特集 アジア戦略 4.0(12)/どうなる?アジアの繊維生産・産地戦略/商社幹部に聞くこれからのアジア生産

2017年03月31日 (金曜日)

 2016年のアパレル輸入は金額が2兆5402億円(前年比12.1%減)、数量は3億6229万点(1.6%増)だった。これまで順調に拡大してきたASEAN地域からの輸入伸び率に一服感が見られたことに加え、生産シフトに伴って2桁%を超えて縮小してきた中国からの輸入が、その減少幅を数量ベースでは3%程度にとどめたことが大きな特徴となった。コスト増に伴って移管が続いてきた海外での衣料品生産だが、この数値を一見すると、ある程度、整備が進んできたかのように見える。ただ、商社幹部の見方は「16年に見られた一過性の減少」と言うことで一致。「中長期的に生産移管は今後も継続する」と指摘する。日本の衣料品市場の動向が色濃く反映された商社の生産地動向を追う。

〈伊藤忠商事/執行役員ファッションアパレル第二部門長 清水 源也 氏/優良スペースと素材がアジア拡大の鍵/素材・縫製一環が進展〉

  ――これまで積極的な移管が続いてきた東南アジアへの縫製シフトに一服感があるように見えます。

 当社はASEAN地域を中心とする非中国からの仕入れを意識的に増やしており、繊維カンパニー全体ではASEAN生産比率が半分を超え、引き続きそのトレンドが続いています。その中で2016年の生産動向には多少、特徴的な現象がありました。昨年の特徴は中国から輸出する環境がドル高元安で改善されて競争力ができたことです。中国企業は、中国から外に出て、アジアで生産を増やす企業と中国内陸部に進出して競争力を確保・強化する企業の2種類に分かれていますが、中国に素材に関する盤石な背景がある分、為替で競争力を増したことで、一部の生産が中国に戻りました。

  ――中国生産への回帰現象が今後も続くでしょうか。

 16年については中国の工場が競争力を得て、短期的に生産の減少にブレーキをかけたということで、中長期的に見ると中国とその他アジア諸国には人件費で差がありますし、関税フリーのコストメリットを創出できるかどうかもあります。この2点を考えると非中国のアジア生産の方がコスト競争力で威力を発揮するでしょう。中国生産への“揺り戻し”は一過性のもので、17年以降はアジアでの生産が増え続けると考えています。

 元安が継続することは考えづらいほか、中心となるASEAN地域諸国の為替はカンボジアを除いて、ドルに対して通貨安になっています。

  ――中長期的にアジアでの生産を開発する中でポイントは。

 優良な縫製スペースは短期で取得できるものではありません。施策として取り組んで優良な生産キャパシティーをいかに確保するかがポイントの一つです。ベトナムを筆頭にバングラデシュ、カンボジア、ミャンマーで生産していますが、例えばカンボジアでは新たに取り組みを始めた工場も多くあります。

 これまでの縫製シフトに伴って、アジアの素材産業が徐々に発展してきています。国内・域内で素材と縫製を一貫でつないで生産できる体制に向けた開発の強度も必要です。アジア生産の継続的な拡大は、地域内での素材生産量、調達能力がいかに高まっていくかにもかかっているでしょう。当社の場合はベトナムでの体制構築に力を入れています。

  ――中国生産の位置付け、方向性はどうなっていくでしょうか。

 素材の優位性がある限り中国生産は続いていくでしょうが、逆に言うと素材面でのアジアの現地調達度が中国の量的な低減に影響していくでしょう。こうした中でも優位性を確保する取り組みができる企業が中国では残っていくと思います。

〈三菱商事ファッション/執行役員経営企画部長 北尾 一郎 氏/適地生産へASEANシフト継続/パートナー戦略を推進〉

  ――これまで積極的な移管が続いてきた東南アジアへの縫製シフトに一服感があるように見えます。実際、その傾向はあるのでしょうか。

 現状、およそ60%を中国、40%がASEAN地域を中心とする非中国での生産ですが、非中国での生産が伸びる形で16年度も推移しています。ただ、数値面に表れるほどではないものの、中国生産への“揺り戻し”があったという感覚も持っています。

  ――その要因についてどうお考えでしょうか。

 店頭市況の先行きが不透明な状況で、実需期まで引き付けて発注する傾向が顧客の間で強くなっています。その結果、素材の調達が容易で、距離的に近くデリバリータイムが短くて済む中国に生産を持って行かざるを得なくなりました。ポジティブに中国生産を増やしているという訳ではなく、結果的に増えたという印象です。

  ――短期的に見られた状況ということですね。

 「16年に限った特徴的な動き」と言えるくらいに市況が改善すれば良いですが、この状態が続くと中国生産に頼らざるを得ません。ただ、市況が変わってくれば、ASEAN地域への生産シフトという流れにまた戻るでしょう。

 中国生産がコストアップし続けていることを考えると、生産シフトという大きな流れは変わらないと思います。

 ファッションを追いかける業態は中国生産を移せない側面がありますが、実際、GMSなど大手の小売りは変わらず生産アンシフトを続けています。Reバランスと捉えるなら、依然として生産が移っている過程と見るべきです。

  ――三菱商事ファッションとしての今後の生産地戦略は。

 短期的には顧客ニーズを反映した動きになるでしょうが、人件費やその上昇スピード、インフラなど各国の条件を前提に、どの企業と組むかというパートナー戦略を、ASEAN地域を中心に進めて行きます。カンボジア、ベトナムを主力にタイとミャンマー、インドネシアで幅広いアイテムを生産しており、カンボジアは中国で関係の深い企業との取り組みを強化する形で調達を増やしています。

 それと同時に、域内での素材開発にも力を入れています。素材は中国に依存するケースがまだ多いですから縫製シフトを進める中で、近場で素材を調達できるようにして適地生産の仕組みを提案できるようにしなければなりません。

  ――中国生産の位置付けは。

 既存の取り組み先とパイプを太くしていきます。当社と彼らの生産地戦略に合わせるような形で関係を深く掘り下げることが、競争優位につながると考えています。

〈日鉄住金物産/繊維事業本部執行役員 植田 文裕 氏/人手がある場所へ/生産移管 今後も〉

  ――これまで積極的な移管が続いてきた東南アジアへの縫製シフトに一服感があるように見えます。実際、その傾向はあるのでしょうか。

 当社の海外生産は2~3年前に中国生産が7割を切りました。その後は変動なく横ばいで推移しています。16年度はバングラデシュが増え、カンボジア、ラオスでの生産も始まりましたが中国生産が7割を少し切ったくらい。ASEAN地域での生産が3割ほどでこの状態が2年続いており、一服感があると感じています。

  ――その背景についてどのようにお考えでしょうか。

 一般論として、今は安いだけでは売れず、しっかりとしたモノの価値が優先される時代ですが、現状、ASEAN生産は「いいモノが生産できるが背景が限られている」。もしくは「安く生産できるがミニマムロットが大きくなる」といった風に、まだまだトータルとしてのバラエティーに欠きます。

 事前に数量を決めて生産・販売する商品が比率として減り、逆に実需期まで引きつけながら試行錯誤して企画する商品が増えたという見方をしています。練り込んでしっかりとした価値を提案できる商品が増えた分だけ、中国生産への“揺り戻し”が起こり、生産シフトのスピードを遅くしたと考えています。

  ――短期的に見られた現象ということでしょうか。

 そうですね。日本の衣料品市場の動向による影響が大きいと思います。16年度に起こった中国生産の揺り戻しは、市場が価値・多様性で対応力がある産地を求めた一時的もので、中長期的には、中国生産と半分ずつ分け合うような形を目指して生産シフトがもう少し進むとみています。それはコスト対策というよりも「働き手のいる場所に移る」のだと思います。中国生産が難しくなっているのはこの点ですから。

 ただ、アジアにしろ、中国にしろ、より奥地に拠点を求めるとなると輸送コストがかさみますから、今後の生産地の行方を考える時には、物流は要素の一つになってくるかもしれませんね。

  ――17年度はどのような生産動向になると思いますか。

 生産動向がどのような形で市場ニーズを反映することになるかは分かりません。一つ言えるのは中長期的な視野で生産シフトが継続することがベースと言うことです。品質・納期を担保する各生産工程の確実性を高めることは、当社として、全ての生産背景で取り組むべきことですが、これからの東南アジア生産は、できることを増やしてバラエティーを持たさなければならないので、より取り組む余地があると言えます。

 中国勢は淘汰の時代に入り、企業によって優劣が鮮明になってきました。その中でも成長性のある企業は、すさまじいバイタリティーを持って東南アジアに投資しており、彼らと協業することでバラエティーも増えて行くでしょう。

〈田村駒/専務営業本部長 植木 博行 氏/品管できる地域での生産必要/アイテム、ロットで活用工夫〉

  ――これまで積極的な移管が続いてきた東南アジアへの縫製シフトに一服感があるように見えます。実際、その傾向はあるのでしょうか。

 市場の状況が強く反映されています。一昨年はシーズン前にASEAN地域で大量に計画生産するオーダーがあり、今頃は商談を終えて生地の手配を始めていましたが、昨年は暖冬の影響により、そうではありませんでした。防寒衣料の店頭の動きが極度の不振を示したことで、流通在庫が膨らみ、その後遺症があったからです。安全・確実に手堅いモノ作りを進める中で発注タイミングがシーズン直前まで引きつける形になり、ロットも慎重になったことで初回発注を前年より抑制するという現象がありました。

 その結果、去年のASEAN生産の伸び率は一昨年に比べると落ち、逆に中国への回帰がありました。

  ――中国生産への揺り戻しがあったということですね。

 人件費コストが上昇し、他産業に人材が流れたことで、縫製工を確保することが難しくなる状況が続いてきましたが、中国の景況に一服感があり、急激な人件費増、採用難が緩和されたという状況があります。人民元が米ドルに対して安くなった要因も大きいでしょう。

 これにより沿岸部での小ロット、QR生産を回すことができました。

  ――17年はどういう形になるでしょうか。

 防寒物については在庫調整が一巡したとみています。17年は一昨年と同様にASEAN生産に置く形で通常の秋冬シーズンの生産動向になると考えています。実際、足元で商談が進んでいる17秋冬物について、昨年よりはリードタイム、ロットをもらってASEAN生産に持って行くという話が増えています。

 中・長期的に見ても、中国は生産国から消費国に移っていきますから、その流れの中でモノ作りが緩やかに移っていくでしょう。ただ、日本の市場を見ると堅調に伸びているのはEコマース比率くらいで、その他の店頭状況の厳しさが続いていますから、油断はできない状況なのは間違いありません。

  ――こうした状況の中で生産地戦略として取り組むこととは。

 顧客の動向・ニーズを生産に直結させることが前提ですが、品質が絶対条件です。カントリーリスクを意識した分散に取り組みつつ、品質管理・生産管理をしっかりフォローできる地域での取り組みを進めることになります。ライン契約・保障など関係の作り方を組み合わせて、小ロットやQR生産を組み立てられるスペースを確保していくということです。

 縫製技術が蓄積されているベトナム生産が当社のASEAN生産の中心になっていますが、同地域内ではコストが安い国ではありません。

 中国に近づく形で小ロット対応を構築しつつ、ミャンマー、カンボジア、インドネシアでの生産もアイテム、ロットによって活用度が変えていきます。こうした手法が今後も広がっていくと考えています。