特集 アジアの繊維産業Ⅱ(6)/活路は輸出 “準日本品質”を強みに/景況は衣料× 自動車△ 衛材○/タイ/“富む前に老いる国”の中で

2017年09月15日 (金曜日)

 在タイ日系繊維企業が岐路に立たされている。「日本・中国未満、その他アジア以上」と言われるのがタイの商品開発力や品質のレベル。人件費などコスト面でも「日本よりは安いが、その他アジアより高い」位置にいる。日本では「高級品と低価格品への二極化が進む」という消費志向分析が大勢を占め、これにより中級品の出番は今後激減するとされている。アジアの中でまさに“中級”に位置するタイ繊維産業の活路を探る。

 2016年のタイの経済成長率は3・2%。カンボジアの7・0%、ラオスの6・9%、ミャンマーの6・3%、ベトナムの6・2%、インドネシアの5・0%には及ばないものの、依然として高い成長率を維持していると言える。しかし、「タイ国内向けは悪い」と在タイ日系繊維企業の見解は一致する。

 衣料品では、同国最大の生地問屋街とされるサンペン地区の問屋に元気がない。長らく衣料消費が低迷していることに加え、昨年秋にその人柄から国民の絶大な人気を得ていた在位70年のプミポン国王が死去した影響が今も続いている。

 喪に服す意味で黒色の服は一時的な特需も生み出したが、現在もバンコク市内を見渡せば、カラフルな服装は少なく、黒が多い。国民にファッションを楽しむ余裕はない。衣料品消費喚起のタイミングとして期待されるのは今10月に執り行われるプミポン国王の国葬後だが、「それほど甘くない」と衣料消費の低迷が一時的なものでないという指摘もある。

 この指摘の背景にあるのは、タイが既に少子高齢化社会に突入しているという事実だ。先進国化する前に少子高齢化が始まった同国は“富む前に老いる国”とも表現される。

 国による社会保障政策や子育て支援策といった一種の分配政策が他の東南アジア主要国よりも必要になるものの、先進国化していないためその財源が不十分なのだ。これが、衣料消費が今後も拡大しないという指摘の根拠だ。

 一方、同国の経済成長を支えてきた自動車産業もパッとしない。生産台数は、大洪水からの復興と政府が導入した「ファーストカー減税」に後押しされた2013年が250万台弱だったものの、14年、15年は200万台に届かず、16年も194万台だった。洪水前には300万台突破が現実的な数字になっており、自動車メーカーやその傘下の工場も300万台体制を敷いたが、以降、そのスペースが大幅に余っているのが実情だ。17年も195万台と伸び悩みが予想されており、販売台数も輸出不振からさえない状況が続く。

 販売面では5年期限の「ファーストカー減税」が今年で終了することから買い替え需要が高まりつつあるが、全体的な消費ムードの減退により大きくは伸びておらず、今後も急拡大はしないという見方が支配的だ。

 このように、タイ国内繊維市況を見ると、衣料品は×。自動車関連資材は△という構図。○は一部資材と衛生材料だ。帝人フロンティア〈タイランド〉(TFRT)で衣料用途向け糸・わた販売と同テキスタイル販売が苦戦する一方、衛生材料向け糸・わた販売と、産業資材関連事業が堅調から好調なのは、同国市況感を象徴するものと言える。

 タイ旭化成スパンデックスが紙おむつなど衛生材料向けの増設を実施したことからも、衛生材料が同国で数少ない元気のある分野の一つであることが分かる。

 少子高齢化などを背景にタイ国内の衣料品不振が続くとみられる中、衣料用素材の活路は輸出になる。「タイの素材は中途半端」(TFRTやタイ東海)。価格ではインドネシアや中国の低価格ゾーンに太刀打ちできず、品質も日本や中国の高価格ゾーンには及ばない。

 安価なインドネシア製生地や中国製生地の輸入増大と国内市況の悪化により、サンペン地区の問屋は存亡の危機に立たされている。ただ、事業構造の転換を図り、輸出を拡大するところも少なくない。この“転換組”への供給を伸ばしているのがタイ東海だ。これも一つの輸出戦略と言える。

 他にも輸出拡大を命題に掲げる日系企業は多い。タイ・クラボウは「自前の対米輸出を再び増やす」戦略をとり、サワムラ・トレーディング〈タイランド〉やタイ旭化成スパンデックス、カイハラ〈タイランド〉、タイ山喜、帝人フロンティアの織り・染め子会社であるタイ・ナムシリ・インターテックスなど多くの日系企業が輸出拡大戦略を明確に打ち出している。

 その際には「中途半端さ」という現実を受け入れ、逆にそれを強みにする必要がある。「日本品は買えないが、日本品質は欲しいという顧客は世界中にいる」との指摘がある。この声に対応していくことが、タイで衣料向け素材を作り、売ることの意義になる。もちろん、同じことは資材や衛生材料にも言える。

〈スピード重視し基盤再強化/タイ・クラボウ/サイアム・クラボウ〉

 紡績・織布のタイ・クラボウ(TKC)と紡績のサイアム・クラボウ(SKC)の2017年上半期(1~6月)は、前年同期が苦戦していた反動もあり、増収増益となった。佐野高司社長は「悪い(環境)なりに健闘できた」と振り返り、下期も引き続き期初方針に掲げる「基盤の再強化」を推進する。

 上半期は特に対日の受注が堅調に推移し好業績に貢献。9月まで受注を確保しているが、10月以降はバーツ高により採算は苦しくなる。対日比率は70%を占め、為替変動を受けにくい残り3割のタイ国内向けを拡大したいとの考えも持つが、市況悪化が顕在化しており、伸ばす余地が少ない。

 こうした中、基盤の再強化に引き続き取り組む。「タイで最も欠けている要素がスピード」とし、企画、開発から生産立ち上げまでのスピードを引き上げることに力を注ぐ。それをC反率の低減やロス低減、機会損失回避につなげる。

 TKCはエアジェット織機141台などを保有する紡織企業。今期は6台の織機を入れ替え、今後もこのペースで更新を図る。精紡機とワインダーも今年中に更新する。「織布の安城化」をテーマに日本品質の追求を志向しているほか、今後は対欧米輸出の再構築にも挑戦する。

〈現場力と人材力引き上げる/TTDF〉

 クラボウと丸紅が出資するタイの染色加工場、タイ・テキスタイル・ディベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)の2017年度上半期(1~6月)は前年同期比で売り上げが横ばいながら利益は減益となった。タイ国内向けは17%の減収だったが、タイ・クラボウ経由の対日ビジネスが20%増収と好調だった。下期以降は「現場力の向上」と「人材育成」に力を注ぐ。

 上野秀雄社長によると上半期の減益には前期が近年の過去最高益を計上した反動も影響した。タイ国内向けは不調が続き、「今年に入って回復基調にある」ものの、完全復調には至っていない。

 下半期に突入して以降も全体として受注は潤沢で、年末までのフル稼働を予定。上半期比増収増益を目指し、通期では前期比増収減益を見込む。

 今後は「加工難度が高くなっている」ことを受けて改めて現場力の向上と人材育成に力を注ぐ。設備のメンテナンスを強化しつつ、工場スタッフのスキルアップに向けてクラボウ徳島工場との関係強化も図る。徳島工場の定年退職者から定期的に指導を受けるほか、幹部社員育成に向けて同工場への研修も実施。「非常に効果的」として今後も継続する。

〈仕入れは集中、販路は拡大/サワムラ・トレーディング〈タイランド〉〉

 澤村のタイ法人、サワムラ・トレーディング〈タイランド〉の2017年7月期業績は、前年同期比40%増収と好調だったが、計画には届かなかった。設立から5期目を迎える今期も40%増収を目標にし、そのためにタイ国内向けや米国向けでビジネス拡大を目指す。

 同社の販路は現状、約8割が日本。生地の出荷先は東南アジア各国が多いが、市場は日本だ。このウエートを下げることが当面の目標になる。その対象の筆頭はタイ国内で、次に米国。タイ国内向けは前期後半から現地インナーアパレルへの生地供給の実績を積んでいる。ベトナムやインドネシア向けも、少量ながら拡大させる。

 コンバーターである同社にとっては販路拡大戦略を担保する仕入れも重要。前期はインナー素材の一部生産を日本からタイに移管、今期はこれを深掘りするとともに、資材分野でも同様の取り組みを進める。ただし、提携工場を増やす意図はなく、むしろ選択と集中がテーマになる。前期から「広さよりも深さ」の観点で丸編み3社、トリコット2社、ラッセル1社へと工場の数を絞り込んだ。それぞれの工場と取り組みを深め、販路拡大につなげる。

〈ポリ短設備増設 計画/TPL/TJT〉

 帝人フロンティアのタイ子会社、テイジン・ポリエステル〈タイランド〉(TPL)、テイジン〈タイランド〉(TJT)はフル生産が続くポリエステル短繊維で増設を計画する。

 両社の堀井哲也社長によると、ポリエステル短繊維はフル生産・フル販売が続く。紡績用途は2011年に同国で発生した大洪水被害を契機に完全撤退したが、一方の非紡績用途は旺盛な需要に支えられて好調。けん引するのは不織布向けで、その用途は①車両内装材など向け原着再生わた②紙おむつ・ナプキンなど衛生材料向け③機能紙向けショートカットファイバー。

 原着わたは同国自動車生産が頭打ちであることなどを背景に大きな伸びはないものの安定。一方、衛生材料向けとショートカットは需要の高まりが顕著で生産が追い付かないほど。需要増を背景に設備増強を実施する計画で、「衛生材料向けかショートカットかを年内にも決定する」。

 一方、衣料用ポリエステル長繊維は苦戦が続く。「タイ国内で衣料向けポリエステル長繊維を拡大するのは難しい」として今後は対日を維持しながら東南アジア各国向けで自主販売拡大を狙う。

〈来期のフル稼働 予定/TLT〉

 帝人のメタ系アラミド繊維製造子会社、テイジン・コーポレーション〈タイランド〉(TLT)は2015年の操業開始以降、「極めて順調な稼働」(宮野貴也社長)を続けている。顧客認証を進めており、来期には年産2200トンのフル稼働を計画する。

 同社で生産するメタ系アラミド繊維「コーネックス ネオ」は優れた熱防護性に加えて後染めが可能で、高視認性が求められる作業服などで需要増が見込まれる。メタ系アラミド繊維では世界で初めてREACH規制(欧州域内での化学品の環境・安全認証)にも対応する。

 メタ系アラミド繊維の用途は①ニードルパンチメーカーなど向けバグフィルター②消防服やケミカル工場ユニフォームなど防護服関連③その他工業繊維向け――に大別されるが、コーネックス ネオの拡販対象は防護服とその他工業繊維向け。防護服ではREACH規制対応という強みを生かして欧州向けを特に重視し、米・中などでも拡大を狙う。

 そのため、帝人本社や欧州子会社との連携も強める。

 販売は原綿だけでなく、外注を活用した生地売りも増やすとともに、原着わたにはない発色性の良さや環境配慮型商品であることを前面に打ち出す。

〈近く、織機180台体制/カイハラ〈タイランド〉〉

 カイハラ〈タイランド〉は2016年1月の本格稼働から3期目となる来期(19年2月期)での黒字化を見込む。稼働は現在8割で、9月以降は9割稼働の受注を確保。さらなる設備増強を計画しながら内需の取り込み、輸出拡大を狙う。

 同社は日本最大のデニムメーカーであるカイハラ(広島県福山市)の海外製造拠点として14年3月に設立。16年1月からロープ染色1基、レピア織機60台、整理加工機の体制で生産を開始した。同年8月には計120台への織機増設を実施し、月産100万メートルに能力を引き上げた。

 設備投資については、今後さらに60台を加えて180台体制として月産能力を150万メートルに引き上げるとともに、2基目のロープ染色機導入を予定する。

 織機は「受注状況を見極めながら」導入時期を検討する。ロープ染色機は、現有機が既にフル稼働を続けているため、時期は確定していないものの「できるだけ早期に導入したい」と言う。新規導入するロープ染色機は1基目と仕様を変えることでインディゴのカラーバリエーションを拡大する。

 今後はタイ国内向けを引き続き開拓するとともに、地理的に日本からと比べて納期を短縮できる欧州向けの開拓にも力を入れていく。

〈スポーツ需要の高まりに対応/タイ・ナムシリ・インターテックス〉

 帝人フロンティアのタイ子会社、タイ・ナムシリ・インターテックス(TNI)はスポーツ分野向けの織り・編み・加工を伸ばす。加えて新規分野として取り組むカーシート地で将来の拡大を見込むとともに、不振が続く衣料向けでも欧州開拓などで再構築を図る。

 同社はポリエステル100%織物を主体とする織り・染め一貫企業。近年はニット設備を整えるとともに3年前からスポーツ分野の開拓に取り組み、今では織り・加工の3割が同分野向け。昨年、一昨年とスポーツ分野向けにカレンダー加工機を導入し、エンボス加工機と染色機も同分野に適したものを導入。織機と織布準備機も同分野を意識した更新を行った結果が、「計画以上の拡大」(山口尊志社長)を呼び込んだ。

 「ニットと併せてスポーツ分野をさらに拡大する」ことが今後の継続方針。今年3月に開発用丸編み機を導入したのも同方針の一環。

 カーシート地も3年ほど前から開拓した新規分野。今期は横ばいを見込むが、今後は帝人フロンティア〈タイランド〉との連携を強めながら織り、加工の一貫で受注拡大を狙う。

 衣料向けは欧州向けスーツ地などを拡大対象に、再構築に向けた提案を進める。

〈産資事業を推進/帝人フロンティア〈タイランド〉〉

 帝人フロンティア〈タイランド〉(TFRT)は今後、グループ内連携を強めながら各事業で拡大を狙う。衣料から資材へのシフトが徐々に進む中、特に重視するのが産業資材分野だ。

 神田裕社長によると2017年度は現状、事業ごとの凹凸はあるものの全体としては産業資材向けの堅調さに支えられて増収増益基調に乗る。糸・わた事業とテキスタイル事業は前年割れ。糸・わた事業は衛生材料向けが堅調なものの、国内衣料品向けが苦戦している。テキスタイル事業も前期好調だった対米婦人服地の失速や国内景況の低迷で伸び悩む。

 ただ、売上高比率で約7割を占める産業資材事業は堅調。特に伝動ベルト用途などゴム資材関連が農機分野の需要増などを背景に好調で、カーシート向け織・編み物も同国の自動車生産台数が伸び悩むなかでシェアを維持しながら健闘している。

 産業資材事業では自動車の買い替え需要の高まりに期待するほか、テイジン・FRA・タイヤコード〈タイランド〉(TFA)のタイヤコードの取り扱い本格化を今期中に予定するため、事業拡大は確実な情勢。並行してカーシート地以外の車両内装材や各種部材の拡大も狙う。

〈さらなる増設も図る/タイ旭化成スパンデックス〉

 旭化成のスパンデックス「ロイカ」のタイ製造拠点、タイ旭化成スパンデックスは中長期的に対日以外の国・地域向け輸出の拡大を狙うとともに、さらなる増設も計画する。

 2017年度上半期(1~6月)業績は、過去最高の売上高、利益を計上した16年度並みだった。近藤尚明社長は「高品質・高機能など付加価値路線を追求してきた」ことが過去最高業績と同水準の上半期業績を呼び込んだと強調する。

 今後は引き続きコスト削減に取り組むとともに、輸出比率の拡大に臨む。国・地域別販路構成は現状、タイ国内が3割、日本・中国・東南アジア向けなどの輸出が7割。「タイ国内は排水規制などの環境規制が厳しくなりつつあり、衣料用途では伸びる要素が少ない」として輸出拡大を改めて重視。既存販売先それぞれで取り組み深化や旭化成グループ内の連携に力を入れながら拡大を図るとともに、ASEAN域内はもとより、インド、バングラデシュなどの西南アジア、中東などへの提案も強化していく。

 設備投資については前期中に年産3千トンの増設を実施して1万500トンに生産能力を引き上げたため一段落の格好だが、「顧客ニーズと世界的な需要動向を注視しながら引き続き(増設を)検討していく」。

〈多能工化と輸出拡大/タイ東海〉

 東海染工のタイ子会社、タイ東海は今後、工場スタッフの多能工化を進めるとともに、改めて輸出拡大に力を注ぐ。

 久保田祐司社長によると、2017年度上半期(17年1~6月)は、前年同期比で数量が減少したことに伴い減収だったものの、固定費削減効果などで増益を果たした。

 増益には多能工化も寄与した。同社には現在、プリント、無地染め、晒という三つの柱事業があるものの、受注の凹凸は激しい。専任スタッフだけでは「機械に人を付けることになり非効率」だが、多能工化により「仕事に人を付ける」ことで柔軟な生産体制を敷くことができる。上半期は受注高によって週単位で担当工程を振り分けるようにし、早速効果が発現、今後も同様の取り組みを推進する。

 10月に執り行われるプミポン前国王の国葬を契機に国内景気は徐々に回復に向かうとみるが、その効果は来期以降に持ち越すとして、今7~12月も利益重視の慎重姿勢で臨む。

 現状の取引形態は受託加工が90%、自販が10%で、自販は大部分が輸出。今後は国内市況の低迷もあり、自販(輸出)拡大をテーマとする。対象は対日や対欧州。