が加速しており、18年もタイ政府は3・6~4・6%の成長を見込む。経済の堅調を受けてバーツ高の傾向が続くが、輸出も好調を維持した。特に自動車は旺盛な生産が続く。輸出だけでなく国内販売も回復しつつある。タイ工業省によると2017年の自動車国内販売台数は、前年比6%増加となる見込み。タイ政府が実施した自動車購入奨励策から5年がたち、自動車の買い替え需要が期待される。

 このため繊維も産業資材用途ではカーシート、エアバッグ、タイヤコード、ベルト基布などのゴム資材といった自動車関連を中心に堅調が続く。衛材用途も地域の経済発展や可処分所得増加による需要増加から旺盛な生産となった。

 一方、堅調な経済発展は繊維産業にとってマイナスの影響も及ぼす。特に現在のバーツ高は、輸出比率の高いタイの繊維産業にとって大きな逆風となる。経済発展による人件費の上昇も続く。バンコク首都圏の最低賃金は4月から4・8~5・5%増の日給325バーツに引き上げられた。

 日系企業が多く入る工業団地を抱えるチョンブリー県は同330バーツとなり、上げ幅は7%を超える。現在、タイ政府は東部経済回廊プロジェクトとしてバンコクの東部に位置するラヨーン県やチョンブリー県などで積極的な開発を進めているが、その影響が人件費にも波及する。

 こうした動向は、従来の労働集約型繊維産業が成り立たなくなったことを意味する。特に衣料用途は、定番品を大量生産し、日本をはじめとした海外に輸出するというビジネスモデルが成り立たない。新たな道を模索することが求められる。

 その一つが、東南アジア地域での司令塔的役割を担うことだろう。経済連携協定などによって東南アジア地域の経済一体化が進み、国際分業が一段と加速する。その中でタイはインフラ整備が進んでいることから、バブ拠点としての機能を担うのに優位性がある。地理的に見てもインドシナ地域の中心部に位置し、バングラデシュやインドといった南西アジア地域へのアクセスも容易。こうした地理的優位性も無視できない。

 もう一つの道が、高付加価値品生産の拡大だろう。これは特に衣料分野で必要不可欠となる。そのためには生産設備や品質管理の一段の高度化も欠かせない。今後、いかに積極的な投資を継続できるかがタイの繊維産業の将来を左右すると言えそうだ。

〈モリリン〈タイランド〉/東南アジア地域のハブ機能を〉

 モリリンのタイ子会社、モリリン〈タイランド〉はサプライソースの再構築を進める。内藤暁伸社長は「モリリングループの東南アジア地域でのハブ機能を果たすことを目指す」と強調する。

 モリリン〈タイランド〉は、化繊わた・綿糸・混紡糸、差別化の丸編み地や横編み製品のコンバーティング事業が主力。タイのほかインドなどでも委託生産し、モリリンベトナムが担う編み立てへの原糸供給も担う。

 同社は現在、サプライソースの再構築に取り組み、取扱商品の高度化を進めている。タイやインドのほかインドネシアやベトナムでの紡績、編み立て、縫製などを活用する。モリリングループの東南アジア子会社が集まる「ASEAN会議」も実施。モリリン〈タイランド〉の開発糸をモリリン・リビング・インドネシアで寝装・寝具に、あるいはモリリンベトナムで衣料品として製品化し、日本向けだけでなくタイやベトナムで内販するといった構想が進む。

 独自開発にも力を入れる。インドの委託生産先紡績にキュプラ短繊維を供給し、オーガニック綿と混紡した「モイスチャーコット」なども開発した。スペインのイラトゥラス社が生産する裁断屑再生糸「リカバー」も東南アジアの日系テキスタイルメーカーへ提案する。

 製品内販も開始した。日本製婦人カットソーをジュピターショップチャンネルのタイ合弁会社、ショップ・グローバル〈タイランド〉の現地テレビ通販を通じて販売する。商品は「モリリン」ブランドで販売し、同社のブランド力を高めることも目指す。

〈サワムラ・トレーディング〈タイランド〉/東南アジア域内販売を拡大へ〉

 澤村のタイ子会社であるサワムラ・トレーディング〈タイランド〉は、日本向けに加えて東南アジア域内への販売拡大に取り組む。

 同社の2017年度上半期(17年8月~18年1月)の業績は計画未達ながら売上高、利益とも増加した。コンバーターの同社の販売はスポーツ素材を主力だが、インナー向けトリコットや丸編み地も増加。日本向けが8割、その他国向けが2割の比率となるが、今期は現地アパレルへの販売もトリコット製シャツ地などで増加している。

 下半期は主力のスポーツ素材が需要期に入る。引き続き丸編み3社、トリコット2社、ラッセル1社の協力工場と取り組みを深め、販路拡大を進める。秋冬素材の拡大もテーマに掲げ、ラミネートやボンディングといった2次加工の加工場との連携も進める。

 販路開拓では東南アジア域内への販売拡大を目指す。ベトナムやインドネシアは縫製の拡大に合わせて生地需要が高まっていることから、こうした地域へのタイからの生地供給で需要の取り込みを図る。そのために他の地域の拠点との連携も深めることが重要になる。

 タイ生産の優位性を打ち出すために「日本品質・管理基準を現地でも徹底することが重要になる」と話す。

〈差別化品で新規需要も/旭化成スパンボンド〈タイランド〉〉

 ポリプロピレンスパンボンド(PPSB)製造の旭化成スパンボンド〈タイランド〉は、2016年に実施した2系列目増設の効果もあって生産量、売上高ともに拡大が続いている。今後はフル稼働を維持しながら生産効率の向上によるコストダウンに取り組むほか、差別化品の開発で新規需要の開拓も目指す。

 現在、同社は年産3万数千トン規模の生産となっている。及川恵介社長は「17年度は稼働率向上に重点を置いた結果、ほぼフル生産に近い状態にまで持っていけた」と話す。紙おむつ需要が順調に拡大しており、その需要を取り込むことに成功している。

 ただ、ここに来て原料のPP価格が上昇するなど収益が圧迫されてきた。このため18年度は「フル生産を維持しながら、品種ごとの生産計画・管理を精査することで合理化・効率化を進めることが重要になる」と話す。

 その上で差別化品の開発も強化する。既に細繊度品や親水性を持たせたタイプの開発を進めており、例えば紙おむつのトップシート向けなど新たな需要の取り込みを目指す。

〈新規市場開拓をめざす/タイ旭化成スパンデックス〉

 スパンデックス製造販売のタイ旭化成スパンデックスは、2016年に増設した効果で衛材用途がリードする形で17年度も販売数量が増加した。ただ、原料価格上昇に加えてバーツ高で販売の3分の2を占める輸出の収益性が圧迫されている。このため近藤尚明社長は「新規市場の開拓で18年は収益性確保に努める」と話す。

 現在の主力輸出先である中国、東南アジア、日本に加えて、バングラデシュ、インド、パキスタンなどでの市場開拓に力を入れる。インドは旭化成のキュプラ繊維「ベンベルグ」が高いブランド力を持つことから、既に旭化成のベンベルグ事業部と連携して現地展示会にも参加した。

 テキスタイル用は中国向けの比率が高いため、販売先の多様化を進める。17年度もタイ内版比率を高めて輸出収益の低下を補った。タイでも高付加価値なテキスタイルの生産が増加していることから、機能糸など高付加価値品の製造・販売を本格化させている。

 衛材用、テキスタイル用ともに積極的な拡販に取り組み、次の増設に向けた環境整備を進めることも大きなテーマとなる。

〈高付加価値品で対欧米拡大/タイ・クラボウ〉

 クラボウグループの紡織子会社であるタイ・クラボウは染色加工のタイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)との連携を強化し、高付加価値テキスタイルの対欧米輸出拡大に取り組む。

 同社は17年度も主力のSPA向けやユニフォーム用生地販売が堅調に推移し、欧米への輸出も拡大したことで売上高、利益ともに計画通りに推移した。佐野高司社長は「TTDFと連携した素材開発と生産で紡織と染色加工の技術を合わせた差別化テキスタイルが成功している」と話す。

 一方、同社は輸出比率が高く、人件費上昇やバーツ高の影響で定番品の競争力の低下を余儀なくされている。このため18年度も引き続き差別化生地の比率を高め、欧米への販売拡大に取り組む。特殊精紡交撚糸使いや綿・HWMレーヨン「モダール」複合、ハイパワーストレッチ生地など成果が上がる差別化品に一段と力を入れる。

 欧米では環境配慮への意識が急速に高まっていることから、クラボウが得意とする電子線グラフト重合加工技術なども応用し、生産工程でののり剤使用量を削減した素材の開発にも取り組む。「タイ・クラボウグループ全体でコスト競争力と高付加価値開発力を高め、クラボウの海外生産拠点の中核的役割を今後も担っていく」と強調する。

〈複合素材加工伸ばす/タイ東海〉

 東海染工のタイ子会社であるトーカイ・ダイイング〈タイランド〉(タイ東海)は、複合素材の加工を拡大するなど事業の高度化に取り組む。

 同社は2016年に設備再編を実施し、無地染めとプリント合わせて月間加工量150万ヤード体制とした。17年は国王死去で国民が喪に服したことによる消費低迷で加工受注が低迷。このためプリントを中心に欧米向けの受注拡大に力を入れ、国内向け加工の減少を補うことで減収ながら設備再編の影響を考慮した当初計画は達成した。

 同社に常駐する久保田祐司工場長は18年度に関して「18年度は16年度の水準まで受注量を回復させることが重点テーマとなる」と話す。「ローカル染工場の技術・品質水準が向上し、競争が激化してきた」ことから、日本向けは高付加価値品の加工に力を入れ、綿素材だけでなく精製セルロース「テンセル」混やキャプラ繊維混など複合素材の加工を伸ばし、内需向け加工でもローカル染工場に対抗する。

 同じく東海染工のインドネシア子会社、トーカイ・テクスプリント・インドネシア(TTI)の川本修社長が2月からタイ東海社長も兼務したことから、両社で技術・人材教育面での連携も深める。

〈コストアップと戦う/TTDF〉

 クラボウグループの染色加工会社であるタイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)は、高難度な加工への対応力と加工精度の引き上げでコスト削減を目指す。

 同社の2017年度業績は加工・販売数量ともに前年実績を下回ったが、タイ・クラボウとの連携による日本向けや欧米向けの加工が増加したことで増収となった。

 一方、利益面は前年実績を下回った。化学品価格や人件費の上昇に加えて、難度の高い加工が増加したことで補修・再加工など品質対応費用が増加。環境規制強化に備えて排水処理設備を強化したことや高難度加工への対応力を高めるために設備更新・保全費用を積極的に投入したこともコストアップ要因となった。

 このため上野秀雄社長は「18年度はコストアップとの戦いが重点テーマとなる」と強調する。18年も最低賃金引き上げなどで労務費が増加するほか、カセイソーダなど化学品の高騰が続く。エネルギーコストも増加する。このため、加工精度の一段の向上で品質対応費用の削減を目指す。